第91話 閑話5:ムスティーン&マクガニー

 『無窮の翼』壊滅から数日後。

 『無窮の翼』をやり込めた『闇の狂犬』のリーダー、ムスティーン(第9話登場)と『疾風怒濤』のリーダー、マクガニー(第8話登場)の話です。


【本文】

 ドライの街、一流店が並ぶ一角。

 会員制の高級バーのカウンターで一人の男がグラスを傾けていた。

 この街のトップパーティーのひとつ『疾風怒濤』のリーダー、マクガニーである。


 薄暗い店内、魔術師であるマクガニーはあまり筋肉のついていない薄い身体つきながらも、どっしりとした貫禄を漂わせていた。

 彼の周りだけ空気が静まり返っているようだ。


 ――カランコロン。


 ドアベルの音とともに入ってきたのは、マクガニーとは対象的な、荒々しい激しさをともなった男だった。

 同じくトップパーティーである『闇の狂犬』のリーダー、ムスティーンだ。


「よう! 遅れてすまんな」

「やあ。ダイジョブダイジョブ。呼び出したのは俺だ。それに、一人で飲む酒も美味しいからね」


 ムスティーンは親しげに一言詫びると、マクガニーの隣の席に座った。

 マクガニーも遅刻したムスティーンを咎めるでもなかった。


 二人並んで親しげにグラスを交わす。

 マクガニーはともかく、狂犬と呼ばれ恐れられている普段のムスティーンからは想像もつかない姿だ。

 マクガニーはムスティーンが敬意を払う数少ない一人だ。


 実際、ムスティーンはマクガニーに返しきれない恩があった。

 二人は同郷で、マクガニーの方がひとつ年上。

 悪ガキを引き連れて愚連隊を気取り、喧嘩にあけくれていたムスティーンを「そんなに暴れたいなら冒険者になれッ!」とぶん殴って、この道に引き込んでもらったのだ。


 二人はなにかあると、こうして二人で静かに酒を飲む。

 このときばかりは、ムスティーンも借りてきた猫のようにおとなしい。

 そして、今日集まった理由は――。


「聞いたか?」

「ああ、なんとなくな。詳しくは知らねえ」


 話題は『無窮の翼』の崩壊についてだ。

 マクガニーはパーティーメンバーの情報収集役から一件の詳細を聞いていた。

 その内容をムスティーンに丁寧に説明していく――。


「――なるほどなあ。せっかくいいオモチャが手に入ったと思ってたのにな」


 それがムスティーンの感想だった。

 彼としては、先日軽くイジメたことをきっかけに、これから色々とちょっかいをかけて遊ぼうと思っていたところだったのだ。


「ふっ。まあ、俺としても意外だったよ。ラーズが抜けて潰れるのは分かっていたけど、こんなに早く、それも予想外のカタチだとはなあ」

「ああ、あの聖女サマがそこまでブッ飛んでるとはな。アンタの話じゃなかったら、信じらんねえよ」

「たいした女だよ。完璧な偽装だ。見習いたいくらいだってウチのロンが言ってたよ」

「ロンも優秀な斥候だ。だからといって、ウチのモンを尾行させるんじゃねえ」


 軽く怒気を発するが、マクガニーは柳に風。

 ムスティーンもすぐに収める。


「あら、バレてた?」

「こっちだって優秀な人間を揃えてるんだ。アンタんとこじゃなきゃ、返り討ちにしてたぞ」

「あはは。剣呑。剣呑。キミんとこ勇者たちにちょっかい出しそうだと思ってさ。後輩を悪の道から救い出すのも、先輩の役目だよ」

「すぐにどうこうする気はねえよ。俺が獲物をいたぶるタイプなのは知ってるだろ?」

「あはは。昔から変わらないねえ」

「まあ、その機会もなくなったがな……」


 ムスティーンじっとグラスを見つめる。

 彼の今の気持ちを表すように、グラスの中にはさざ波が立っていた。


「まあ、済んだ話をこれ以上してもしょうがない。ラーズのことは?」

「ウチのモンからアインス行きの馬車に乗ったって話は聞いた。それ以上は知らん。ファーストからやり直す気なのか?」

「ありゃ、そこで情報が止まってる? ダメだよ、ちゃんと情報収集しないと」

「まさか、なんかやらかしたのか?」

「ご名答。やっぱり、ラーズは底知れない男だ」

「なんだよ、焦らさないで教えてくれよ」

「ああ、そうだな――」


 マクガニーは知る限りのことを伝えた。


 ラーズがシンシアと『精霊の宿り木』というパーティーを立ち上げたこと。

 一週間でファースト・ダンジョンを一から攻略したこと。

 ラーズが【精霊統】に覚醒したこと。

 今は、セカンド・ダンジョンのあるツヴィーの街へ向かう馬車の上であること。


「それだけじゃない。専属担当官がついたそうだ」

「なっ!? 専属!?」


 冒険者ギルドの専属担当官。

 原則として【3つ星】パーティー以上か、王族や上位貴族の子女といったやんごとなきお方のパーティーに限られる話だ。

 彼らのようなドライの街のトップパーティーでも専属担当官はついていない。

 ギルドはどれだけラーズたちを重要視しているのか。


「キナ臭くないかい?」

「そうだな。俺の勘もなにかありそうだと告げてる」

「この勢いだ。セカンドもあっという間にクリアするだろう」

「ヤツが戻って来た時が楽しみだな」

「ああ、俺たちも気合入れないと、すぐ追いぬかれかねない」

「今日はわざわざありがとよ。この借りは早めに返す」


 ムスティーンはカウンターに小銭を置いて立ち上がる。

 いつになく、ご機嫌な様子だ。


「いいって、いいって。おまえには貸しを作っておくくらいの関係が丁度いいんだから」


 マクガニーが「はははっ」と軽やかな笑いを返す。

 ムスティーンはそれに答えず、手を挙げると静かに場を後にした。


 それを見送り、マクガニーはグラスに小粒の氷をひとつ落とした。

 小さな波紋がグラスに広がり、やがて、消えて行く。


「どんな波乱になるのかねえ」


 マクガニーの不敵なつぶやきは誰にも届かない。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回は第1章の登場人物まとめです。

 最低限の情報しか書いてません。

 「この人誰だっけ」と確かめる用です。


   ◇◆◇◆◇◆◇


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