間章1

第84話 閑話1−1:月詠の狩人

第41話後、ラーズたちがロッテさん・支部長と別れた後の話、全4話です。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 階段を下り、俺たちは冒険者ギルドの一階でロッテさんと別れた。

 ギルドの一階は混雑のピークだった。

 人の間を掻き分け、併設されている酒場へ向かう。


 待ち合わせしていた『月詠の狩人』のリュークたちと合流するためだ。

 喧騒盛んな酒場を見渡すと、彼らはすぐに発見できた。


「あっ、ラーズさん。こっちです」


 向こうも俺たちに気づいたようだ。


「待たせたな」

「いえいえ、お願いしたのはこっちですから。どうぞお座りください」

「ああ」

「丁寧にありがとうね」


 シンシアが笑顔を向けると、リュークは照れたようにはにかむ。純朴で若々しいな。


 リュークは年上の俺たちを立てて、丁寧な話し方をしている。

 冒険者にも二種類いて、相手の応じて接し方を使い分けできるタイプと、誰に対しても粗野な接し方しかできないタイプがいる。


 年齢を重ねるにつれて後者は減っていくが、出来ない奴はどうしても出来ない。

 粗野に振る舞えば、相手にナメられないとでも思っているのだろう。

 しかし、他人に敬意を払えないヤツは、他人から敬意を払われることもない。


 リュークは若いうちから相手に敬意を払うことが出来ている。それは大きなアドバンテージだ。

 先輩からは可愛がられ、同期からは敬意を払われ、後輩からは慕われる。

 俺がリュークにアドバイスを送る気になったのは、それができていたからだ。


「まずは乾杯しましょう」

「ああ」

「そうね」


 俺たち二人分のエールが届き、皆でジョッキを掲げる。


「今日の出会いに乾杯」

「かんぱ〜い」


 乾杯が済むと、リュークはパーティーメンバーたちを紹介してくれた。


 【弓士】男。リューク。パーティーリーダー。

 【槍士】女。長槍使い。

 【剣士】男。双剣使い。

 【付与士】女。支援専門。

 【回復士】男。回復・支援。


 男三人女二人のパーティーだ。

 もちろん、全員ジョブランク1だ。

 全員同期で、冒険者になって現在26ヶ月目。


 26ヶ月目で第20階層ボスに挑んでいるのはかなり優秀な部類だ。

 今まで挫折することなく、順調にここまで来たのだろう。


 しかし、なかなかピーキーなパーティー構成だ。

 専門のタンクはいないし、範囲攻撃が出来る魔法士もいない。


 第20階層ボスのフレイム・バットたちを相手に二週間足止めを喰らっていると言っていたが、この編成だと苦戦するのは当然だろう。


「それでフレイム・バット戦のアドバイスが欲しいんだよね」

「はいっ。そうです。俺たちも色々と試したんですけど、どうしても倒し切れなくて……」

「どういう戦い方をしたのか、詳しく話してくれるかい?」


 編成からだいたい想像はつくが、本人の口からも聞く必要がある。

 上手く戦術を相手に伝えるというのも、冒険者にとっては欠かすことが出来ない能力のひとつだからだ。

 リュークが上手く説明できるかどうかで、俺も話し方を変える必要がある。

 リュークのお手並み拝見といこう。


「えーとですね。前衛は【槍士】と【剣士】。中衛は【弓士】の俺。後衛は【付与士】と【回復士】です」

「スタンダードな陣形だね」

「それで、前衛二人はフレイム・バットの攻撃を受け止めながら攻撃。後ろから俺の弓でも攻撃です。付与は水属性を武器と防具に。回復は適時行ってます」

「うんうん。それで?」

「最初のうちはいいんですが、なにせ敵の数が多いからチクチク削られて……。どうにかしようと大技を使えば、敵に抜かれるし……」

「続けて」

「削られてジリ貧になって、そのうち回復も追いつかなくなって……しかたなく撤退するという感じです」


 不甲斐なさ故か、リュークは拳を強く握りしめていた。


「撤退するまでに何匹くらい倒せているんだい?」

「大体半分くらいです」

「そうか…………」


 おおよそ俺が想定していた通りだ。

 リュークの説明も中々良かった。

 頭は悪くないようだ。


「リュークたちでも倒す方法は二つある」

「ほっ、本当ですか?」


 リュークだけでなく、他のメンバーたちも身を乗り出してきた。


「ああ、ひとつ目は簡単な方法――アイテム使ってクリアする方法。これなら、明日にでもクリアできる」

「…………」

「そして、ふたつ目は時間がかかる方法だ。この方法だと、君たちの努力次第だけど、2〜4週間かかる。その代わり、君たちは一段階強くなれる」

「…………」

「どっちの方法を選んでも構わない。君たちが望む方を教えよう。ただし、俺が教えるのはどっちか一つだけだ」

「…………。ちょっと、メンバーたちと相談してもいいですか」

「ああ、勿論だ。焦ることはない。俺たちは腹ごしらえしてるから、じっくり考えるといいよ」


 五人は固まって相談を始めた。

 俺とシンシアは料理をつまむ。


「意地悪ね」

「そうか?」

「ええ、とっても意地悪。でも、とっても誠実」

「…………」

「とってもラーズらしいわ」


 さすがはシンシアだ。

 俺の意図はお見通しか。

 仲間が優秀で嬉しくなる。


「懐かしいわね。このニゴロ揚げ」

