第72話 ファースト・ダンジョン制覇報告
火の精霊王様と別れ、俺とシンシアはファースト・ダンジョンから転移して街に帰還した。
ダンジョンを離れる際にサラが少し名残り惜しそうにしたが、魔力を与えたら満足して俺の中に入っていった。
そう。
サラの居場所は。
俺の中なのだ。
ダンジョン内でしか存在できないと聞いていたから、俺たちが外に出ているときにはどうしているのか、と疑問だったが、こういう事だった。
次にサラと会えるのは、セカンド・ダンジョン。
しばらくはお別れになるが、すぐに会える。
明日の朝には、セカンド・ダンジョンがあるツヴィーの街へ向けて出発だ。
だが、その前にやることが残っている。
冒険者ギルドへの報告だ。
今回も、いろいろと問題ありそうな情報がてんこ盛りだ。
ロッテさんは全然寝てないみたいだけど、魔王復活とか衝撃的な話を伝えても大丈夫だろうか?
そんな事を心配しながら、冒険者ギルドを訪れる。
「ロッテさん、大丈夫かしら?」
「ああ、一週間徹夜とか言ってたからなあ」
シンシアも同じ心配をしていたようだ。
ギルドには職員専用の寝なくても平気なポーションがあるらしいけど、この前会ったときにはすでにフラフラだった。
あれから三日たったけど、ロッテさんは無事だろうか?
「ロッテさんをお願いします」
「あっ、はい。少々お待ちを」
空いている窓口に向かい、専属担当官任命証を見せて取り次いでもらう。
「お二人さん……こんばんわ……です」
しばらく待ってやって来たのは、いまにも死にそうな顔したロッテさんだった。
大丈夫か?
喰人鬼(グール)よりも顔色悪いぞ?
死にかけなロッテさんが死にかけた声で話してくる。
シンシアもドン引きだ。
「その顔を……見ますと…………今日は……」
「ええ、予定通り、ファースト・ダンジョン制覇して来ました。それと――」
報告を続けようとしたら、ロッテさんの首がガクンと下を向き、カウンターに力なくもたれかかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ご心配なく…………。なんの問題もありません。ということは明日には――」
問題しかなさそうな声でロッテさんが返事をする。
心配になったが、いち早く報告を終わらせて、彼女を休ませてあげようと思い、先を急ぐことにした。
「ええ。明朝にはツヴィー行きの高速馬車に乗ります」
「そう…………ですかっ――」
話の途中でロッテさんがその場に崩れ落ちた。
「だっ、大丈夫ですか?」
俺とシンシア、二人とも慌てて手を伸ばすが、カウンターに阻まれ届かない。
どうするべきかと逡巡(しゅんじゅん)していると――。
――喰人鬼が二体に増えた。
いや、違う。
喰人鬼じゃない。
確かに喰人鬼みたいな土色の色で生気も感じられないけど人間だ。
それに、ギルドの制服を着ている。
「せんぱーい、だいじょーぶですかー」
抑揚皆無。無表情。目が死んでいる。
パッと見で喰人鬼と間違っても仕方がないほどだが、彼女もギルド受付嬢の一人。
ロッテさんの後輩で、確か名前はミルフィーユさん。
ロッテさんの後を継ぐとかで、この一週間引き継ぎ作業で二人とも寝る間もないとは聞いていたが……。
ここまで酷いとは思っていなかった。
やっぱり、冒険者よりも過酷な職業というのは本当のようだ……。
「ぐすっ……大丈夫…………じゃ……ないですぅ」
ロッテさんはミルフィーユさんに抱き起こされると、いきなり泣き出した。
涙腺大決壊と言うに相応しい大号泣だ。
人間がこんなに大量に水分を放出する能力がある事を初めて知った。
そんなロッテさんの姿を見て、俺はオロオロしてするばかりだったが、シンシアはさっとハンカチを差し出す。
「ずっ、ずみ゛ばぜん゛っ」
ロッテさんはハンカチを受け取ったが、そのハンカチもすぐに役立たずになってしまったので、今度は俺が大きなバスタオルを渡すハメになった。
――十分後。
ようやく、ロッテさんが泣き止んだ。
「はい、せんぱーい、これ、のんでーくださーい」
ミルフィーユさんが差し出した瓶入りポーションをロッテさんが飲み干す。
そして、ミルフィーユさんも同じように瓶を空にする。
見る見るうちに二人の顔色が良くなっていく。
喰人鬼からゴブリンくらいには良くなったな。
これが噂のギルド特製ポーションか。
これだけの効果だと、副作用が気になるところだが、大丈夫なんだろうか?
