第75話 勇者パーティー26:ウル編終幕
夢を見た。
子どもの頃の夢だ。
小さな家とパパとママ。
小さな街。
だけど、ウルにとっては広い世界。
さりげなく暖かで、緩やか。
昨日と同じ今日が流れ、明日も同じ顔してやって来る。
そう思っていた――。
ウルは目を覚ます。
頬には涙が伝った跡。
自然と声がこぼれた。
「……パパ…………ママ…………」
ウルが七歳のとき、両親は流行り病で亡くなった。
身寄りを失くした彼女を引き取ったのは、彼女の魔法の師匠だ。
ウルは幼少の頃より、類いまれな魔法の才を発揮し、同じ街に住む老婆の魔法使いから定期的に魔法の手ほどきを受けていたのだ。
師匠には家族がおらず、両親が亡くなったその日から、二人きりの生活が始まった。
師匠は自分のすべてを伝えんと、ウルに魔法を教えこんだ。
師匠が力を維持するために近くの小さなダンジョンに潜る数日を除いて、毎日魔法の授業が行われた。
ウルは師匠の期待に応えた。
次々と教えを吸収していったのだ。
彼女には魔法しかなかった。
小さい頃から魔法に関する本にしか興味を示さず、一緒に遊ぶ同年代の友だちもいない。
大切な両親と会えなくなった彼女にとって、魔法だけが彼女をつなぎ止める唯ひとつだった。
両親を喪失した悲しみから逃れるため、彼女は魔法に没頭していった。
師匠から魔法の手ほどきを受け、魔道書を読みふけり、魔法の練習を繰り返す日々。
そんな生活が数年続き、ある日、ウルはなによりも望んでいた物の存在を知った。
――反魂草(はんごんそう)。
五大ダンジョンのひとつ――四番目のダンジョンであるフォース・ダンジョン『水氷回廊(すいひょうかいろう)』。
そこでしか手に入らないと言われる、不思議な草だ。
その効果はただひとつ。
反魂草を焚くと、その煙の中に会いたいと願う死者の魂が現れ、言葉を交わすことが出来るのだ。
突然の両親との別れ。
あのときは幼く、自分の想いを伝えきれなかった。
それだけが彼女の短い人生、唯一の後悔だった。
あれからウルは成長した。
伝えられなかった想いを言葉に出来るようになった。
大好きだったこと。
誰よりも愛していたこと。
もっとずっと一緒にいたかったこと。
そして、生んで育ててくれたことへの感謝。
その想いをちゃんと伝えたい。
ウルの進むべき道が定まった。
――冒険者になり、反魂草を手に入れ、両親に想いを伝える。
それだけが彼女の生きる指針となった。
その日からより一層、魔法にのめり込むようになった。
すべての時間を魔法に費やし、他の事には目もくれない。
ウルの頭の中には反魂草しか、フォース・ダンジョンしかなかった。
師匠は生き急ぐウルの気持ちが痛いほどに分かった。
彼女も若くして家族を失ったからだ。
だから、ウルの生き方を否定せず、むしろ、後押しした。
二人の間で会話は最低限。
内容も魔法に関するものだけ。
食事中も魔道書を読みながら。
師匠も人付き合いが得意ではなく、ウルにそれを教えることが出来なかったのだ。
そんな生活をしばらく続け、ウルは十二歳になる。
魔法学院に入学する歳だ。
「ウル、無理するんじゃないよ。あんたなら、きっと願いを叶えられる。だから、焦るんじゃないよ」
「うん。師匠……いままで、ありがとう」
他の人では気づかないであろう。
けれど、ウルの表情はほんの少し萎れていた。
表情の乏しいウルにしては、せいいっぱいの感情表現だ。
長年ウルを見続けた師匠だからこそ気づけたのだ。
「ほら、そんな顔をするんじゃないよ。せっかくの門出だよ、笑って行きなさい」
そして、師匠の言葉で、ウルの顔に陽(ひ)がさす。
雨上がり、雲の切れ間から覗く細い陽だ。
「うん。行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
師匠と別れ、馬車に乗る。
目指すは魔法学院のある大きな街だ。
各地の主要な街には魔法学院がある。
魔法の才があると認められた者は、そのいずれかに入学し、三年間、魔法漬けの生活を送るのだ。
そうして、十五歳になり、社会に出ていく。
