第74話 ファースト・ダンジョン制覇報告3

 ロッテさんは前触れもなく立ち上がると、マジック・バッグから水がたっぷり入ったバケツを取り出す。


 そして、支部長の頭に向かって――。


 ――ザバアアアア。



「「なッ!?!?!?」」


 突然のことに俺もシンシアも目を白黒させる。

 ロッテさんの意図がまったく理解できなかった。


 一方の支部長はというと――。


「うわ。へぷし。べっべっ」


 頭から水びたしになった支部長はようやく我を取り戻した。


「ろっ、ロッテ、いきなりなにをするっ!」

「『なにをする』じゃないですよ。まったく、いい年して……」

「支部長、大丈夫なんですか?」

「ええ、気にしなくていいです。すっごいくだらない理由ですから」

「なッ! くだらないとは何事じゃっ!」


 ぽかんとする俺とシンシアを放ったらかしで、二人の言い合いが続く。


「はあ。だから、そんなことしてるヒマがあったら仕事して下さい、って何度も言ったんです」

「ばっ、バカもん。これも支部長の大事な仕事じゃっ」

「私は一週間寝てないんですよッ!!! 誰かが無謀な辞令を出すせいでッ!!!!!」

「それとこれとは話が別じゃ。それに、ワシだって昨日は寝ておらんぞっ!」

「それは、支部長の趣味でやってる事ですよねええ!」

「ううぅ……。それは……」

「はあ、まったく人の気も知らないで――」

「あのう――」


 このままだといつまでも続きそうだったから、横から口を挟んだ。


「どういうことか、説明してもらえますか?」

「私も知りたいです。お二人はなにについて話してるんでしょうか?」


 俺とシンシアの問いかけに、ロッテさんと支部長が顔を見合わせる。


「ああ、失礼しました。寝てないせいで、イライラが爆発してしまいました。今からちゃんと支部長に説明させますので。ほら、支部長」

「あっ、ああ。すまんな。実は――」


 さっきまで孫くらい年下の部下と大人気なく言い合っていたのが嘘に思えるくらい、支部長はガラッと態度を変える。

 そのせいか、場の空気が一瞬にして引き締まる。

 俺もシンシアもつられて、支部長の言葉を聞き漏らすまいと、居住まいを正した。

 そして、支部長は真剣そのものの重苦しい口調で話し始めた。


 話し始めたのだが――。


 ――スパコーン。


 スリッパだ。

 どっかから取り出したスリッパだ。

 ロッテさんがスリッパで支部長の後頭部をクリーンヒットした。


 いい音が響き渡り、引き締まった空気が一気に弛緩した。


 なんだこれ?


「無駄にカッコつけてないで、シャキシャキ話すッ!」

「はっ、はい……」


 元【3つ星】冒険者。

 現冒険者ギルド・アインス支部長。

 泣く子も黙るケリー・ハンネマンが、一介の受付嬢にやり込まれている。


 こええ!

 ロッテさん、こええ!


 ロッテさんだけは怒らせてはならないと、俺とシンシアはこのとき学習した。


 そして、支部長はしょんぼりと肩を落としたまま、元気なく話し始めた。


「じつはのう――魔王復活の情報はこっちでも掴んでおったのじゃ」

「えっ、そうだったんですか?」

「ああ、先日お主から【精霊統】の話を聞いて、急いで調べさせたのじゃ。その結果、知り得たのが――魔王あるとき【精霊統】あり」

「ああ、なるほど」

「【精霊統】とは、唯一魔王を倒すことができるジョブ。近く復活するであろう魔王を倒すことがお主の使命。世界はお主の肩にかかっておる」

「確かに、火の精霊王様と聞いた話と一致しますね」

「ああ、それを今日お主に伝えるつもりだったんじゃ……」

「そうでしたか。でも、なんで、あんなに落ち込んでたんですか?」

「世界を救うべく旅立つ冒険者に使命を伝えるギルド支部長。ワシの支部長人生で、これほどの晴れ舞台は二度とない。今晩がワシの人生の最高潮…………そう思ってたんじゃ」

「えっと……?」


 どゆこと?


