第89話 閑話3:ナザリーンの手紙
親愛なるシンシアへ。
まず、返事が遅くなってごめんなさい。
あなたの手紙を受け取ってから、心の整理をつけるのに時間が必要だったの。
でも、ようやく決心がついたわ。
私の正直な気持ちを伝えたい。
そう思ったから、こうやって慣れない筆をとったのよ。
今回の件、もちろん、貴女のことも恨んだわ。
ジェイソンと同じように、貴女も私たちを見捨てた。
貴女にとって、私たちなんか気軽に捨てられる存在なんだって。
長年一緒にやってきて、笑って、ケンカして、ピンチを乗り越えてきた。
一生の仲間だって思っていた私の気持ちが踏みにじられた気分だったの。
絶対に許さない。顔も見たくない。
そう思っていたわ。
だから、貴女からの手紙を受け取ったときは、そのまま読まずに破り捨てようかと思ったわ。
なにせ、あの日の翌日だったからね。
感情はグチャグチャで、なにを考えればいいかも分からなくなってた時だもの。
でも、思いとどまったわ。
ふと、貴女の笑顔が浮かんだの。
みんなを和ませる貴女の笑顔がね。
貴女の笑顔に私たちは何度も救われたわ。
その笑顔のせいで、破ることができなかったの。
しばらくして、気持ちが落ち着いてから、貴女の手紙を読んでみたわ。何度も何度も。
繰り返し読んでいくうちに、だんだんと冷静に考えられるようになったわ。
貴女のこと、私のこと、ジェイソンのこと、アレキシのこと、ライホのこと、そして、『破断の斧』のこと。
少しずつ、少しずつ、時間をかけて消化していったわ。
とりあえずの納得ができるのに、ニ週間もかかっちゃったけどね。
最初は全部、ジェイソンと貴女のせいにした。
ジェイソンたちが悪い。全部、ジェイソンたちが悪い。
私やみんなはその被害者。
でも、気づいたの。いくらジェイソンや貴女のせいにしたって、私は前には進めない。
だから、昨日ではなく、今日のために、なにができるか考えるようにしたの。
貴女の事情は痛いほど理解したわ。
貴女の手紙はもちろんだけど、あの日以来、『無窮の翼』の噂でサードの街はもちきりよ。
おかげで、ラーズ追放のこともすぐに耳に入ったわ。
手紙から伝わってきたわ。
貴女は私の知っているシンシアだって。
貴女が苦渋の決断を下したことも。
ジェイソンが言い出さなければ、『破断の斧』に残っただろうことも。
この件がなければ、貴女は出て行かなかった。
自分の想いを押し殺して、私たちを選んだ。
貴女はそういう優しい子だものね。
だけど、あのときの貴女は浮かれすぎだったわよ。
嬉しかった気持ちは分かるけど、ちゃんと説明くらいしてから行きなさいよ。
なにも言わずに飛び出すから、貴女も裏切ったと思っちゃったじゃない。
でも、今は分かった。
貴女の気持ちがよく分かった。
だから、貴女のことはもう恨んでいない。
安心してちょうだい。
ねえ、シンシア。
貴女の手紙が立ち直るきっかけになれたのよ。
とっても感謝しているわ。
あなたの手紙で少し冷静になれたの。
『破断の斧』がなくなっちゃって、どん底の突き落とされた気がしたの。
この世の終わりだって。
でもね、しばらく経ってから気づいたの。
ダンジョンで私を残して全滅したことに比べれば、たいしたことないって。
散り散りにはなったけど、みんな生きている。
手紙だってかけるし、会おうと思えば会うこともできる。
それに、私も今回の一件で学んだの。
当たり前に来ると思っている明日なんて、どこにもないんだって。
今日やり残した事は、来ない明日に必ず後悔するって。
だから、貴女の選択は間違っていないと思う。
あの時、ドライに残っていたら、貴女は絶対に後悔したと思う。
私だって、貴女の立場だったら貴女と同じ選択をしたと思う。
だから、貴女は間違っていない。
そりゃあ、選ばれなかった方としては文句のひとつも言いたくなるけどね。
ゆっくりと考えて分かったことがひとつあるの。
それはね、ジェイソンと貴女の違い。
最初は二人とも許せなかった。
だけど、だんだんとシンシアは許せるかもって思ったの。
二人の違い。
それは、自分が同じ立場だったらどうするかの違いだと思ったの。
さっきも書いたけど、私が貴女の立場でも、同じように行動する。
でも、私がジェイソンの立場だったら、私は違う答えを選ぶ。
どんな良いパーティーから誘われても、私は『破断の斧』を抜けなかった。そう思う。
だから、貴女は許せても、ジェイソンは許せない。
でもね、ジェイソンを恨むことはもうやめたの。
恨んでいても前には進めないから。
彼のことを許すつもりはないわ。
でも、恨むのはやめた。
やめて前を向くことにしたの。
私ね、新しいパーティーに入ったんだ。
ちょうど欠員が出て、入れてもらったの。
最初は怖かったわ。
また、捨てられるんじゃないかって。
でもね、そのパーティーに良い人がいたの。
盾職の人。
優しくて、大きくて、私を守ってくれる人。
実はね……今、その人とお付き合いしているの。
彼のおかげで立ち直れた。
彼のおかげで前を向けた。
彼が私を支えてくれた。
だから、私は今、幸せよ。
貴女の方はどうなっているのかしら?
きっと貴女のことだから、最後の一歩を踏み出せないでいるんでしょ?
私の方が先を越しちゃったわね。
ねえ、シンシア。
ためらっていたらダメよ。
想いを伝えないうちに、明日が来なくなったら、貴女は死ぬほど後悔する。
それじゃあ、なんのために飛び出したのか分からないじゃない。
勇気を振り絞って、ちゃんと気持ちを伝えるのよ。
この手紙を読み終わったら、すぐにでも告白しなさいよ。
これで私から貴女に伝えたいことは、すべて書ききったわ。
進む道は別になったけど、貴女が大切な存在であることに変わりはないわ。
貴女の幸せを心から祈って――。
ナザリーンより
追伸
何年かたって、また、みんなで集まれたら良いわね。
その頃には、ジェイソンのことも許せるようになっているかもしれないし。
そのときは、また『破断の斧』の頃みたいに、ハメ外して酔っ払おうよ。
もちろん、ジェイソンの奢りでね。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『アインスのオニギリ屋台』
今日もおにぎり屋さんにはいろんな客が……。
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