第90話 閑話4:アインスのオニギリ屋台
ラーズたちが旅立って、一段落した後の話です。
◇◆◇◆◇◆◇
始まりの街アインス。
屋台が並ぶ大通りに、一軒の屋台がある。
ごく一部の人々に熱狂的に支持されている甘味オニギリ屋台だ。
――ある日の午前10時。
朝食を求める者はすでにいなくなり、昼食には少し早い閑散とした時間帯。
一人の大男がオニギリ屋台を訪れた。
男は人目をはばかるようにフードで顔を隠しているが、漏れてくるオーラのせいで歴戦の冒険者であることは隠しきれていない。
「いつものヤツだ」
「はいよっ!」
男から銅貨を受け取った店主は、慣れた調子でオニギリを数個見繕い、竹の皮で包むと大男に手渡した。
男がオニギリを受け取り、そそくさと立ち去ろうと振り向いたところで、声をかけられる。
「あっ、支部長だ〜!!」
声をかけてきたのはギルド制服に身を包んだ若い女性。
つい先日受付嬢に昇格したミルフィーユ・ブランである。
「人違いだ」
男――冒険者ギルド、アインス支部長ケリー・ハンネマンは演技用の低い声ですっとぼける。
支部長は孫もいるイイ年をしてカッコつけたがりであり、それっぽい場面では重厚な雰囲気を出そうと低く重い声でしゃべるようにしている。
今回もいつもとは違う声でしらばっくれようとしたが、ギルド職員の間で支部長の演技は知れ渡っており、ミルフィーユには全然通じなかった。
呆れ顔でミルフィーユが応える。
「なに言ってるんですか〜。こんなデカいの支部長しかいないじゃないですか〜。あはは」
演技がどうこうとかいう前に、外見でバレバレだった。
そもそも、この街に支部長ほど身体がデカい人間は存在しない。
なので、いくらフードを被ったところで、まったく効果はない。
「あはははっ。でも、支部長が甘味好きだなんて〜知りませんでした〜」
「いやっ、違っ――」
「意外でした〜。あはは」
支部長は渋いダンディーな男だと思われたいと願っており、普段からそう演じている。
実際、冒険者の間ではそういうイメージなのだが、彼の人となりをよく知るギルド職員の間ではバレバレだった。
仕事ぶりは有能なのだが、頭がちょっと残念なのが原因だ。
そんな支部長だから、ダンディーとはほど遠い甘味好きと思われる事態ははなによりも避けたかった。
だからこそ、フードを被って来たのだ。
そもそも、支部長は甘味好きではない。
支部長の好物は馬刺しだ。
酒のつまみは馬刺し一択。
それくらいの馬刺し好きだ。
ダンディー目指して、好きでもなかった馬刺しを食べ続けた結果、本当に好きになったくらい馬刺し好きだ。
なぜ、ダンディーと馬刺しが関係あるのか、理解しかねるが、支部長の中では馬刺しはダンディーの象徴なのだろう。
そんな馬刺し好きがなぜこの屋台を「いつもの」で通じるほどに通いつめているのか?
その理由は、支部長の愛しい孫娘にある。
甘味オニギリは愛しい孫娘の好物で、こうやって週に一度、バレないようにこっそりと買いに来ているのだ。
今までは運良く、誰にもバレなかったのだが……。
「へへへっ。大丈夫ですよ〜。内緒にしておきますから〜」
ミルフィーユは完全に「支部長は甘味好き」という弱みを握っているつもりだ。
それだけでなく――。
「私、ペコ家のケーキが食べたいな〜。お腹いっぱい食べたいな〜」
口止め料まで要求する始末。
ペコ家はこの街一番の高級ケーキ店。
そこで食べ放題されると、支部長の財布に大ダメージだ。
本来、支部長の給料であれば、ペコ家食べ放題くらい余裕なはずだ。
だがしかし、支部長の財布は奥さんにガッチリ握られていて、自由に使えるお金は独身の若手男性職員と大差ない。
実は、カカア天下で完全に尻に敷かれていることも、イメージダウンを避けるため、支部長が必死に隠している秘密だ。
古参の職員にはすでに知れ渡っているのだが……。
「うっ……」
「ああ〜、ケーキ食べないと、口が軽くなっちゃいそうだな〜」
支部長からすると冤罪だ。
自分のために買ったのではない。
しかし、「孫娘に甘い支部長」というのも理想のイメージに反しているので、真実を告げるわけにもいかない。
「……分かった。一度だけだぞ」
と泣く泣く折れるしかなかった。
「わーい、やった〜、支部長太っ腹〜。あっ、でも、これデートじゃないですからね〜。私、彼氏いますから〜。ラブラブですから〜」
「知っとるわ!」
喜んでペコ家に向かうミルフィーユとは対照的に、支部長の背中はしょぼんと縮こまっていた――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
やはり支部長はネタ枠でした。
次回――『ムスティーン&マクガニー』
ドライの街の二大巨頭のお話です。
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