「そのために台本も作ったんじゃが……」

「それで徹夜したんですよね」

「練習もたくさんしたんじゃが……」

「私たちが入ってきても気づかないほどでしたもんね」

「衣装も新調したのじゃが……」

「びしょ濡れになっちゃいましたね」

「なんで、なんで、お主たちは知っておったんじゃああああ!!!!!!」


 支部長が爆発した。


 六つの白い目が支部長に向けられる。


 要するに――。


 俺たちが入ってきたときは練習に夢中で。

 そのとき、手に持っていたのは、機密書類じゃなくて、台本で。

 その台本づくりで徹夜したと。

 それなのに、俺たちが魔王の復活を知ってたから、すべて台無しになったと。


 くっだらねえええええええええええ!!!!!


 ロッテさんが言った通り、心の底からどうでもいい理由だった。


 カッコいいって思った俺の気持ちを返せ!


「だって、支部長の仕事って地味なんじゃもん……」

「支部長の仕事がないことが平和の証です」

「平和もいいが、ワシだって活躍したい!」

「現役時代に散々活躍したでしょ」

「でも、まだ若いモンには負けたくないんじゃ」

「支部長は十分に若いですよ」

「そっ、そうじゃろ?」

「ええ、精神年齢がウチの甥っ子(人間でいうと六歳)と同じくらいです。とっても若いですねえ」

「ばっ、バカにするなッ! ワシはそんな子どもじゃないっ!」

「そうやってムキになるところが子どもなんです。いい年なんだから、落ち着いて下さい」

「なんだと、ワシはまだそんな年じゃないぞっ。まだまだ活躍するんじゃッ!」

「それはさっきも聞きました。おじいちゃん、平和ボケしすぎて、頭までボケちゃったんですねえ」

「なっ、まだボケとらんわッ!」


 意外と息があってるな、この二人。

 ともかく、放っておいたら、いつまでも続きそうだ。


「それじゃあ、報告は以上で終わりということで、我々は帰ってもいいですか?」

「ええどうぞ。ボケ老人の道楽につき合わせて申し訳ありませんでした。私も引き継ぎがありますので、戻りますね」

「なッ! ちょッ! 待てッ!」

「なんですか、支部長?」

「このままワシひとりおいて帰るのは、さすがにヒドすぎるじゃろうて」

「じゃあ、手短に」


 コホンと支部長は咳払いひとつ。


「ラーズ、そして、シンシアよ。お主らの活躍、期待しておるぞ。それと、ロッテをよろしく頼む。口はちょっと、いや、かなりキツいかもしれんが、ワシから見れば可愛い孫みたいなもんじゃ、よくしてやってくれ」

「はい」「もちろんです!」

「支部長……」

「コイツは器量は良いのに、言動があれじゃから男が寄り付かんのじゃ。婿のひとりでも見繕ってやってくれ――アイタタタタ」


 ロッテさんが支部長の耳を引っ張る。


「支部長こそ、余計な一言をなくして下さい」

「まったく、遠慮がないのう。耳が真っ赤じゃぞ」

「では、私は二人を下まで送って、業務に戻ります。支部長もお元気で。それと、若い娘をからかっちゃダメですからね」

「ふぉふぉふぉ。ロッテはからかい甲斐があったからのう。新しい場所でも頑張るんじゃぞ」

「ええ、長らくお世話になりました」


 そんなこんなで、支部長との別れを済ませた。

 なんか、最後まで締まらなかったけど、堅苦しいよりはこっちの方が俺には合っているかもな。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 どうでもいい話で支部長退場!

 お疲れ様でした!


 次回――『勇者パーティー26:ウル編終幕』


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