第77話 勇者パーティー28:クウカ編終幕

 ナイフを持って立ってた。

 血まみれのナイフ。

 横たわり、死を待つばかりのウル。

 そして、それを見下ろすクウカ。


 ――これですべて、邪魔者は排除。クリストフと二人っきり。長年思い描いていた夢の生活が、今日から始まる。


「あはははははははははははは」


 笑いが止まらない。

 止まらない。

 止まら――


 あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。


 ――バンッ。


 玄関から聞こえる音。

 クウカが笑いを止め、振り向いた瞬間――視界に飛び込んできた黒。

 黒い衝撃がクウカに襲いかかる。


 ――ドンッ。


 振り向いたクウカの腹部に重い一撃。

 クウカの思考が止まり、身体から力が抜ける。

 魔力が込められた一撃で、クウカは意識を失った。

 力なく倒れ込む身体は床に押し付けられる。


 クウカの背に乗って拘束しているのは、冒険者対策本部(ボウタイ)、本部長のヴェントン。

 玄関ドアの破壊と同時に、ボウタイメンバーは建物内に侵入――その先頭を務めたのがヴェントンだった。


 寸暇の余裕もないと判断し、最速でクウカの無力化を実行。

 ヴェントンにとっては非近接職であるクウカの制圧は容易いこと。

 一瞬にして、意識を刈り取ることに成功した。


 後続の黒ローブ姿のボウタイメンバーが数人がかりで、クウカに魔封環をはめていく。


 バートン拘束時にも使用された魔封環。

 身体の動きだけでなく、魔力の流れも封じられる。

 魔法を使えなくなったクウカには、意識を取り戻したとしても、抵抗するすべはひとつも残されていない。


「魔封環装着、完了です」

「よし、そのまま警戒を怠るな」

「ヤー」


 ヴェントンは立ち上がり、部下たちを見回す。

 黒ローブ姿の部下たちが十六名。

 彼らにテキパキと指示を出していく。


「一班はそのまま聖女の監視」

「ヤー」

「二班は賢者の救護」

「ヤー」

「三班は勇者の確保」

「ヤー」

「四班は他部屋の捜査。特に、床と聖女の部屋を重点的に。例の禁薬を見逃すな」

「ヤー」

「よしっ、行けっ」

「「「「ヤー」」」」


 一班と二班はリビングにとどまり、命じられた役割をこなしていく。

 三班と四班はリビングを離れ、指示された場所へ向かった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 部下たちの働きぶりを監督しながら、ヴェントンは先日のことを思い出していた。

