第73話 ファースト・ダンジョン制覇報告2
ロッテさんに案内されたのは支部長の執務室だった。
「支部長、二人をお連れしました」
初めて入る執務室は想像していたより、質素な部屋だった。
高級な調度品にふかふかの赤絨毯――そういうのを想像していたのだが、実際はシンプルで実務的、必要最小限のものしか置かれていなかった。
調度品もこの前の部屋と変わらないような物が置かれている。
目立つものといえば、立派な一枚板の執務机だろうか。
支部長はその机に向かい、書類片手に真剣な顔でぶつぶつとつぶやいている。
よっぽど集中しているのか、ロッテさんの声が届いていないようだ。
周りが見えないほど集中している姿――カッコいいな。
デキる大人の男って感じで。
やはり、ギルドの支部長ともなれば、強いだけじゃなくて知性も必要なんだな。
俺もあんな大人になりたいな。
「支部長ッ!!!」
「なッ!?」
ロッテさんが大声で呼びかけ、支部長は驚いたように顔を上げた。
「二人をお連れしましたよッ」
「はっ、もう来たのか?」
支部長は慌てたように、手に持っていた書類を隠す。
ここからじゃあ中身は分からないが、機密書類なんだろう。
「マズかったですか? なんでしたら、出直しますけど」
もしかすると、急ぎの仕事なのかもしれない。
こっちは報告が終わればメシ食って寝るだけだから、後にしてもいいんだけど……。
「いや、問題ない」
「お忙しいところ、すみません」
「なあに、気にすることはない。君たちが今日のメインイベントだ」
「そうなんですか……」
気を使ってくれてるのかな?
悪いことをしたな。
支部長にうながされ、ソファーに向い合って座る。
「忘れんうちに済ませとこうか。ロッテ」
ロッテさんが金庫から小袋を取り出し、持ってくる。
「こちらが先日の支払いになります。隠し部屋の情報が70万ゴル。精霊石の売却額が250万ゴル。計320万ゴルになります」
「「320万!!!」」
ロッテさんはしれっと何事もないかのように言うが、俺とシンシアは驚きの声を上げた。
高額になることは予想していたが、ここまでなのか……。
二人で小袋を確認すると、たしかに1枚10万ゴルの白金貨が32枚入っている。
間違いないようだ。
情報料も破格だが、精霊石の値段が尋常じゃない。
【2つ星】冒険者の2年分の収入以上だ。
俺たちは今43個の精霊石を持っている。
これを全部売ったら1億ゴルだ。
シンシアと二人で分けても、一生遊んで暮らせる。
普通の冒険者だったら、これで引退して裕福な余生を過ごす道を選んでもおかしくない。
だが、もちろん、俺たちがその道を選ぶことはない。
シンシアと顔を見合わせて、頷き合う。
「先日の隠し部屋の件だが――」
支部長が話し始めたので、俺は重い小袋をマジック・バッグにしまい込む。
「残念ながら、他の者では壁を壊せなかった」
「やはり、そうでしたか」
「ああ」
「精霊術の使い手専用のようだな」
「みたいですね」
「まあ、しかたあるまい。それでも情報に価値があることは間違いない」
「その隠し部屋ですけど――」
「ん?」
「第24階層と第27階層で同じような隠し部屋を発見しました。そこでも精霊石を入手しました」
「ほう。場所を教えてもらえるかね」
「もちろんです――」
俺は2箇所の隠し部屋の場所を伝えた。
「ロッテ、100じゃ」
「はっ」
ロッテさんがまたまた金庫に向かい、10枚の白金貨を持ってくる。
「お納め下さい」
「ずいぶんと気前いいですね」
白金貨をしまいながら、支部長に語りかける。
「ふぉふぉふぉ。もちろん、貴重な情報だからというのも理由のひとつじゃ。だが、もうひとつ理由があるのじゃ」
「もうひとつですか?」
「ああ。そなたらには、特別頑張ってもらわんとならぬ理由があってな。そのための支度金という意味もある。つまらぬ金策に時間をかけて欲しくないのじゃよ」
「特別……ですか?」
「ああ。その話は最後にとっておこう。それよりもまずはそなたらの話を聞かせてくれんかね? また、とんでもない話を聞かせてくれるんじゃろ?」
支部長はニヤリと口角を上げた。
「わかりました。まずはこれを見て下さい」
冒険者タグを支部長とロッテさんに見せつける。
「なッ!?」
「なっ、なんですかっ、これはっ!?!?!?」
冒険者タグに刻まれた赤い星――。
よほどのことでは動じなかった支部長ですら、目を見開いて固まっている。
ロッテさんに至っては、驚きすぎて飛び上がっていた。
「どういうことじゃ?」
「それはですね――」
俺は今日の出来事を二人に語っていった。
――火の精霊王様のこと。
――火の試練のこと。
――レベルアップのこと。
――火の精霊を授かったこと。
――火の眷属化のこと。
――サラのこと。
――精霊族と魔族のこと。
――五大ダンジョンのこと。
――精霊王の加護のこと。
――アヴァドンのこと。
そして――。
――魔王復活のこと。
包みなく話したが、ふんどしの事は黙っておいた。
長い時間話し込んだ。
時折、確認のために質問が入る以外は、二人とも真剣な様子で聞き入っていたのだが……。
支部長はガックリと肩を落とし、うなだれている。
「支部長ッ。ハンネマン支部長ッ!」
「あ、ああ……」
ロッテさんが呼びかけても、生返事を返すばかりだ。
いったい、どうしたのだろうか?
「支部長、大丈夫ですか?」
「支部長?」
「あ、ああ……」
俺とシンシアが呼びかけても、うめくばかり。
支部長ほどの男がこんな態度を見せるとは。
俺の話の中に、よっぽどのことが含まれていたんだろうか?
「支部長ッ!!」
ロッテさんは前触れもなく立ち上がると、マジック・バッグから水がたっぷり入ったバケツを取り出す。
そして、支部長の頭に向かって――。
――ザバアアアア。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
320万ゴル。
どっかで見た数字だね!
次回――『ファースト・ダンジョン制覇報告3』
支部長になにが??
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