ともあれ、ロッテさんも落ち着いたようだ。
少なくとも、会話ができるくらいには……。
「いったい、どうしたんですか?」
「いえ、かすかな希望が潰えて、ガッカリしてただけです」
「と言うと?」
「もしラーズさんたちが今日中にクリアできなかったら、ツヴィーへの出発が遅れますよね?」
「ええ、そうなりますね」
「そうしたら、今夜はベッドちゃんで寝れたんですよ……。久しぶりに、ベッドちゃんに会えると、淡い期待を抱いていたんですよ……。最近会ってないから、忘れちゃったんですけど、ベッドちゃんってどんな形してましたっけ?」
「……ああ、なんか、すみません」
「いえ、ラーズさんたちは悪くないですよ。悪いのはムチャな辞令を出したクソジジ――支部長ですから。ああああ、死ねよマジでっ!!!!」
ロッテさんから殺意が漏れ出している。
あの温厚なロッテさんをここまで変えてしまうとは。
睡眠不足のせいなのか、ポーションの副作用のせいなのか。
いずれにせよ、睡眠がいかに大事か、よく分かった。
俺たちも「2の1」で、ちゃんと休みを取りながら、焦らずやっていこうと決心する。
ただ、ロッテさんがこうなっているのは、間違いなく俺たちが原因だ。
俺たちという観察が必要な存在が現れたために、ロッテさんが専属担当になった。
その穴を埋めるために、ミルフィーユさんが昇格してその後釜に。
そのために引き継ぎが必要なのだが、俺たちが一週間で次の街に行くまでに終わらせなければならない。
それで、この一週間二人はほとんど眠れてないのだ。
ロッテさんは悪くないと言ってくれるが、やはり引け目を感じる。
それはシンシアも同じようだ。
「ねえ、ラーズ」
「ああ」
「明日一日、お休みにしない? ツヴィーに向かうのは明後日にしよ?」
「ああ、そうだな。ロッテさん」
「いえ、それには及びません」
落ち着いた、いつものロッテさんに戻っていた。
ギルドポーションすげえな!
「大変お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。もう大丈夫ですので、お気遣いなく」
「本当に大丈夫ですか? 無理してませんか?」
「平気です。これがあれば、我々はいつまでも戦うことが出来ますから」
ロッテさんは空瓶を掲げる。
うん、怖いから、絶対に飲まないようにしとこう……。
ギルドポーションの効果はすさまじいらしく、ロッテさんだけでなくミルフィーユさんの顔色もだいぶ回復したようだ。
「はーい、ミルちゃんも復活しましたー」
元気よく拳を高らかと上げるミルフィーユさん。
子どもが精一杯背伸びしてるみたいで微笑ましい。
ミルフィーユさんは見た目から判断すると12歳くらいだ。
ギルド職員は15歳以上という規定があったはずだが、実際の年齢はいくつなんだろうか?
「これで今夜はお仕事モリモリ頑張って、明日こそは彼氏とラブラブするんです〜〜〜」
「「彼氏?」」
シンシアと声が重なる。
どうみても子ども――もとい、幼いミルフィーユさんでも彼氏がいるのか……。
それに比べて俺たちは――と顔を見合わせる。
「はい、とっても優しい彼氏なんですよ。実は、3日前が彼氏の誕生日だったんですよ。でも、引き継ぎのせいで会えなくて……。それでも、笑って許してくれたんです。『無理しないでね』って優しく頭を撫でてくれたんです〜」
「いい彼氏さんだね」
「ええ、素敵だわ」
「えへへ〜、自慢の彼氏さんなんです〜」
「ほら、ミルちゃん、彼氏のためにも仕事頑張るわよ。明日から私はいないんだからね。今夜中に全部覚えちゃうわよ」
「うへ〜〜〜。でも、頑張るです〜」
「うん、がんばっ!」
「はいです〜」
「じゃあ、私は支部長のところ行ってくるから、ちゃんと復習しておくのよ〜」
「はいですっ!」
「ミルちゃん。支部長から特別手当ぶん取ってくるからね。それで、彼氏と美味しいものでも食べなさい」
「せんぱーい、だいすきです〜」
二人はぎゅっとハグし合う。
そして、ロッテさんは俺たちに向かって告げる。
「じゃあ、行きましょうか」
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
徹夜決定!
もう一晩、ガンバ!
労働時間はブラックだけど、その分報酬はホワイトだよ。
次回――『ファースト・ダンジョン制覇報告2』
支部長登場!
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