 バートンの件でここを訪れ、クウカと話をしたときのことだ。

 ヴェントンはクウカと言葉を交わすうちに、彼女の異常性に気がついた。


 まるで汚れた布をゴミ箱に捨てるような手軽さで仲間を切り捨てる。

 それだけではない、理由は分からないが、仲間を隠しているようだった。

 いや、仲間たちに隠しているのかもしれない。


 ヴェントンの勘は、クウカの危険性を察知していた。

 なにかが起こってしまう前に、未然に防がなければならないと本能が訴えかけていた。


 だが、勘だけではクウカを引っ張ることはできない。

 尋問したところで、とぼけられるだけだろうし、不必要に警戒されるだけ。

 打つ手がなかった。


 苦々しい思いで拠点を後にし、本部の執務室で報告書を仕上げていると、部下のマレが報告に来た。


「本部長、これを」


 薬包紙の包みだ。

 中には緑色の粉末。

 注意しなければ見落としてしまうほどの極少量。


「『無窮の翼』拠点、リビングの床に落ちていました」

「……ふむ。これは?」

「禁薬です」

「効果は?」

「摂取すると昏睡に陥ります。この薬が問題になっている理由は、昏睡時に暗示が非常にかかりやすいことです。精神反応系の魔法をほどこせば、効果は覿面(てきめん)です」

「リビングに落ちていたということは、すでに誰かに使われた後か……」

「おそらく、そうでしょう」

「この量で連行できるか?」

「いいえ。規定量未満ですので、それは出来ません」

「そうか……」


 これで聖女を引っ張ることが出来たら、話は早かったんだが……ヴェントンは苦虫を噛み潰していた。


 規則は規則だ。

 残念だが仕方がない。


 だが、これで動くことが出来る。

 早速、命令を伝えようとしたところ――。


「それと、事後報告になってしまい申し訳ないのですが、『無窮の翼』拠点内の数カ所に盗聴器をしかけておきました。これが設置場所を記した見取り図です」

「さすがだな、マレ。頼りになるぞ」


 部下の優秀さをヴェントンは頼もしく思う。

 ボウタイに所属して三年。

 マレは立派に成長した。


 あまり部下を褒めることのないヴェントンにしては、手放しの賛辞であった。


「いえ、支部長の薫陶あらばこそです」


 当然のように手柄を譲るマレを見て、口元が緩む。

 つつしみ深く、仕事に熱心で、手腕は一流。

 理想の部下であった。


「よし、人員を配置する。24時間体勢で『無窮の翼』拠点を監視せよ」

「ヤー」


   ◇◆◇◆◇◆◇


 一班は拘束されたクウカを包囲し、隙のない視線を向ける。

 なにか不審な動きを見せたら、即座に反撃できる体勢で待ち構えている。

 失神している相手に対しては過剰とも言える警戒ぶりだ。


 一方、マレが率いる二班の者たちは自分たちの仕事を淡々と進めていく。

 回復魔法とポーション投与で、消えかけたウルの命を救おうとしているのだ。

 いかにも手慣れた迅速な処置。

 役割分担もしっかりとしている。


 そして――。


「本部長、賢者は一命を取りとめました」

「そうか、よくやった。バイタルは?」

「脈拍、血圧、呼吸、体温、いずれも問題ありません。加えて意識レベルが5です。いずれ、意識も取り戻すものと思われます」


 意識レベル5とは、意識がなく、つねるなど身体に刺激を加えると手足を動かしたり、顔をしかめたりする状態だ。

 怪我のショックで失神しているが、怪我の治療が終わった以上、意識を取り戻すのは時間の問題だろう。


「そうか」とヴェントンが安心しかけたところ――。

「ただ、ひとつ問題があります。背中への一撃が験臓を傷つけていました。それなりの『経験値』の流出が予想されます」

「ふむ。故意か?」

「ええ、的確にとらえられており、狙ったものと思われます」

「賢者のステータスを確認しろ」

「ヤー」

「こっ、こちらです」


 マレが簡易鑑定機を差し出す。


「……うむ」


 ヴェントンが痛ましい視線をウルに向ける。

 自分の娘と同じくらいの年頃。

 まだ五年目の冒険者。

 彼女を襲った悲劇。

 なんとも、やりきれない気持ちだった。


「最悪の事態は回避できたが、これではな……」


 もう少し早く突入していれば、という思いが頭から離れない。

 だが、クウカを確実に捕らえるためには、確固たる証拠が必要であったのもまた事実。

 他にも余罪があるだろうことは明らかだが、身柄を拘束できるほどの証拠は揃っていない。

 クウカがなにか決定的な行動を起こすまで、ボウタイとしては動くことは出来なかった。


 頭では分かっているが、忸怩たる思いだった。


「僭越ながら、本部長は最適な判断を下し、我々は最善を尽くしました。これ以上は我々の領分ではありません」


 堪えきれず、マレが進言する。

 任務中に、訊かれてもいないのに上官への進言。

 明らかな服務規程違反だ。

 罰せられても文句は言えない。


 だが、マレは言わずにはいられなかった。

 誰よりも優しく、他人のことを自分のことのように背負い込むヴェントンの人柄をよく知っていたから。


「うむ、そうだな。マレの言う通りだ。俺の感傷だ。心配かけた。お互い、職務に戻ろう」

「ヤー」

「それで、賢者はどうすべきだと思う?」


 尋ねられたマレは答えるかわりに、部下に視線を送る。


「状態は安定していますが、万が一に備え、救護室へ移送すべきだと判断します」

「よし、マレを除く二班は賢者を救護室に移送せよ」

「ヤー」

「マレはここに残れ」

「ヤー」


 ウルは意識のないまま、ボウタイの救護室に運ばれて行った――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ウル生存!


 クリストフがレベル1に下がるまで、結構お話してました。

 ウルは比較的早く助けられたので……。



次回――『勇者パーティー29:クウカ編終幕2』

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