第83話 折れた翼

 スッキリとした目覚めだった。

 ここしばらくは起きていても頭にモヤがかかったようなボンヤリとした意識だった。

 それが綺麗サッパリなくなっている。


「今日は調子がいいな……ん? オイッ!」


 違和感を覚えた俺(クリストフ)は慌てて飛び起き、掛け布団をめくる――。


「なっ!?!?!?」


 無かった。

 あるべきものが無かった。

 脛から先が無かった。

 しかも、切断面はどす黒く変色している。


「オイッ! クウカッ!!!」


 大声で呼びかけるが返事がない。

 というか、ここはどこだ?


 辺りを見回し、ここが見覚えのない部屋であることに気付く。


「お〜〜〜〜〜いッ!!! 誰か〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 いったいどうしたんだ?

 どういう状況なんだ?


 わけも分からないまま叫んでいると、しばらくしてドアが開いた。


「お目覚めかね、クリストフ君」

「オイッ! どういうことだッ!!!」


 部屋に入ってきたのは見知らぬ男と女だ。

 そいつらに向かって問い詰める。


「まあ、落ち着きたまえ」

「これが落ち着いてられるかッ! 早く、俺の足を治せッ!!!」

「残念だが、それは出来ない」

「なんだとッ! いいから回復魔法を使えるヤツを呼んで来いッ!!!」

「どんなに優秀な術士でもそれは不可能だ」

「なッ!? どういうことだッ!?」


 男の言葉に理解が追いつかない。

 ごたごた言ってないで、さっさと俺様の足を治しやがれっ。


「その事について話す前に、君はどこまで覚えているんだい?」

「なんだとっ!?」

「これを飲んで、落ち着いて思い出してみるがいい」


 男の隣にいた女が盆に乗せられていたカップを差し出す。

 俺は手に取ったそれを観察する。


「安心したまえ。毒などは入っていない。気持ちを落ち着かせるハーブティーだ」


 疑いながらも、俺はハーブティーを口に含む。

 毒は味で分かるというが、普通に美味しいだけだ。

 ハーブティーを流し込むと、少し気が鎮まったような感じがする。


 そして、俺は過去を思い出す。

 思い……出す……………………。


 ――少しずつ思い出していく。


「あの日は、クウカと一緒にダンジョンに潜ったんだ。

失敗続きのスランプだったので、調子を取り戻そうと二人でダンジョンに潜っ――」


 ――二人でダンジョンッ!?!?!?!?


 いやいやいやいや。

 あり得ないだろッ!


 いくら余裕のある階層とは言え、なにが起こるか分からないのがダンジョンだぞ?

 なんで、二人だけで潜ったんだ?


「そして、クウカが言うには、『丁度いいモンハウがあるから、そこで無双しよう』って。それで二層に転移して――」


 いやいやいやいや。

 あり得ないだろッ!


 ダンジョン内でボス部屋に次いで事故が起きやすいのがモンハウだぞ?

 いくら余裕のあるモンスターしか出ないからって、不測の事態が起きたらどうすんだ?


「その後、クウカが言ったんだ。『緊張感をもたせるために、防具を外そう』って。それで俺は防具を外して――」


 ――防具を外すッ!?!?!?!?!?!?!?!?


 いやいやいやいや。

 あり得ないだろッ!


 いくら余裕のある階層とは言え、なにが起こるか分からないダンジョン内だぞ?

 そんなの自殺行為じゃないか!


「そうして無警戒に通路を歩いて行ったんだ。明かりもつけず、無警戒に――」


 いやいやいやいや。

 あり得ないだろッ!


 いくら強くても、罠は別問題だ。

 俺もクウカも罠に対応するスキルはもっていない。

 そんな中、無警戒で進んでいくなんて……。

 死ぬつもりだったのか?


 それから……………………。


 ダメだ、そこから先は思い出せない…………ッ!!!


「クウカッ!!! クウカはッ!!!!!」


 俺はなんとか無事だったみたいだが、クウカはどうしたんだッ!!!


