第78話 勇者パーティー29:クウカ編終幕2
事前調査でこの拠点には三人の人間がいることが分かっている。
聖女は拘束され、賢者は無事が分かり搬送された。
残るは一人。
パーティーリーダーで勇者のクリストフだ。
この騒ぎでも顔を表さない以上、彼にもなにかが起こっていると考えるのが当然だ。
彼にも無事でいてもらいたいのだが……ヴェントンは静かに部下の報告を待つ。
昨日、クウカに抱えられてダンジョンから帰還したクリストフらしき人物が確認されていた。
確認したのはクウカを尾行していたボウタイの人間だ。
尾行者はクウカとクリストフが仲良さそうにダンジョンに入っていくところまで見届けた。
ただ、どの階層に転移したかまでは知ることができないので、尾行者はダンジョン前で二人が帰還するのを待つしかなかった。
そして、1時間ほどたった頃、二人が出て来た。
クウカと抱えられた一人の人物。
マントに覆われ特定はできなかったが、状況から判断してクリストフであることは間違いないだろう。
報告を受けたヴェントンはダンジョン内でなにかが起こったと確信した。
クウカの動機は理解できずにいるが、下手したらもうクリストフの命はないかもしれない。
「本部長、勇者の生存を確認しました」
戻って来た三班のリーダーであるシュルディナーが報告する。
報告を受けたヴェントンは、死者が出なかったことに内心胸をなでおろす。
もちろん、顔には出さない。
リーダーの役目は感情をあらわにすることではなく、冷静に事態に対処することだ。
目ざといマレには先ほど感づかれてしまったが……。
最悪の事態まで想定していただけに、勇者生存の報はヴェントンを安堵させるに十分であった。
だが、シュルディナーの次の言葉は不穏な空気をはらんでいた。
「ただ、問題がありまして、直接見ていただきたいのです」
「そうか、案内しろ」
「ヤー」
シュルディナーの後をヴェントンが追う。
部屋に入ると、クリストフがベッドに横たわっていた。
「こちらです。例の禁薬のせいで昏睡状態ですが、命には別条ありません」
生きてはいるようだが、昏睡状態だ。
禁薬が投与されたことも明らかになった。
そして――あるべきものが欠けていた。
「足はどういう状態だ?」
すねから先が失われている事に気づいても、ヴェントンは顔色ひとつ変えず、淡々と問いかける。
「それが……切断された後、切断面に禁呪が施されています」
「禁呪だと? その効果は?」
「状態を固定化し、回復魔法やポーションでの治癒を受け付けなくするものです」
「ということは、もう元には戻らないのか?」
「その通りです」
「やったのは――」
「聖女で間違いないかと」
――昨日ダンジョン内で、なにかが起こったのだろう。
推測を広げようとしたところで、シュルディナーから声がかかる。
「それと――」
「まだあるのか?」
「勇者のステータスなのですが、こちらをご覧ください」
ヴェントンは受け取った簡易鑑定機の表示を見て、眉をピクリと動かす。
「レベル1の【剣士】だと?」
「はい、間違いありません」
「この短期間で……ということは」
「ええ、験臓を傷つけられたのでしょう」
「賢者もナイフで験臓を突かれていた」
「ということは、やはり……」
「ああ、狙わなきゃ起こらない。間違いないな」
「…………」
シュルディナーが黙り込む。
「ともかく、勇者からも話を聞かないとな。起こせるか?」
「いえ、それはおすすめできません。禁薬が効いていますので、無理に覚醒させると、短期的な記憶の欠落のおそれがあります。中和剤を投与しつつ、自然に目覚めるのを待つ方がよろしいかと」
「そうか。移動させるのも良くないか?」
「いえ、担架で運べば問題ありません」
「そうか、じゃあ、三班は勇者を救護室へ移せ。賢者とは別の部屋だ」
「ヤー」
シュルディナーは即座に部下たちに命令し、クリストフ搬送の準備を始めた。
それを見届け、ヴェントンはリビングに戻る。
――意識が戻ったとき、この男はどう反応するのだろうか。
この件の担当が決まってから、ヴェントンは部下に命じて『無窮の翼』に関する情報を徹底的に集めさせた。
部下からの報告書を読み、クリストフの人柄はそれなりに理解していた。
己のジョブと強さを誇り、他者を見下す。
子どものままで肥大した自我。
傲慢な態度は、屈折した劣等感の裏返し。
自らのアイデンティティーであるジョブと強さを同時に失ったクリストフに、現実を受け入れることができるだろうか……。
挫折を知っている身として、クリストフに同情を覚えなくもないが……そこまで考えて、ヴェントンは頭を振る。
――それは俺の領分じゃない。俺は自分の仕事をこなすだけだ。
今回の事件は、どうもいけない。
どうしても感情移入してしまう。
こんなこと、ボウタイに入って初めてだ。
冒険者時代の過ちを、どうしても思い出してしまう。
忘れたはずなのに。割りきったはずなのに。
心を閉ざし、冷静に職務を遂行する。
そう決めたはずだったんだがなあ。
――いかんいかん。気持ちを切り替えろ。俺はボウタイの本部長。正しく職務を行うだけだ。
いつもの顔を取り戻したヴェントンがリビングに戻ると、部下が声をかけてきた。
「本部長、発見しました」
声を上げたのは一班のメンバー。
クウカのマジック・バッグを調べていた男だ。
男が薬瓶をヴェントに手渡す。
薬瓶の中には緑色の粉末。
先日、マレが発見したのと同じもの。
所持、取引、使用、そのすべてが禁じられている禁制の薬だ。
「禁呪に禁薬、そして、パーティーメンバーの両足を切り落とし、もう一人を殺そうとした……」
――いったい、コイツはなにをしたいんだ?
長い間この仕事に携わってきたヴェントンでも、クウカの意図を測りかねていた。
拘束されて床に横たわるクウカを見下ろす。
クウカは拘束されて以来、意識を取り戻さずにいる。
考え込むヴェントンに、戻ってきた部下から声がかかる。
「本部長、例の禁薬が極微量ですが、数カ所から発見されました」
「そうか。他には?」
「それ以外はめぼしい物はありませんでした」
四班のリーダーが報告する。
「そうか、ご苦労。残りの者は聖女を連れて撤収だ」
「ヤー」
ボウタイのメンバーはクウカを二重三重、厳重に包囲したまま連行していく。
――そして、残った二人。
「なんとか、死者を出さずに済んだ」
「ええ、間に合って良かったです」
「大手柄だ、マレ」
「いえ、自分の仕事をしたまでです」
今回の一件、すべてはマレの発見によって始まったのだった。
発見があったからこそ、先手を打つことが出来た。
本人は謙遜しているが、快挙といって良い。
「後は、取り調べか……」
「気が重そうですね」
「…………。ああ、こんなに気が滅入る取り調べはボウタイに入って初めてだ」
その言葉にマレがかすかに笑みを浮かべる。
「どうした?」
「いえ、本部長でも気が滅入ることがあるんですね。安心しました」
「…………まあな。なんなら、代わってやろうか?」
「いえ。私には荷が重すぎます」
「まあ、普段威張ってる分、責任は取らんとな」
本部に戻るヴェントンの足取りは軽くなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『勇者パーティー30:クウカ編終幕3』
クウカの犯行動機前編!
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