第86話 閑話1−3:月詠の狩人3

「ああ。それで、君たちの弱点も分かったし、そろそろ準備期間になにをするか発表しよう」

「「「「「はいっ!」」」」」


 みんな目が輝いている。

 まっすぐな若者の熱量を感じる。


「まず、アタッカーの三人。君たちがやるのは『モンハウ百度参り』だ」

「「「はいっ!」」」


 第20階層にはモンハウが五十近くあるが、そのうちの四十部屋ほどは、第20階層北東の一区画に集中している。

 そのエリアを駆けまわり、休みなくモンハウを攻略しまくるのが通称『モンハウ百度参り』だ。

 大量の敵と闘う練習になるし、経験値・資金稼ぎも出来て一石二鳥だ。


 この場所は稼ぎエリアとして大人気だ。

 利用するのはフロアボス前の練習としてだけではない。

 この先の階層はしばらく効率的な稼ぎ場所がないこともあって、第20階層をクリアしたパーティーでも『モンハウ百度参り』を行ったりもするのだ。

 『無窮の翼』もここで一ヶ月近くレベリングに励んだのを覚えている。


 しかし、それだけ人気でも、ここはモンハウの数も多い上、モンスターのリスポーンも早い。

 十数のパーティーが同時に『モンハウ百度参り』を行っても取り合いにならないくらい余裕があるのだ。


 ただし、オイシイばかりではない。

 『モンハウ百度参り』はとてつもなく過酷なのだ。

 絶え間なく続く戦闘は、肉体的にも精神的にも負荷が大きすぎるのだ。

 最初のうちは二つ三つこなすだけでヘロヘロになってしまう。


 しかし、人間は慣れるもので、継続時間はどんどんと伸び、一ヶ月もやれば一日中こなしても平気になってくるのだから、慣れというのは恐ろしいものだ。


「モンハウには挑んだことあるよね?」

「ええ、勿論。フロアボスに挑む練習として、何度かやりました」

「安定して倒せた?」

「はい。最初は戸惑いましたけど、すぐに慣れて余裕でした」


 モンハウを安定して倒せたことで、ボス戦も問題ないと判断したんだろう。

 彼らと同じように考えるパーティーは多い。


 だが、それは大きな間違いだ。

 パーティーで安定してモンハウをクリア出来るくらいじゃ、ボス戦はまだまだ時期尚早だ――。


「目標はソロクリア」

「「「はあっ!?」」」

「ソロで安定して一日中戦えるようになったら合格だ」

「「「ええええっ!?!?」」」

「それ、無理じゃないですか?」

「いや、無理じゃない。なあ、シンシア?」

「ええ。誰でも出来るようになるわよ」

「君たちがファースト・ダンジョンをクリアして引退する気なら、出来なくてもまったく問題ない。しかし、その先を目指すなら、これくらい出来ないと話にならないよ」

「そうね。星持ちに聞いたら、みんなそう言うと思うわ」

「冒険者を続けている限り、何度も高い壁にブチ当たる。いくら見上げてもてっぺんが見えないような高い壁だ。しかし、それを乗り越えなきゃ、先には進めない。キツい時に踏ん張れるかどうか、それが冒険者を続けられるかどうかの分かれ目だ」


 俺自身、挫けそうになる壁に何度もぶつかった。

 精霊術使いはランク3になるまでは他のジョブに比べて不遇すぎた。

 特に、『無窮の翼』のみんなが強すぎるジョブだった分余計に。

 でも、諦めずに戦い続けたからこそ、今日の自分がある。

 アイツらはジョブの強さのおかげで、壁らしい壁を感じていなかったようだが……。


「出来るかどうかじゃない。やるかやらないかだ」

「「「「「…………」」」」」

「もちろん、強制はしない。『モンハウ百度参り』をするもしないも、冒険者を続けるか否かも、決めるのは自分だ。誰も決めてはくれない。自分で決めるしかないんだ」

「「「やりますっ!」」


 アタッカー三人の声が重なる。

 その顔には、やる気がみなぎっている。


「よし。頑張ってくれ。そして、後衛の二人だが――」


 【付与士】の少女と【回復士】の少年に向かって話す。


「君たちがやることは辻エンチャと辻ヒールだ。言葉は知ってる?」

「はい」「ええ」


 自分のパーティー以外の冒険者にヒールやエンチャントをかける行為だ。


「ただし、嫌がる相手もいるから、ちゃんと事前に許可は取るようにしよう」

「「はい」」

「味方の三人にも忘れずにね。それと、移動中は走り続けること」

「えっ!?」

「走り続ける!?」

「ああ、近接戦闘をしない後衛でも、それくらいの持久力はあった方が良い。最初は死ぬほどツラいと思うから、無理はしなくていい。でも、出来るだけ走り続けるんだ。一歩走る度に、それだけ自分や仲間の命が助かる可能性が高くなる。そう思って、真剣に取り組んで欲しい」

「「はいっ!」」


 【付与士】の少女と【回復士】の少年もやる気満々だ。


「後は個別にアドバイスをしてこう。まずはリューク」

「はいっ!」

「前衛二人が防御重視になる分、君の殲滅力を上げる必要がある」

「はい。それは分かりました」

「じゃあ、そのために必要なのは?」

「弾数(たまかず)……ですよね」

「ああ、そうだ。今までは弾数よりも一発の威力を重視してきたんじゃない?」

「…………ええ、そうです」

「別にそれを非難するわけじゃない。ファースト・ダンジョンの第20階層までだったら、弾数よりも威力を重視する方が効率的だ」


 第20階層までは、モンハウを除けば多数の敵と同時戦闘するケースはほぼない。

 だから、無意識に威力重視してしまうのも仕方がない。


「しかし、フレイム・バット戦は話が別だ。威力よりも、精度よりも、まずは弾数だ。敵は目の前を覆うほど多数だ。目をつぶっても当たるんだから、一射でも多くするべきだね。必ずしも倒す必要はない。翼を射抜けば地に落ちる。敵の戦力を削るにはそれで十分だ」

