第87話 閑話1−4:月詠の狩人4

「じゃあ、次は【付与士】」

「はいっ!」

「今までボス戦でなにを付与していたの?」

「水属性です」

「武器も防具も?」

「はい、そうです」

「なんで?」

「えっと……敵が火属性だからです」

「うん。基本だよね。火属性相手には水属性付与。他の付与は検討したかな?」

「いえ、考えていませんでした」

「確かに相手が属性持ちの場合には、味方に反対属性を付与するのが定石だ。そうだろ?」

「はいっ。私も最初に教わりました」

「だが、何事にも例外がある。今回がそれだ」


 【付与士】の少女だけではなく、他のメンバーたちも興味深そうに、俺の話に耳を傾けている。

 いい傾向だ。

 パーティーで連携を取るためには、自分だけではなくメンバーたちのジョブ特性を知っている必要がある。


 使える魔法。

 得意な技。

 魔法やスキルの威力、消費魔力量、リキャストタイム。


――なにが出来て、なにが出来ないのか。


 それを知り尽くしていれば、戦力は何倍にもなる。


「敵は数で攻めてくるが、一体一体は弱い。武器に水属性をするのはオーバーキルだし、防具に付与しなくても前衛二人の立ち回り次第で凌ぎきれる――」


 俺の言葉に、一同はハッとする。

 そこまで考えが至らなかったようだ。


「君たちパーティーに必要なのは回転数(ケイデンス)だ。攻撃回数を増やし、同時に防御もこなせるようにすることだ」

「付与すべきなのは速度上昇ですね?」

「ああ、そうだ。みんなどうだ? 付与を変更した場合の戦い方はイメージ出来たか?」

「「「「「はいっ!」」」」」


 うん。ちゃんと理解出来てるようだ。


「最後に【回復士】」

「はいっ!」

「簡単な質問から始めよう。戦闘が始まって、最初の5分で魔力回復ポーションを飲んだとしよう。もし、ポーションを3本持っていたら、どれくらいの時間、戦闘出来るかな?」

「はいっ。15分です」


 自信満々にリュークが割り込んできた。

 単純計算で3×5は15と考えたのだろう。

 しかし、それは考えが浅すぎる。


「ハズレだ」

「え〜〜〜、なんで!?」

「…………15分以上ですね」

「うん。正解だ」


 しばらく考えこんだ【回復士】の少年は正しい答えにたどり着いた。


「えっ!? えっ!?」

「リーダーが困っているようだから、理由を教えてやってくれ」

「時間とともに敵の数が減っていくから、受けるダメージも減っていくからです」

「そうだね。時間とともに味方も疲労するし、中には体力が減ると強くなるモンスターもいる。だから、一概には言えないが、今回のような場合は【回復士】の彼の言う通りだよ」

「あっ、そっか〜」

「敵を倒すのにどれだけ時間がかかるか想定し、それから逆算で必要な回復アイテムの数を求めていくんだ。今回は、魔力回復ポーションは何本くらい必要だと思う?」

「うーん、5本ですか」


 【回復士】の少年が答える。


「ああ、そんなもんだろう。だから、7本持って行こう」

「えっ? どうして?」

「マージンだよ。いざという時に備えて、準備は余裕をもって望むべきだ」

「でも、魔力回復ポーションって高いですよね」

「ああ、だから、モンハウ百度参りで稼ぐんだよ」

「あっ、そうか!」


 高額アイテムというのは曲者だ。

 使い惜しみしがちだし、準備する量もギリギリになりがちだ。


 しかし、俺はマージンを含めて準備するべきだと思う。

 そうすれば、使い惜しむことも減るし、心にもゆとりが出来る。


 準備するための金策には時間がかかる。

 だが、俺は準備が整うまで一度立ち止まるべきだと思う。

 クリストフに言っても、まったく聞き入れられなかったが……。


「じゃあ、もう一個、質問」

「はいっ!」

「今まで、回復のタイミングはどうやって決めていた?」

「みんなから必要な時に声をかけてもらってました。でも、フレイム・バット戦では耳栓のせいで中々上手く聞き取れなかったんです。だから、ハンドサインを使うようにしたのですが、まだ慣れてなくて……」

「ハンドサインはとても重要だ。マスターするのに近道はない。繰り返し繰り返し、時間をかけていくしかない」


 『無窮の翼』も最初は使っていたんだが、だんだん使わなくなったんだよな……。


「そして、今すぐ出来るようになれとは言わないが、後衛支援職、特に回復職は戦場全体を見渡して、戦況を予測できるようになれ。味方に言われる前に魔法を飛ばす。それが支援職に一番必要な能力だ。サード・ダンジョン以降では絶対に必要だから、早めに習得して欲しい」

