第88話 閑話2:セラとリューク

 第20階層でラーズたちに助けられた『五華同盟(ごかどうめい)』のリーダーセラ(第43話で登場)と『月詠の狩人』のリーダーリュークのお話(セラ視点)です。

 第46話でセラがラーズたちの拠点に宿泊した翌朝からスタートです。


   ◇◆◇◆◇◆◇

「お世話になりましたっ! ご飯まで頂いちゃって、ありがとうございましたっ!」


 シンシアさんとラーズさんの拠点に泊めてもらった私(セラ)は吹っ切れた気持ちで『五華同盟』が拠点としている宿屋に戻る。

 宿屋の食堂ではパーティーのメンバーたち四人が揃って朝食の最中だった。


「ただいま〜」

「おかえり〜」


 空いている席に腰を下ろすと、早速からかいの声がみんなから飛んできた。


「おっ、お泊りですか〜?」

「朝帰りとは、さすがリーダー」

「ついに、リューク君と一線を超えちゃった?」

「ずるい〜〜」


 みんな冒険者になりたての頃からの大切な仲間だ。

 その分、遠慮がないの。


「ははっ。そんなんじゃないって」


 今日は冒険はお休みの日。

 だから、のんびりとお話しができる。

 昨晩のことをみんなに報告した。


 朝食も終わり部屋に引き上げようというところで【回復士】のナホミが声をかけてきた。


「ねえ、セラ。ついに、決心したみたいね」

「なっ、なんのこと?」


 恥ずかしくて、つい誤魔化してしまう。


「隠しても無駄よ。私に出来ることがあったら、なんでも言ってね。応援してるから」

「うっ、うん。ありがと……」


 それだけ言い残すと、ナホミは先に引き上げて行った。

 ナホミはウチのパーティー唯一の彼氏持ち。

 その相手は『月詠の狩人』の【回復士】の男の子。

 同じジョブ同士で相談しあったりしているうちに、いつの間にかそういう関係になっていたの。


 ナホミを羨ましく思っていたけど、私は後一歩を踏み出す勇気がなかった。

 明日こそは、明日こそは、この想いを伝えようと先延ばしにして、今日まで来てしまったの。


 だけど、ナホミが言うように、私は決心したの。

 昨晩、シンシアさんといっぱい話して決心したの。


 後一歩を踏み出すって。

 この想いをリュークに伝えるって。


 シンシアさんに言われたんだ。

 「冒険者にとって、明日は確実じゃない」って。

 想いを伝えようと思っている明日――その明日が来るとは限らない。

 後悔しないようにねって。


 その後、「私も人のこと言えないけどね」って自嘲気味に笑うシンシアさんは、失礼かもしれないけど可愛かった。

 シンシアさんもラーズさんも、お互い好き合っているのは、外から見れば一目瞭然。

 どうして、二人がつき合わないのか、他人事ながら不思議だった。


 ともかく、私は決めた。

 リュークに告白するって――。


 ――とは言ったものの、残念ながら、その機会はなかなか訪れなかった。


 原因のひとつは『月詠の狩人』がしばらくダンジョン攻略に集中することになったから。

 なんでも、ラーズさんにアドバイスを受けて、やる気を出したらしい。

 なので忙しくなった彼らと接触する機会自体が減ってしまったの。


 そして、もうひとつの理由はリュークの態度だ。

 あの日以来、リュークはよそよそしかった。

 私を避けようとするし、話しかけても素っ気ない態度。

 リュークの気を惹こうとラーズさんにベタベタしたのが逆効果だったのかも……。


 そんな調子でずるずると数日が過ぎ、私は「これじゃダメだ」と肚をくくった。

 明日は、二人の休日が重なる日。

 その日を前にして、ナホミにリュークへの伝言を頼むことにしたの。


『明日、12時に南の噴水で待ってる』


 ナホミの彼氏経由でリュークに伝わるだろう。

 ナホミには「うん。伝えておくよ。頑張ってね」と励まされた。

 【盾士】の子が「私より先なんて……ずるい」と言われたが、他のメンバーたちも応援してくれた。


 よしっ、頑張るぞっ!


