第85話 閑話1−2:月詠の狩人2
「じゃあ、俺からはっきり言おう――」
真剣な眼差しでこちらを見つめる若者たち。
自分の名が挙がらないことを祈っているんだろう。
「外すのは――――誰でもいい」
「「「「「えっ!?」」」」」」
「意外に思うかもしれないけど、今の『月詠の狩人』の編成にタンクを入れれば、誰を外しても今よりも強くなれる。それくらいタンクってのは重要な役割なんだ」
「「「「…………」」」」
「でも、付与や回復は?」とリューク。
「確かにどちらも重要な役割だ。付与職は戦術の幅を広げられるし、回復職がいれば長時間の攻略が可能になる」
「だったら――」
「だが、どちらも――アイテムで補うことが出来る。実際にそうしているパーティーはサード・ダンジョンにもいるくらいだ。その分出費は増えるが、それでも君たちの場合タンクを入れるメリットの方が大きい」
沈黙が場を支配する。
特に、【付与士】の少女と【回復士】の少年は目に見えて落ち込んでいる。
「誤解して欲しくないんだけど、付与職や回復職を否定しているわけではないんだ。誰かを外してもいいってのは、残りも三人にも当てはまる。俺が言いたいのは、パーティーに絶対に必要なジョブってのは存在しないってことだ」
彼らにはショックが大きすぎるかもしれない。
若い頃は、自分こそ誰よりも優れていると、根拠もなく思い込むものだ。
それはそれで大切なことだし、それくらいの気概がなければ冒険者にはなれない。
しかし、冷静に現実を見つめることも、同じくらい重要だ。
そして、現実を教えてあげるのが――年長者の務めだ。
「さて、それを踏まえて、誰を外そうか? 誰か答えられる?」
彼らに順番に視線を向けていくと、視線をそらされた。
答えられなくて、当然だ。
逆に、すぐに答えられるようじゃあ――失望する。
「誰もいないみたいだね。じゃあ、リーダーのリュークに答えてもらおうか」
「クッ…………」
「どうした?」
「…………。誰も外しません。俺たちのために時間を割いて、わざわざアドバイスしてくれたラーズさんには申し訳ないんですが、誰かを選ぶことなんて俺には出来ません。コイツらはみんな大切な仲間です。その中から誰か一人を選ぶなんて、俺にはできません。どうしてもって言うなら、俺が抜けます」
リュークは真っ直ぐな視線を俺からそらさない。
「リーダーはこう言ってるけど? 他のみんなはどう思う? リュークをクビにする?」
俺は意地悪な視線を投げかける。
「ありえませんっ!」と【剣士】の少年。
「だったら、私が抜けます」と【槍士】の少女。
「いえ、私が抜けます」と【付与士】の少女。
「ラーズさん、ありがたいのですが、アドバイスはもういりません」と【回復士】の少年。
みんなの答えを聞き、嬉しさが込み上げてくる。
「みんな――それで正解だ」
「「「「「へっ?」」」」」
キョトンとしている一同に向かって俺は続ける――。
「ここで誰かの名前が挙がるようだったら、俺は帰っていたよ。仲間を大事にしない冒険者にかけるアドバイスは持ち合わせていないからね。君たちはいいパーティーだね」
彼らは嬉しそうに仲間と顔を見合わせている。
隣のシンシアを見ると、彼女も彼らに暖かい視線を向けている。
「誰かを外して新たに強いメンバーを入れれば戦力は強化されるかもしれない。だけど、メンバーチェンジは二つのデメリットがある。分かるかい?」
俺の問いに即答したのは【付与士】の少女だった。
「連携ですか?」
「ああ、そうだ。五人全員が上手く連携を取ることができて、初めてパーティーは機能する。君たちはもう二年以上も一緒に戦っている。仲間がなにをしているか、なにをして欲しいか、ある程度は読めるようになっているだろう。しかし、メンバーが変わるということは、それを一からやり直さなきゃいけない。これは大きな遠回りになり得る」
みな、うんうんと頷いている。
「じゃあ、もう一つのデメリットは?」
「「「「「…………」」」」」
今度は黙り込む。
しかし、それは悪いことじゃない。
誰かを追い出すことも、自分が追い出されることも、少しも考えたことがない証拠だ。
「分からないかい? でも、落ち込まなくて良いよ。それは君たちが健全な証拠だ」
頭にハテナを浮かべる少年少女。
俺が答えを教えてもいいんだが、ここは――。
「シンシアは分かるよね?」
「ええ。信頼関係よ」
「そうだ。一度誰かをパーティーから追放する。そうすると心に疑心が生まれる。次に追い出されるのは自分なんじゃないかって。そんな状況で誰かに背中を任せられるかい?」
ハッとする一同。
こんなこと考えたこともなかったのだろう。
それだけ、仲間を信頼し、仲間を大切に思っていたのだ。
この気持ちを忘れないでいて欲しい。
そう思っていたら、またもリュークが挙手をする。
「今の話を聞いていて、もう一つのデメリットを思いつきました」
「是非聞かせてくれ」
