第82話 飛び立つ雛

「ここは……」


 目を覚ました私(ウル)は見知らぬ部屋のベッドに横たわっていた。

 どうしてこんな場所にいるのか――記憶をたぐり寄せる。


 …………………………………………。


「――――ッ!」


 思い出した。

 拠点を離れ、『無窮の翼』を離れ、やり直そうとして――。

 クウカにナイフで滅多刺しにされた。


 初めて感じる痛み。

 流れ出る大量の血液。

 漏れていく命の残滓。


「助かったんだ…………」


 自分がまだ生きていることが信じられない。

 私は「死」の領域に、一歩踏み入った。

 片足だけで「生」の領域に踏みとどまった。


 自分というものがすこしずつ消えて行く恐怖――。


 ――でも、生き残ったんだ。


 両手を開いて。

  閉じて。

 開いて。

  閉じて。


 生を実感する。


 ――大丈夫。


 身体には少し違和感があるが、怪我は完全に治っている。


「パパ……ママ……守ってくれてありがとう」


 天の二人に祈りを捧げる。

 この命は二人が守ってくれたものだ。


 間違ってしまった私がやり直せるよう、チャンスをくれたのだ。


 大丈夫。


 もう間違わない!


 決意を新たに、私が上体を起こしたところで、ドアが開かれた。


 入ってきたのは見知らぬ男。

 強そうだ。

 トップクラス冒険者かな?

 でも、この街にいただろうか?


「調子はどうだ、ウル君?」

「あなたは?」

「ボウタイ本部長のヴェントンだ」

「ボウタイ?」


 聞き慣れぬ単語だ。

 ヴェントンと名乗る男は、それから色々と説明してくれた。


 ボウタイのこと。

 バートンから始まる一連の事件。

 クウカの過去と死刑が決まったこと。

 どうして、私がここにいるのか。


 想像していた以上に、『無窮の翼』はヒドいことになっていた。

 みんな、いなくなった。

 残っているのは、冒険者として終わったも同然のクリストフのみ。


 どうして、こうなってしまったのだろう?

 ラーズを追放したことが原因にも思えるし、それ以前から終わっていたような気もする。


 そして、クウカのこと。

 私は彼女のことをなにも知らなかった。

 他のメンバーのことを知っていたとは口が裂けても言えないが、それ以上に彼女のことは知らなかった。

 気味の悪い存在だと遠ざけ、知ろうともしなかった。


 彼女が私と同じように過去にとらわれていたなんて……。

 しかも、私以上に過去に雁字搦めにされていて……。


 彼女の罪はもちろん、許されないものだ。

 許されないものだけど……。


「――そうですか。あなた方が助けてくれたんだ。ありがとう」


 ヴェントンに向かって頭をさげる。


「気にすることはない、それが我々の仕事だ」

「いえ、それでも、感謝の気持ちを伝えたいの。ありがとう」


 頭を上げてヴェントンを見る。

 なんとも言えない表情をしてる。


 その表情がなにを意味するのか、人の気持ちと向き合ってこなかった私には、分からなかった。


「悪い知らせがある」


 ひと言だけ述べて、ヴェントンは黙り込む。

 私が覚悟するための時間をくれたのかな?


 先ほどから感じている身体の違和感。

 命は助かったけど、なにか後遺症でもあるのかな?