「ああ。もう食い飽きたかと思っていたけど、久しぶりに食べるとこれはこれで美味いな」


 ニゴロ揚げは数種類の肉をミンチにしてまぜ合わせ、それを丸めて衣をつけて揚げたものだ。

 名前の由来ははっきりしない。発祥となった村の名前とも、考案者の名前とも言われている。

 この街の名物なのか、ツヴィーでもドライでも見たことがない。

 安くて、味が濃くて、ボリュームたっぷり。

 言ってしまえばジャンクフードなのだが、久々に食べると無性に懐かしい味に思えた。


「リュークって子のこと好きでしょ?」

「ああ。まだ未熟だけど、頭はいいし、メンバーからも信頼されている。それに、仲間を頼ることもできる。重要な問題をみんなと相談できるのは良いリーダーの証だ」

「べた褒めね」

「ああ、俺は気に入っているよ。彼らなら、間違った選択はしないよ」

「そうね」

「本当はクリストフにこうなって欲しかったんだがな…………」


 今さら言っても始まらないな……。


「ラーズさん」

「おっ、決まったか?」

「はいっ! ふたつ目の方法でお願いします。俺たちを強くしてください」

「厳しいぞ?」

「ええ、望むところです!」


 真っ直ぐな瞳で見つめられると、俺の中で忘れていた熱さが燃え上がるのを感じた。


 リュークたちは安易な方法を選ばなかった。

 【2つ星】の冒険者だったら半分以上は気づくと思うが、第20階層のフレイム・バット戦は、この街で手に入るいくつかのアイテムを組み合わせれば、簡単に勝つことが出来る。

 それこそ、成り立ての冒険者でも倒せるくらい、冒険者の能力に依存しない必勝法だ。


 これが最終ボス戦だったら、その方法を選ぶのもありだろう。

 最後の戦いには勝つことこそがなによりも大切だからだ。


 しかし、彼らの冒険はまだ始まったばかり。

 ここで楽しても、すぐに次の壁にぶち当たる。

 楽して勝っても、問題を先延ばしするだけなのだ。


「急がば回れだ」

「??」

「一見遠回りに見えても、しっかりと地力を上げた方が結局は早いんだよ」

「なるほど……」

「君たちのパーティーには、いくつかの致命的な欠点がある」

「欠点……」

「今までは良かっただろう。だが、この欠点を克服しなければ、確実に行き詰まる。現に、今もその状態だ」

「はい。それはわかっています」

「そもそも、なんで君たちが勝てなかったか分かるかい?」


 俺は『月詠の狩人』全員に問いかける。


「私と【剣士】が敵を防ぎきれていないから」と【槍士】の少女。

「そうだ。『月詠の狩人』のひとつ目の欠点。それはタンクの不在だ」

「…………」

「今は【槍士】と【剣士】の二人で敵の攻撃を防いでいるんだろう。だけど、どっちの職も専門のタンクじゃない。だから、圧の強い攻撃をされると、簡単に後ろに通してしまう」

「「…………」」


 【槍士】の少女も【剣士】の少年も黙り込んでしまう。


「別に俺は前衛の君たちを責めているわけじゃない。どのジョブにも適した役割がある。大切なのは誰がどの役割を果たすかだ」

「「…………」」

「タンクの不在。問題点は分かったね?」

「「「「「はい」」」」」」

「いいか、これは前衛二人の問題じゃない。パーティー全体の問題と考えるべきだ」

「「「「「はい」」」」」」

「では、どんな解決策がある? みんなで考えてくれ」


 皆、真剣な顔で考え始める。

 みんな、素直だ。

 普通パーティーには一人くらい跳ねっ返りがいるもんだが、この子たちは良い意味で素直だ。

 ついつい、肩入れしたくなってしまう。


 しばらくしてリーダーのリュークが最初に手を挙げた。


「タンク役のメンバーを入れる、ですか?」

「安易だね」

「すっ、済みません」

「いや、悪い意味じゃない」

「えっ?」


 叱られたのかと思って落ち込んでいたリュークは続く俺の言葉が意外だったようで驚いている。


「こういった話し合いでは誰でも思いつきそうな一番安易な意見を最初に挙げるべきだ。それで上手く行く場合もあるし、上手くいかない理由を考えることで見えてくるものもあるからね」

「そうなんですか。あまり、深く考えずに言っただけだったので、そんなふうに言ってもらえるとは思いませんでした」

「深く考えなくていいんだよ。まずは思いついたアイディアを共有する。それから、みんなで考えればいいんだから」

「はっ、はい」

「それに、一番最初に発言したのも良いね。それがリーダーの役目だ」

「はっ、はい。ありがとうございます」


 俺としてはべた褒めしたつもりだったから、しっかりと俺の思いがリュークに届いて嬉しかった。

 クリストフは同じこと言っても、まったく聞こうとしなかったからな……。


「それで、リュークの意見をどう思う?」

「タンク役を入れるには、誰かを外さなきゃいけないです」と【剣士】の少年。

「そうだね。じゃあ、誰を外そうか?」

「「「「「…………」」」」」

「誰も思いつかないの? じゃあ、誰を外してタンクを入れれば今より強くなると思う?」

「「「「「…………」」」」」


 皆、黙りこんでしまう。

 当然だ。ここで誰かの名前を挙げてしまえば、そいつは不要だと言うようなものなのだから。


「じゃあ、俺からはっきり言おう――」

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