「はい、外された一人はとっても困ると思います。新しいパーティーを探すのも大変だし、入れたとしても馴染むまでにとっても苦労すると思います。それに仲間から見捨てられたことは心に深い傷を残すことになります」
「…………」
思わず絶句した。
シンシアも驚いている。
「だから、本人が辞めたいって言ったならともかく、俺から誰かを追い出すことは絶対にありません」
リュークは追い出されたメンバーのことまでデメリットと考えている。
俺には思いつかなかった視点だ。
俺もパーティーメンバーを追放する気はまったくないが、ここまで明確に意識はしていなかった。
いやはや、クリストフなんかより、いや、俺なんかより、遥かに立派なリーダーだな。
「リューク。君は最高のリーダーだ」
「ああ、俺たちのリーダーはリュークしかいない」
「当然よっ!」
「もちろんですっ!」
「これからも付いてくぜ」
「みんな、ありがとう」
俺が理想としたパーティーの姿がそこにあった。
「新たにタンク役を入れるという案は却下だな。じゃあ、代わりにどうすればいい?」
「俺たち前衛二人がもう少し防御に力を入れる」と【剣士】の少年。
「そうね。攻撃中心じゃなくて、防御優先で行く」と【槍士】の少女。
「ああ。正解だ。そもそも、『月詠の狩人』でタンク役を務められるのは君たち二人だけだ。だから、君たちがしっかりと壁にならなきゃならない。具体的な方法は後で説明するよ」
「「はいっ!」」
俺はエールを呷ってから、次の話題に移る。
「君たちのひとつ目の弱点、タンク役の不在問題は前衛二人に頑張ってもらうとして、とりあえずは解決だ。それでは、ふたつ目の欠点。分かる人?」
「範囲攻撃が出来ないことです」と【付与士】の少女。
「そうだね。第20階層ボスの攻略法は二つあるが、その一つは範囲攻撃による短期決戦。数で攻めてくる相手には範囲攻撃がもっとも有効だ」
コクコクと頷く面々。
これくらいは誰でも分かる。
問題はこの先だ。
「しかし。君たちは有効な範囲攻撃手段を持ち合わせていない。じゃあ、どうすればいい? もちろん、さっき言ったようにメンバーチェンジはなしだ」
リュークは「範囲攻撃、範囲攻撃」とブツブツつぶやく。
他にも、目をつぶる者、一点をみつめる者。
皆、思い思いの方法で考え込んでいる。
しばらく経っても答えが出ないので、俺から口を開く。
「じゃあ、リューク」
「えーと…………範囲攻撃スキルを覚える」
「うん。それも一つの選択肢だね。で、誰が覚えるの?」
「うっ…………」
「『月詠の狩人』の中で攻撃担当(ダメージディーラー)は【槍士】、【剣士】、そして、リュークの三人だね?」
「はい。そうです」
「三人のジョブには範囲攻撃スキルが存在する。しかし、覚えるのはだいぶ先の話。そこまでレベル上げするのは時間がかかりすぎる。現実的じゃないね。ただ、先程同様に安易な考えを最初に提示するのは悪くないよ」
「…………はい」
「さて、代案のある人? ちなみに、アイテムを使う方法はナシね。それは最初に言った安易な方法だから。君たちの実力だけで出来る方法を考えてみて」
しばらくの沈黙の後、【付与士】の少女が手を挙げる。
「諦める…………ですか?」
「そう。正解だ。色々な手段を検討するのは、もちろん大事だ。しかし、考えても答えが出ない問題を考え続けるよりも、時には出来ないと割り切って捨てることも同じくらい大事だ」
誰もが感心したように頷いている。
中でも、一番大きく頷いているのがシンシアだ。
諦めることの重要性、それはダンジョンを進めば進むほど、身にしみて分かる。
「さて、最後の欠点に移ろう。君たちが撤退しなきゃいけなかった本質的理由は分かる?」
「前衛が防ぎきれなかったから」と【剣士】の少年。
「それもあるね。これはさっき言った方法で解決しよう。他には?」
「攻撃力不足」とリューク。
「それもあるね。ただ、範囲攻撃は諦めたから、ある程度はしょうがないね。他には?」
「後衛がフレイム・バットを倒せないから」と【回復士】の少年。
「それもあるね。ここにいるシンシアは【回復闘士】だから、彼女ならフレイム・バットくらい倒せる。でも、君も【付与士】の子も近接戦闘は捨ててるから、どうしよもないよね。こればかりは仕方ないと割り切るしかない。他には?」
「…………継戦能力、ですか?」と【付与士】の少女。
「そうだね。それこそがもっとも本質的な理由だ。それで、継戦能力とは具体的にはなにか言える?」
「魔力切れです。魔力が切れて回復が出来なくなるからです」と同じく【付与士】の少女。
「よく分かっているね。どんなに強敵でも、どんなに戦線が崩壊しても、回復が追いつく限りは戦闘を続けることが出来る。君たちが撤退せざるを得なかったのは回復士の魔力切れが原因だ」
「たしかに…………そうですね」
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