 でも、それくらい安いものだ。

 失敗の代償としては安いものだ。

 命があるだけで儲けものだ。


 だから、どんな代償でも受け入れよう。


「大丈夫です。覚悟は出来てます」

「そうか――」


 ヴェントンはじっとこっちを見る。

 厳しいけど、優しい目だ。

 ラーズに似ている、誠実な目だ。


「話すより見てもらった方が早い。ステータスを確認してくれ」


 首から下げられた冒険者タグに魔力を通す。

 そこに表示されたステータスは――。


「【魔法術士】、レベル182……」


 ジョブはランク2の【魔法術士】、レベルは182。

 セカンド・ダンジョンをクリアする少し前のステータスだ。


「験臓という臓器は知っているか?」

「うん、なんとなくは」

「聖女のナイフによって、君の験臓が傷つけられていた」


 ああ、そういうことか……。

 違和感の原因が分かった。


 不思議とクウカに対する恨みはなかった。

 クウカの過去を知ってしまったからというのもあるが、これは神様が下した私への罰だと思えたから。

 間違えてしまった私への。

 もう一度やり直せ、と神様が言ってるんだ。


 だから、笑えた。

 自然と笑顔を浮かべられた。


 ヴェントンはどう受け取っただろうか?

 やっぱり、私には彼の気持ちは分からない。

 ヴェントンの表情が難しいのか、私の他人の気持ちを読み取る力が低いのか。


「今までが急ぎ過ぎだったんです。隣りにいる仲間の顔も見ずに、前だけしか見てませんでした。もう一回、やり直します。今度はちゃんと失敗しないように」

「そうか」


 ヴェントンの返事は短かった。

 肯定するでも、否定するでもなく。


 無関心なのではない。

 それが彼なりの優しさなのだ。

 私をパーティーに誘ってくれた誰かさんと同じ優しさなのだ。


「体調はどうだ?」

「ええ、問題ないです」

「であれば、簡単な取り調べをさせてもらおう――」


 ――ヴェントンによる取り調べは30分ほどで終わった。

 私が疑われているのではなく、クウカの証言に間違いがないか、事実確認をされただけだ。

 もちろん、私は知りうる限りのことを正直に答えた。


「――ご協力感謝する。これで君に対しての取り調べはすべて終わりだ。今後、この件でボウタイが君に関わることはない。出たい時にここから出てもらって構わない」

「では、着替えてから帰らせてもらいますね」


 今、私が着ているのは、見覚えのないゆったりとした患者着だ。ボウタイの備品だろう。


「着ていた服はそこに置いてある。着替え終わったら声をかけてくれ」


 私が着ていた白いドレスはサイドテーブルに畳んで置かれている。

 ヴェントンが外に出たのを確認してから、ドレスを広げる。

 キレイに直されていた。

 染みも裂かれた跡もなくなっている。


「良かった」


 ドレスをギュッと握りしめる。

 懐かしい懐かしい、師匠の香りがした。

 気のせいかもしれないけど……。


 きっとボウタイの人が直してくれたんだろう。

 感謝の気持ちでいっぱいだった。


 あらためて純白に袖を通し――今度こそ、仕切りなおしだ。


 それからマジック・バッグを確認する。

 なにも紛失していない。

 もう、ここには用がない。


 呼びかけると、ヴェントンが入ってきた。


「隣の部屋で勇者が寝ている。君と同じく肩書きに元がつくようになってしまったが……」


 さっきの話を思い出す。

 クリストフは私以上にヒドい状態になっているんだった。

 クウカはクリストフを愛していたはずなのに……。

 私には、クウカの気持ちはまったく理解できないな。


「会っていくか?」

「いえ、もう終わったことですから」


 私にとって『無窮の翼』はもう過去だ。

 クリストフと会う理由はない。


「お世話になりました」

「ああ、二度と会わずに済むことを祈っている」


 ヴェントンに別れを告げ、歩き出す。

 目指すはツヴィーの街。

 セカンド・ダンジョンからやり直すんだ。


 ――澄み渡る青い空。


 故郷で見たのと同じ、青い空。


 ――風に乗った花の香り。


 いつの間にか季節は変わっていた。


 ――活気ある町並み。


 みんな、今日を生きているんだ。


 私は駆け出す――。


 昨日を置き去りに。

 今日を懸命に。

 明日を目指して。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ウル編完結!


 次回――『折れた翼』


 クリストフ編、そして、第1章完結!

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