「なるほど。そこから先は記憶にないと。安心しろ、聖女は生きている。今はな」

「――ッ!!! 会わせろッ! クウカに会わせてくれッ!! 彼女は俺にとって一番大切な――?」


 一番大切?

 胸のうちに疑惑が生じる。


 確かにクウカは大切な――。

 大切な駒だ。


 俺が勇者として成功するための大切な駒だ。

 だが、それ以上ではない。

 俺の言うことを聞く都合の良い相手。

 それだけに過ぎないはず……。


 ――そこで思い出した。


 ここ数日間のクウカとの記憶。

 クウカと身体を重ね、ひたすらに彼女を求めた数日間。

 彼女に癒やされ、救われ……。


 ――なんで俺はクウカに手を出したんだ?


 クウカには手を出さないと決めていた。

 あれはヤバい女だと、本能的に悟っていたからだ。

 それなのに……。


「お茶が冷めてしまうよ」

「あっ、ああ……」


 混乱する中、男に勧められハーブティーを飲み干す。


「私は冒険者ギルド・ドライ支部、冒険者対策本部(ボウタイ)、本部長のヴェントンだ。少しは落ち着いたかね?」

「ああ……」

「では、話をさせてもらおう」


 ヴェントンと名乗る男は椅子に座り、俺と同じ目線で話し始めた。

 ボウタイという名に聞き覚えはないが、ギルドの人間らしい。


「ここ最近、自分の意志でしたとは思えない行動。思い当たる節があるようだね」

「ああ……」


 ダンジョンに潜ったことも、クウカのことも、本当に自分がやったとは思えない行動ばかりだ。

 俺はどうしちまっちゃったんだ?


「これに見覚えあるかね?」

「そっ、それは、クウカの……」


 ヴェントンが見せてきた薬瓶。

 クウカが持っていたものだ。


「これを飲むと落ち着く。そうかね?」

「ああ、クウカがそう言ってた」

「これは禁薬だ」

「禁薬ッ!?」

「確かにこの薬には気持ちを落ち着かせる作用がある。ただ、摂り過ぎると昏睡し、暗示にかかりやすくなる。君は聖女に操られていたのだ」

「…………そっ、そんな!!!」


 クウカがそんなことを……。

 いったい、どうして?


「聖女は禁薬の他にも、いくつか法を犯している」

「なッ!?」


 どうして、どうしてだ?

 あのクウカが?

 奥ゆかしく笑い、善意のかたまりのようなクウカが?


「同情してるのかい?」

「だって、クウカは――」

「君も被害者の一人だよ」

「はっ!?!?」


 意味がわからない。

 なぜだ? なぜだ? なぜだ?


「君の最初の質問に答えよう」

「なんだと?」

「君の足の黒く変色した断面、それは禁呪によるものだ」

「禁呪!? どういうことだっ!」

「その禁呪を受けた箇所は回復魔法やポーションでの治癒を受け付けない」

「えっ……」

「君は二度とその足で歩くことが出来ない」

「嘘だあああああああああああ!!!!!!!」


 思わず叫んだ。

 だって、そんな話、信じれるかっ!


「事実だ」

「だって、俺はっ、俺は勇者だぞっ!」

「君はもう勇者ではない」

「なんだとッ!?」

「冒険者タグで確認してみろ」

「冒険者タ、グっ…………」


 ――【剣士】レベル1。


 信じられずに何度も見直す。

 だが――何度見ても、その表示は変わらない。


「おい、つまらないイタズラをしてないで、俺のタグを返せっ」

「イタズラではない。そもそも、他人のタグではステータス表示はできない」

「…………ぇ」


 確かにヴェントンの言葉は正しい。

 ということは…………。


「俺に、一体俺になにが起こったんだ…………」

「ああ、それを説明するために来たんだ」


 ヴェントンは語り出した――。


 俺の知らぬ間にバートンが奴隷落ちしたこと。

 もう戻らぬ足のこと。

 験臓のこと。

 レベル1に戻り、【勇者】の肩書きが失われたこと。

 ウルが殺されかけたこと。


 そして、そのすべてがクウカのせいである――ということ。


「……………………ウソだッ!!」


 あのクウカがっ!