 ――そして、翌日。


 張り切っていた私は約束の30分前には、待ち合わせ場所である南の噴水に到着していた。

 今日は慣れないスカート姿だ。

 このスカートでリュークに告白しようと、だいぶ前に思い切って買ったやつ。

 踏ん切りがつかず、今日までマジック・バッグに入れっぱなしだったが、ようやく活躍する日がやって来たのだ。


 コーディネートは【斥候】の子が選んでくれた。

 アクセサリーは【魔法士】の子が貸してくれた。

 ヘアアレンジは【盾士】の子が仕上げてくれた。

 メイクはナホミに教わった。


 今日の私は、自分でもビックリするくらい、女の子だ。

 鏡を見たとき、そこに映っているのが自分だって信じられなかったくらい。


 「これなら、大丈夫!」

 「リューク君もメロメロ」

 「リーダーも乙女だったのね」

 「ずるい〜〜」


 とみんな後押ししてくれた。

 なので、自信を持って拠点を後にしたのだが……。


 ――うぅ、ドキドキする。


 いざ、リュークを待つ段階にくると、心臓が高鳴り、変な汗が流れ、不安でいっぱいになってきた。


 ここ南の噴水はこの街で一番人気のデートスポットだ。

 回りにいるのは若いカップルか、私のように待ち合わせをしている人ばかり。

 場違いな自分に、ますます緊張してくる。

 緊張と不安に押しつぶされそうになりながら、いつもよりゆっくりと進む時計の針を眺め続け――。


 ――待ち合わせ5分前にリュークが現れた。


「よっ、よう!」


 リュークもいつもとは違って、ちょっと落ち着きがない。

 短く素っ気ない挨拶をすると、すぐに隣に腰を下ろした――人が一人入りそうな隙間を開けて。


 その距離が少しだけ寂しかったけど、今の私には好都合でもあった。


 だって……面と向かったり、隣にくっつかれたりしたら、ちゃんと話せなくなっちゃいそうだから……。


「なあ、その、それ、似合ってる」

「えっ、あっ、うん。ありがと」


 こちらをちらりと見て、ぶっきらぼうにリュークが言う。

 言い終わった頃には、また、前を向いてしまっている。


 ふふっ。無理しちゃって。

 きっと仲間から、「まずは服を褒めろ」って言われてきたんだろう。

 慣れない振る舞いに少し顔を赤くしているところがちょっとカワイイ。


「リュークも普段と違うけど、今日みたいな格好も似合っているよ」

「おっ、おう……」


 見慣れぬ姿のリュークを見るだけで、どきりと胸がなる。

 オシャレっぽい格好も仲間によるコーディネートだろう。

 リュークは自分でオシャレするタイプじゃないから。


 そんなリュークが私のためにオシャレしてくれたと思うと、やっぱり胸がどきりとする。


 ひとしきり服を褒め合うと、沈黙が流れて気まずい……。

 ここは私から話しかけないとっ!


 大丈夫。

 いっぱい練習した。

 だから、大丈夫!