「なに言ってるの!」


 隣のシンシアから横やりが入った。


「なに、シンシア?」

「そんなこと出来るのラーズだけよ。私だって出来ないわ」

「だって、シンシアは近接戦闘もこなすだろ。純粋な支援職なら、出来て当然だよ」

「じゃあ、アンタのところの回復職はそれができたの?」

「いや……でも、アイツは例外だろ」


 たしかに、【聖女】クウカには出来なかった。

 彼女は戦闘中でもクリストフしか見ていなかった。

 クリストフが負傷した場合は、どんな些細な傷でもすぐに回復魔法を飛ばしていたが、その反面、他のメンバーへの回復は遅れがちだった。

 本当にピンチのときは、俺が代わりにポーション投げていたくらいだ。その方が早いからな。

 でも、その後に決まって、「勝手なことするな。回復はクウカの仕事だ」って怒鳴られたけどな。

 その仕事を果たしてないから、俺が代わりにやっただけなのに……。


「ともかくっ。ラーズが言ってるのは理想よ。それが出来たら素晴らしいわ。でも、高すぎる理想を若い子に押し付けるのも問題よ」

「そうなのか?」

「ええ、そうよ。それで彼らが潰れちゃったらどうするのよ。アナタたち、今ラーズが言ったことを目標にするのは良いことよ。でも、サード・ダンジョンでも出来てる人は少数だから、出来なくても落ち込む必要はないからね」


 俺はシンシアの発言内容について、よく考える――。


「すまん。今のは俺が悪かったね。シンシアの方が正しい。無理しない範囲でやってくれ」


 少年たちに頭を下げる。


「いえいえ」

「気にしないで下さい」

「俺達のことを思って言って下さったんですから」

「それだけラーズさんの志が高いってことですよ」


 気遣いもちゃんと出来る少年たちだ。


「なあ、シンシア、俺が話してきたことで他におかしなところあったか?」

「いいえ、なかったわ。後は文句なし。というか、あそこまで的確なアドバイスは私には無理よ」

「そうか」


 シンシアでも出来ると思う。

 彼女なりの謙遜なんだろう。


「俺からのアドバイスは以上だ。最後にひとつ言わせて欲しい。今まで長々と語ってきたけど、俺の話は正しくないかもしれない」

「「「「「えっ!?」」」」」


 当然の反応だろう。

 だが、これだけはちゃんと伝えておかなければならない。


「実際、最後の話はシンシアが正しくて、俺が間違っていた」


 場がシーンと静まり返る。


「それだけじゃない。俺が嘘をついているかもしれないし、俺の知識不足でもっと良い方法があるかもしれないし、単純に俺が間違えているかもしれない」

「…………」

「だから、鵜呑みにしないで欲しい。俺の考えが妥当なのかどうか、君たち自身でよく考えて、話し合い、判断し、決めて欲しいんだ」

「…………」

「ダンジョン攻略を続けていると、色々な話を耳にすると思う。正しい情報もあれば、あやふやな噂もあるし、悪意を持って流される嘘もある。どんな話であっても、ちゃんと自分たちで考えて判断できるようになって欲しいんだ」


 少年少女はうんうんと頷く。

 俺の思いは無事に届いたようだ。


「君たちはいいパーティーだ。ダンジョン攻略は競争じゃない。自分たちのペースを守って、一歩一歩着実に進んできて欲しい。以上」


 俺の話が終わると、『月詠の狩人』のみんなは大きな拍手を惜しみなく送ってくれた。


「凄かったです」

「とってもためになりました」

「これでヤツらに勝てます」

「貴重なアドバイス、ありがとうございました」

「貴重な時間を割いていただき感謝します」


 俺の話でテンションが上がったのか、彼らは早速フレイム・バット攻略について話し始めた。

 それを眺めながら、俺はエールをゆっくりと傾けた。


「よくあんな短時間であれだけのアドバイス出来たわね。リューク以外の四人のジョブはさっき聞いたばかりでしょ?」

「ボス部屋前で出会った時に、残りの四人の装備を見たし、そのときにジョブも予想してたんだ。だから、ボス戦の間、彼らだったらどうするか考えてたんだ。シンシアがほとんどやってくれたから、ボス戦の間は暇だったし」

「それにしても、自分のでもパーティーメンバーのでもないジョブのことまで、よく知っているわね」

「リーダーとしての責任もあったし、知って損することはないから、情報収集には力を入れてたからね」

「どうやってあれだけの情報を仕入れたの? 後学のために教えて欲しいわ」

「なんでもやったさ。出来ることはなんでもな。書物から得たのもあるし、人から聞いたのもある。頭も下げたし、金も使った。学べることは誰からでも学んだよ」

「やっぱり、凄いわね」


 シンシアが静かに笑う。


「なあ、押し付けがましくなかったかな?」

「私が思ったことは一つだけよ」

「うん?」

「あなたほど誠実で頼りになる人はいないってこと」

「…………」

「あなたとパーティーを組めて、あなたというリーダーのパーティーに入れて、わたしは本当に幸せよ」

「……そうか。俺もシンシアと一緒で幸せだ」


 あまりにもストレートに褒められて、俺は赤面する。


「あっ、そうだ。さっきからずっと聞きたかったことがあったのよ」

「ん? なに?」

「『無窮の翼』のときは、フレイム・バット戦はどうやったの? ラーズの凄い作戦でも使ったの?」

「いや。俺たちの場合は、アイテムと精霊付与で火力底上げしたウルの氷属性範囲魔法一発でズドンだ。作戦もなにもない」

「…………ホント、規格外ね、『無窮の翼』は。最短クリアはだてじゃないわね」

「まあ、終わった話だ」

「そうね……」


【後書き】

 ラーズのアドバイス編終了!


 次回――『閑話2:セラとリューク』


 シンシアに背中を押されたセラの恋の行方はいかに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る