ある者は魔法騎士団に。
ある者は魔道具工房に。
そして、ある者は冒険者に。
学院に入ってからも、ウルの生活は変わらなかった。
友人も作らず、魔法に没頭。
ウルの才能は同年代の中ではずば抜けていた。
それゆえ、仲良くなりたがる者も多かったが、ウルはそのすべてをシャットアウト。
魔法騎士団を始め、多くのスカウトの声がかかったが、それもすべてお断り。
卒業と同時にウルはアインスの街へ向かった。
若者であふれるこの街でウルは途方にくれた。
今まで対人関係を拒絶してきたウルは、どうやってパーティーを組んだらいいか、まったく分からなかったのだ。
魔法の能力は証明できる。
魔法学院主席を示す卒業証書があるからだ。
しかし、それを他人に伝える能力がなかった。
そんな折り、声をかけてくれたのがラーズだった。
口下手な自分にイラ立ちもせずに、時間をかけてつきあってくれて、誘ってくれた――。
「ウル、良かったら、一緒にパーティーを組まないか?」
「いいの?」
「もちろんだ。実のところ、魔法使いに会ったのはウルが初めてなんだけど、やっぱスゴいね。俺たちとは雰囲気が全然違う」
私を基準に魔法使いを考えるのは間違ってると思う……。
魔法学院に通い、自分が他とは違うことは十分に理解していた。
「言葉じゃ上手く言えないけど、ウルからはなにかを感じるんだ。だから、ウルと一緒に冒険したい。どうかな?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、他の仲間に紹介するよ。ついて来て」
「うん」
ラーズからは誠実さが感じられた。
古い魔道書の一ページ。
余白の隅に小さな文字で書き込まれた注釈。
時を超えて誰かに届けるためのメッセージ。
それと同じ誠実さだ。
私の目的のためには、いずれにしろ誰かとパーティーを組む必要がある。
出来るだけ才能がある冒険者と。
ラーズの素質はまだ分からない。
でも、彼なら信じてもいいかも。
気がついたら、私は頷いていた。
そうして四人の仲間と出会い、『無窮の翼』で冒険を続け――五年間。
ピンチの度に差し伸べられたラーズの手。
私をパーティーに誘ってくれたときと同じ誠実な手。
私はラーズに守られていた。
だから、死の恐怖を感じる必要がなく、ここまで来たのだ。
来てしまったのだ……。
いつの間にか、日常になり、当たり前になり、意識しなくなったラーズの誠実さ。
失った今になって、その貴重さを思い出す。
もっと会話するべきだった。
もっと思いを伝え合うべきだった。
彼がくれた当たり前に正しく感謝するべきだった。
もっと彼を理解しようと努力するべきだった。
なによりも――あの時、反対すべきだった。
たとえ、多数決の結果をひっくり返せないにしろ、それでも反論すべきだった。
そして、ラーズと一緒に『無窮の翼』を抜けるべきだった。
もう少し、他人に興味を持っていれば……。
誰が本物で、誰が偽物か。
自分の目で見て、耳で聞いて、頭で考えて、判断するべきだった。
クリストフがクズ野郎だってことは、自分が一番よく分かっていたはずなのに。
それでも、『無窮の翼』から外れるのが怖くて、選択を間違ってしまった。
ホント、私は魔法のことしか分かっていない。
いや、魔法のことすら分かっていなかった。
何度も言われていた師匠の言葉が思い出される。
――ウル。魔法は心だよ。いくら頭で複雑な魔法を理解しても、心が伴わなければ魔法は力を発揮しないんだよ。
頭で分かった気になっていたから、一度死の恐怖に直面しただけでヘナチョコ魔法しか打てなくなってしまったんだ……。
ああ、もう、全然ダメだ。私。
いいところなんか、ひとつもない。
こんな情けない姿、パパにもママにも見せられないよ……。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『勇者パーティー27:ウル編終幕2』
ウル再起動!
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