 リュークの横顔を見つめ、勇気を振り絞って口を開く。


「ねえ、リューク。今までごめんなさい」


 驚いたように、リュークがこちらを向く。


「いじわる言ったり、憎まれ口を聞いたり、この前は当てつけるようにラーズさんと仲良くしたり……」

「……………………」

「本当はリュークと仲良くしたかっただけなの。でも、どうしていいか分からなくて、ずっとあんな態度とってたの。ごめんなさい」


 リュークは信じられないという表情を浮かべる。

 あれだけ酷い態度を取ってきたんだ、今さら信じてもらえないかも知れない。

 でも…………閉じようとする口を無理矢理にこじ開けて続ける。


「私、リュークが好きなの。多分、最初に出会ったときから。だから……だから…………」


 ダメだ、いざとなると怖くなって、言葉が出ない。

 困っている私に変わってリュークが言葉を継いでくれた。


「待った。そっから先は俺が言う」

「うん」


 覚悟を決めた凛々しい顔だ。

 大物を相手に、それでも揺るがない自信に満ちた顔。

 この顔に私は惚れたのだ。


「俺もセラの事が好きだ。最初に会った頃から好きだった。だけど、俺も怖かったんだ」


 どんな強敵も恐れないリュークでも怖かったんだ……。


「それで、今までセラに嫌な思いをいっぱいさせちゃったと思う。悪かった」


 ううん、と首を横に振る。

 まったく、気にしてないよと。


「でも、セラがここまでしてくれたんだ。ちゃんと俺から言わせてくれ」


 リュークは腰を上げ、私の正面に立つ。


「セラ、好きだ。俺とつき合ってくれ」


 と右手を差し出してくる。

 もちろん、私はその手を掴む。

 涙がこぼれた。


「うん。私こそ、ヨロシクね」


 ニッと笑ったリュークが私を引き上げる。

 向い合って立つ私たち。

 リュークの両手が私の身体を引き寄せる。

 密着した私たち。

 リュークの顔が近づいてきて、私は目を閉じる――。


 その瞬間、広場にいた何十羽の鳩が一斉に飛び上がった。

 まるで私たちを祝福してくれるかのように。


 唇が離れ、目を開ける。


「これからは、今まで遠回りしてた時間を取り戻そう」

「ええ、いろんなところを見て、美味しいものも食べて、たまには、共闘しましょ」

「ああ、ずいぶんと久しぶりになっちゃったけどな」


 自嘲気味に笑うリュークの顔も輝いて見える。

 こんなにリュークの顔をちゃんと見るの久しぶりだ。


「どうした、俺の顔になにか付いているか?」

「ううん。やっぱり、カッコいいなって思ってただけ」

「セラだって、カワイイよ。その笑顔を独り占めしたいくらいだ」

「じゃあ、そうしてよ。私をあなただけのものにして」

「ああ、もちろん」


 ぐっと強く抱きしめられた。

 幸せに閉じ込められた気分で、天に昇りそう。


「まず手始めに、今日一日デートしよ?」

「ああ、そのつもりで夜まで予定は空けてある」

「ふふっ、夜まで?」

「…………っ」


 あはは、照れてる。

 私だって恥ずかしい。

 でも、シンシアさんに言われた。

 冒険者にとって、明日はないかも知れないと。


 だから、私から提案する。

 こういうときは男の子より女の子の方が積極的なのだ。


「私もそうしたい。リュークと一緒にいたいの。だから、一緒にいましょ。夜まで、いいえ、朝まで」


 顔が赤くならないよう、必死で平静を装う。

 リュークは恥ずかしそうな、嬉しそうな、興奮したような顔を浮かべている。


「いいのか?」

「うん。リュークとなら」


 ダメだ、恥ずかしすぎてこれ以上リュークの顔を見てられない。

 私はリュークの腕を掴んで歩き出す。


「ほらっ、それまでデートを楽しもうよ」

「あっ、ああ。そうだなっ!」


 待ち合わせを12時に設定したのにはナホミのアドバイスだ。

 初めてのデートは間が持たないから、一緒に食事するのが良いんだって。


「まずは、ご飯食べに行こっか」

「ああ」


 照れているのか、相変わらずぶっきらぼう。

 でも、その中に今までなかった優しさがほんのひと握り含まれているように感じるのは、私の気のせいだろうか?


 でも、それだけで嬉しくなってしまう。

 それだけで世界が輝いて見える。


「オススメのお店があるんだ。そこに行こうよ」


 私もリュークも根っからの冒険者。

 かしこまったお店は似合わない。

 私たちにお似合いなのは、屋台で買って広場に座りながらの食事だ。


 だから、屋台へ行こう。

 シンシアさんのオススメの屋台へ。


 私も行ったことがないお店だけど、シンシアさんのオススメなら間違いないよね。


 初めてのお店。

 リュークと一緒。


 ふふふ。


 弾けそうな幸福感に突き動かされ、私はリュークの手を取って歩き出した――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ダメー。その屋台いっちゃダメー。


 初デートで行ったお店が微妙だと、その後も微妙になっちゃう事が多いですが、この二人なら大丈夫でしょう。


 若者たちに先こされてしまいました。

 ラーズとシンシアも負けてられませんね。


 次回――『ナザリーンの手紙』


 元『破断の斧』ナザリーンがシンシアへ宛てた手紙です。

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