第80話 勇者パーティー31:クウカ編終幕4

『聖女クウカに関する報告書:犯行動機(後編)』


 後から知りました。

 普通、回復魔法は治療院に務め、患者の怪我を治しながら学んで行くのだと。


 男のところには、患者がいませんでした。

 二人以外、誰もいませんでした。

 だから、どちらかかが患者になるしかないのです。

 そして、それはもちろん男ではありません。

 弱い方が患者になるのは当然です。


 男のもとで3年間学び、強くなりました。

 回復魔法を学び、験臓や禁薬・禁呪についても学びました。

 痛みと悲しみ、他にもいろいろと失い、強くなりました。


 男よりも強くなりました。

 だから、奪いました。

 男からすべてを。


 あれだけ「治せ」と口癖のように言っていた男が、血だまりに横たわり「ふがふが」言うだけで、なにも出来ませんでした。

 男は大した回復術師じゃなかったんだと、そのとき知りました。


 そして、3年ぶりに孤児院に戻りました。

 知って欲しかったのです。

 強くなったことを。

 奪う側になったことを。


 みな、いつかの子犬のように弱かったです。

 首を切り、腹を割いても、歯向かったりはしませんでした。

 彼らが一番よく知っているからです。

 強い者に逆らってはいけないと。


 だから、すべてを奪いました。

 死んだ後の身体も奪うために、火を放ちました。

 知ってる子も、知らない子も大勢いました。

 奪われるために育てられている子どもたちです。


 彼らが強ければ生き延びれたでしょう。

 でも、弱かった。

 だから、奪われたのです。


 「恨み」でも「怒り」でもありません。

 そういったものは本の中だけの作り物です。

 私は自然の摂理に従っただけです。


 強い者は弱い者から奪う。

 それが自然の摂理。

 ただ、それだけです。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 孤児院と男からいろいろと大切なことを学びました。


 強い存在には絶対に逆らってはいけないことを。

 鞭をもらわないようするには、相手より強くなければならないことを。

 強者は弱者から奪っていいことを。

 強くなれば鞭を振るえることを。


 生きていくためには、これだけ知っていれば十分です。

 この自然の摂理以上のことは必要ないのです。


 その後は逃げ出しました。

 官警は強く、見つかれば奪われるからです。

 そうして逃げ着いたのが、アインスの街でした。


 強ければ奪える。弱ければ奪われる。

 冒険者というのはそういう職業です。

 自然の摂理を体現した職業です。


 そこで出会いました。

 クリストフに。

 衝撃でした。


 彼の周りの世界だけ鮮やかに彩られていたのです。

 くすんだモノクロームだと思い込んでいた、この世界がカラフルに見えたのです。

 初めて欲しいと思いました。


 欲しいものは奪う。

 相手より強ければ奪える。

 そうでなければ奪われる。


 しかし、すぐに気づきました。

 この美は奪えないことに。

 奪ってしまえば、美もまた失われてしまうことに。


 皮膚だけ剥がして剥製にする?

 頭部を切り取り死蝋(しろう)にする?


 どちらも、技術的には問題ありません。

 男のところで学んだ知識を用いれば簡単です。


 けれど、どのような方法であっても奪ってしまったら、その瞬間に美は消え去ってしまう。

 奪わずに手に入れる方法を考えなければなりませんでした。


 この五年間、良い方法を考え続けました。

 彼の隣で自分を偽り、考え続けました。

 苦痛も知らず、絶望も知らず、奪われることも知らない彼の隣で、考え続けました。


 そして、考えているうちに、気づきました。

 その顔が苦痛と絶望に染まれば、もっと美しくなることに。

 苦痛と絶望に染まった彼の顔を独占する。

 これ以上の幸せはないと、気がついたのです。


 後は先ほどお話しした通りです。

 五年間、策を練り、じっと待ち続け、機会を伺ったのです。

 計画のジャマになるパーティーメンバーを排除し、クリストフと二人きりの楽園を手に入れる寸前で――あなた方に奪われたのです。


 別に恨んではおりません。

 単にあなた方が強く、奪う側だっただけです。

 これもまた、自然の摂理です。


 満足している部分もあります。

 クリストフから奪うことは成功しましたから。

 彼の大切な【勇者】というジョブとその強さと両足を奪うことが出来たのですから。


 絶望を知った彼を間近で観察できないのは残念です。

 ですが、クリストフは奪った相手のことを忘れられません。

 忘れたくても忘れられず、夢に見て飛び起きる。

 彼の人生の中で、もっとも強く刻み込まれた楔(くさび)となれたのですから。


 やはり、奪うことしか出来ませんでした。

 奪った後にどうすればいいか、教わりませんでしたから。

 失敗するのも当然です。


 ああ、誰かが奪う以外のことを教えてくれてたらよかったのに――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――王都の中央広場。


 その日は久々の快晴だった。

 空には雲ひとつない。


 広場には数万人の群衆が今日の催し物のために詰めかけている。

 半年前に華々しくパレードを行った勇者パーティー。

 だが、彼らの栄光はたったの半年で地に墜ちた。


 彼らの凋落、そして、その一員である【聖女】クウカが起こした惨劇は、ここ数日で王都民の間に広く知れ渡った。

 英雄のスキャンダルは、彼らにとってなによりの娯楽であった。

 そして、今日、ここで【聖女】クウカの死刑が執行される――。


 広場の中央には、遠くからも見えるようにと、高く設えられた死刑台。

 後ろ手に縛られたクウカは両脇を騎士に挟まれながら、その階段を一段一段登っていく。

 その目は――なにも見ていない。

 ただ、うながされるままに、足を交互に動かすのみ。


 クウカを知っている人、いや、パーティーメンバーでさえも、クウカ本人だとは気づけないかもしれない。

 それくらい、今までのクウカとは別人だった。

 気づくことが出来るとしたら、クウカに回復魔法を教えた男くらいだろう。

 あの頃と、黙って奪われ続けた頃と、同じ顔つきをしている。

 感情の抜け落ちた、人形のような顔つきだ。


 クウカが死刑台に上がり、役人が罪状を読み上げると、群衆から罵り、呪う言葉が上がる。

 それだけでなく、無数の石が飛んでくる。

 いくつもの石がクウカを直撃し、クウカは血まみれになる。

 骨は折れ、美しい顔も台無しだ。

 クウカはそれをうめき声もあげず、黙って受け入れた。


 そして、刑が執行される――。


 乱暴に断頭台に押し付けられても、クウカは一切の抵抗を示さない。

 付き添いの騎士がもう死んでいるのではないか、と錯覚したほどだ。


 群衆たちはその瞬間を固唾(かたず)をのんで待っている。

 やがて、号令の笛がなり、執行人の斧が振り下ろされる。


 コロンと転がるクウカの首。

 開いたままの両目は空を見つめるよう。


 群衆の歓声と怒号に、クウカの命は奪われた――。







   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 クウカ編完結!


 次回――『さらばアインス』


 ラーズたちの旅立ち!

 忘れられてるかもだけど、主人公だよ!

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