 虫も殺さないような顔したクウカがッ!

 俺に想いを寄せていたはずのクウカがっ!


 クウカ一人の手によって、『無窮の翼』がバラバラになってしまったなんて――そんな話、信じられるかッ!


「これを読みたまえ。あまり見せるものではないが、君には知る権利がある」


 ヴェントンは分厚い冊子を手渡す。

 表紙には「聖女クウカの報告書」と書かれている。


 あまり文章を読むのは得意でないが、読み進めるうちにどんどんと引きこまれていった。

 クウカの生い立ちから始まり、犯行手順、その動機が書かれていた。


 俺のまったく知らないクウカの姿が描かれていた。


「じゃあ、全部クウカのせいだったっていうのかッ!」

「ああ、その通りだ。聖女は死刑が確定した」

「なッ!?!?」

「これだけのことを仕出かしたんだ。当然だろう」

「うそだ……」


 クウカがそんなことをするはずないッ!!


「5年間騙されていたんだ。君を含むパーティーメンバー全員がね」

「そんな…………」

「じゃあ、俺にはもう、ひとりの仲間もいないのか?」

「ああ、その通りだ」

「俺はレベル1の剣士で、もう二度と歩くことも出来ないのか?」

「ああ、その通りだ」


 ヴェントンの言葉が無情に突き刺さる。


「俺の……俺の、5年間は…………これから……勇者として…………最強に……なる……はず、がっ……」


 両目から流れる涙が止まらない。


「うわあああああああああああ〜〜〜〜〜」


 報告書を払い落とし、何度も何度も布団を殴りつける。

 だが、その拳は力なかった。

 駆け出し冒険者のように力なかった。


 ヴェントンは俺が取り乱してもなにも言わず、俺が落ち着くまで黙って見ていた。


「…………なあ、俺はどこで間違えたんだ?」


 ヴェントンは俺の問いかけに少し考えこんでから、口を開いた。


「報告書から判断するしかないが、ラーズを追放したことだろう」

「なッ……ラーズがッ!」

「ああ。クウカはラーズを一番警戒していた。ラーズは企みに気が付きそうだと警戒していた。だから、ラーズの前では特に猫をかぶっていた。ラーズがいる限りは、君に手出しはしなかっただろう」

「そっ、そんな……ラーズがっ…………」

「どうして、ラーズを追放したんだ?」

「そっ、それは……いつも偉そうなアイツが憎くて、アイツがいるかぎり、【勇者】であっても一番になれないと思って……アイツは俺より強くって…………」


 子どもの頃から、ラーズには劣等感しかなかった。

 ずっと引け目を感じていた。


 だけど、俺は【勇者】のジョブを手に入れた。

 これからは俺が一番だ。

 皆、俺にひれ伏すべきだ。


 なのに、アイツは俺が【勇者】になっても、顔色ひとつ変えなかった。


 だから、だから…………。


「その気持ち、どこまでが自分の気持ちだい?」

「えっ……!?」

「聖女は以前から例の禁薬で君に暗示をかけていたそうだ」

「……なっ!?」

「どこまでが君の気持ちで、どこからが植え付けられた気持ちか、分かるかい?」

「そっ、そんな…………」


 恐怖で身体がガタガタ振るえる。


「うわあああああああああああ〜〜〜〜〜」


 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。

 俺は……。


「ゆっくりと考えたまえ、時間だけはたっぷりある」




 この日、折れた翼は地に墜ちた――。









【後書き】


 まさキチです。

 今回で第1章完結です。

 ここまでお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m


 しばらくサブエピソードを挟み、第2部スタートは4月29日夜です。


   ◇◆◇◆◇◆◇


【宣伝】


 投稿開始しました。


『見掛け倒しのガチムチコミュ障門番リストラされて冒険者になる 〜15年間突っ立ってるだけの間ヒマだったので魔力操作していたら魔力9999に。スタンピードで騎士団壊滅状態らしいけど大丈夫?〜』

https://kakuyomu.jp/works/16816927863361233254

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る