「確かに、そうですね。でも、早打ちはあまりやったことが…………」

「だから、これから練習するんだよ。弾数を増やすスキルは今後絶対に必要になる。今から練習すべきだよ。シンシア、詳しい説明任せていいかな?」


 シンシアが所属していた『破断の斧』には弓職が一人いた。

 弓に関しては俺よりシンシアの方が詳しいだろう。


「そうね。弓職が弾数を増やす方法は二つあるわ。速く射るか、多く射るか。それぞれ、【速射】と二つの矢を同時に射る【ニ射】が対応するスキルね。どちらも必須スキルよ。基本的に弓職はメインアタッカーじゃないの。今後は敵を倒すことより、足止めしたり、注意をそらしたりが求められる役割よ」

「分かりました。アドバイス、ありがとうございます」


 ファースト・ダンジョンの前半は弓職でも一撃で敵を倒すことができる。

 だから、勘違いしてしまうのだが、弓職の本来の役割はシンシアの言う通りだ。

 リュークはそれを受け入れるだけの柔軟さがあるようで良かった。


「じゃあ、次は【槍士】」

「はいっ!」


 元気がいい返事だ。


「さっきも言ったけど、君は防御重視のスタイルも出来るようになった方がいい」

「はいっ!」

「そのために必要なスキルは分かるかな?」

「はいっ! 【回転槍】ですっ!」


 身体の全面に槍を立て、柄の中心を両手で持ち、手首をひねり、風車のように何回転もさせる防御スキルだ。


「そうだね。覚えている?」

「いえ、まだです」

「じゃあ、これを機に覚えちゃおう」

「はいっ! 頑張りますっ!」

「うん。そもそも、【回転槍】が使えないと、モンハウのソロクリアは無理だと思うしね」

「そうなんですか?」

「ああ。槍は間合いは広いけど、その分小回りが利かない。数で攻めてくる敵とは相性が悪いんだよ」

「確かにそうですね。ボス戦のときも数を対処しきれずに後手に回ってしまいます」

「それを補うための【回転槍】だよ。【回転槍】は防御スキルではあるけど、多少ダメージも入るし、ノックバック効果もある。頑張ってマスターしよう」

「はいっ! ありがとうございましたっ!」


 【槍士】の少女は満足気に頷いている。


「じゃあ、次は【剣士】」

「はいっ!」


 この少年も元気な返事だ。


「最初に聞きたいんだけど、なんで双剣を選んだの?」


 剣士はいくつかのタイプがあるが、主流なのはバートンみたいな両手で持つ大剣使いか、片手剣に盾というスタイル。双剣の使い手は数が少ない。


 そんな双剣使いの【剣士】の答えは――。


「はいっ! 【勇者】クリストフさんに憧れているからです」


 俺は思わず苦笑い。

 隣を見ると、シンシアが「プッ」と噴き出している。

 気持ちは分かるが、笑っちゃダメだろ。


「あら、ゴメンナサイね。決して、あなたをバカにしているわけじゃないの。ちょっとこっちの事情でね」


 と俺に目配せ。


「コホン。確かにクリストフは強い双剣使いだ。彼が強い理由は分かるか?」

「才能ですか?」

「それもあるね。【勇者】というのは、他とは隔絶した強さを誇るジョブだ。【勇者】だから強い、というのは間違いなく理由の一つだ。だが、もっと大きな理由がある」

「…………分かりません」

「勇者パーティーと君たちのパーティーの違い。それがヒントだよ」

「…………う〜ん。それでも分かりません」

「それはタンクだよ。さっきも言ったけど、君たちにはタンクがいない。対して、勇者パーティーには【剣聖】バートンという専門のタンクがいるんだよ」

「あっ……」

「バートンは【剣聖】というジョブだし、大剣使いだ。だから、アタッカーと勘違いされがちだが、彼のパーティー内での役割はタンクだよ。クリストフとバートン、二人の前衛が強力すぎるから、大抵の敵は二人の力押しで勝てちゃうけど、ボスなんかの強敵の場合はバートンはタンクに徹するよ。それで、クリストフがダメージを入れるんだ」

「…………」

「タンクがいるからこそ、双剣使いはアタッカーとして実力を発揮できるんだ。分かったかい?」

「…………俺は双剣を止めた方がいいんですか?」

「俺からはなんとも言えないよ。タンク不在というのは君だけの問題じゃなくて、パーティー全体の問題だ。全員で考えなければならない。それと同時に君がどういうスタイルを採るかは、君自身の問題でもある。パーティーの為にと、自分がやりたくないスタイルを選ぶことは、君にとっても他のメンバーにとっても不幸なことだと思う」

「…………」

「このパーティーの防御力不足を解消する手段は幾つかある。【槍士】が防御に専念する方法。君が双剣を辞め、盾を持つ方法。双剣のままで、ランタン・シールドなどの防御も出来る装備に変える方法――」


 ランタン・シールドとは、盾と剣と手甲が合体したような複合武器だ。

 これを片手に装備すれば、双剣を使いながら盾で防ぐという戦闘スタイルが可能になる。

 使っている人はあまり見ないけど、いないわけではない。


「――そして、どうしても双剣にこだわりたいのなら、このパーティーを抜けて、タンクのいるパーティーに移るという方法もある」

「それは絶対にないですっ」

「うん。いずれにしろ、みんなで相談して決めればいいよ」

「「「「「はいっ!」」」」」


 みんな良い顔をしている。

 これなら問題はないだろう。

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