第70話 勇者パーティー24:クリストフ編終幕3

「あッ、クリストフさんッ、そこッ!」

「ん? どうし――」


 クウカの呼びかけに、クリストフは油断丸出しで振り向き――。


 一歩踏み出したクリストフ。

 その足が床を踏むと同時、カチリと罠の発動する音。

 魔力でできた刃物が、クリストフの両脛をとらえ――両断する。


 脛から下を失ったクリストフは、そのままうつ伏せに倒れ絶叫する。


「ギャアアアアアアア!!!!!!」


 あまりの痛みにクリストフは叫び、のたうち回る。


「あしぃぃぃぃぃ!!!! オレのあしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「だっ、大丈夫ですか?」


 クリストフは両足を失い、半狂乱になる。

 そんなクリストフに、クウカが駆け寄る。

 心配そうに声をかけるが、その顔には壮絶な笑顔が浮かんでいた。

 だが、痛みでそれどころではないクリストフは気づく余裕もない。


「今、魔法でします。でも、その前に、痛み止めをッ」

「あああああああ……イタイイタイイタイタイイタイイタイ」


 修羅場をくぐって来た【2つ星】であれば、これくらいの痛みは何度も経験しており、取り乱したりはしないだろう。

 しかし、痛みに耐性のないクリストフは、顔を歪めて喚(わめ)くばかり。

 クウカの声も届いているかどうか。


 クウカは倒れたクリストフの頭部を膝に乗せ、緑の粉末薬を溶かしこんだポーションを無理矢理飲ませる。


「うううぅ……」


 薬が効いてくると、クリストフはだんだんと落ち着いてくる。

 痛みに顔をしかめてはいるが、漏れる声は小さくなっていく。


 もう良い頃合いかと、クウカは立ち上がった。

 クリストフの様子を満足そうに見下ろし、偽りの仮面を脱ぎ捨てる。


「ははははははっ。やった、やったわ。長かった。ほんっとに長かったわ。私がどれだけ我慢したことか。ああ、ついにこの日がやってきたんだわ」


 天を仰ぎ陶然と自分に酔いしれるクウカだが、すぐに自分を戒める。


「いけないいけない。まだ、やらなきゃいけなないことが残っているわ。ちゃんとクリストフをしてあげないと。正しい姿にしてあげないと」


 クウカはクリストフの傷口を覗き込む。

 鋭利な刃物で切断され、切り口はきれいな平面だ。


「それじゃあ、治療しちゃいますよ〜〜〜」


 鼻歌を歌いながら、クウカは【聖女】を悪用する。


 両手を伸ばし切断面を魔力で包み込む。

 【聖女】にはふさわしくない、黒く禍々しい魔力だ。

 クウカが呪文を唱え、魔力を注ぎこむと、黒い魔力が燃え上がる。


「ぐわああああああああああああああああああああああ」


 切断されたとき以上の痛みがクリストフを襲う。

 肉の焦げる匂いとともに、クリストフの絶叫が響き渡る。


「よしっ。これでオッケー。これでもう元には戻れないわよ〜」


 クウカが用いたのは【禁呪】と呼ばれる魔法のひとつだ。

 通常、回復魔法はどんな怪我でも治すことができる。

 しかし、この【禁呪】でつけられた怪我は回復魔法でも治すことができない。

 クリストフはもう二度と、自分の足で地面を踏むことができない身体になってしまったのだ。


「あはははは。よく我慢したわね〜、クリストフぅ。じゃあ、治療してあげるからね」


 クウカはクリストフの頭を優しく撫でる。

 母が幼子にするように。

 クリストフはそれを、なすがままに受け入れる。

 激痛と飲まされた薬のせいで、意識は朦朧とし、救いを求める本能によって、クウカに縋るのみ。


「――【大回復(ハイ・ヒール)】」


 クウカが唱えると、クリストフの足を光が包み込む。

 その光が収まるとクリストフの切断面を覆っていた禍々しい黒いもやが消え去る。

 肉はくっつき、出血は止まり、傷は塞がった。

 怪我は完治した。


 ――脛より下が失われたことを除いては。


「さあて、クリストフは一人では歩けない身体。これで私を頼るしかないの。足を失ったあなたの隣にいてくれるのは私だけ」


 クリストフが脛から下を失うことになったこの罠だが、ここサード・ダンジョンにおいては取り立てて凶悪な罠ではない。


 まず第一に、普通の冒険者であれば、通路の真ん中にある罠になぞ引っかからない。

 ダンジョン内ではどんな場合も警戒を怠ってはならない。

 通路を進むときも、明かりを確保し、罠とモンスターの接近に警戒しながら、慎重に進んでいく。

 それが鉄則で、今回の二人の行動はありえない――誰かを罠に嵌めるつもりでもなければ。


 そして、第二に、クリストフの足を両断した魔力の刃だが、サード・ダンジョンの冒険者が装備するような防具であれば、大したダメージを負うことはない。

 多少の打撲くらいはあるかもしれないが、そんなのは冒険者にとって怪我のうちに入らない。

 クリストフだって、もし防具を外していなかったら、「いてて」と笑い話ですんだはずだ。

 普通だったらありえない事故だ――誰かが故意に装備を外させたりしない限りは。


 最後に、例え足が切断されたとしても、サード・ダンジョンに挑むパーティーのヒーラーであれば、回復魔法で簡単に治すことができる。

 そもそも、サード・ダンジョンというのは、四肢がもげる事など日常茶飯事だ。

 それを治せないようでは、日々の攻略もままならない。

 だから、足が切り落とされたところで、なんの問題もないのだ――誰かが悪意を持っていないのであれば。


 本来なら、大したことのない罠なのだ。

 これより凶悪、引っかかったらパーティー壊滅の危機といった罠がいくらでも待ち構えている。

 それが、サード・ダンジョンという場所なのだ。


 だが、その罠にクリストフは嵌った。

 悪意を持った誰かによって。

 そして、冒険者生命を絶たれたのだ。

 クリストフの冒険は今日、ここで終わりを迎えた――。


 今は意識が朦朧として、状況が理解できていない。

 次に目覚めたとき、彼はどんな思いをするのだろうか。


「でも、まだ安心できないよね〜」


 それでも満足していないクウカだった。


「だから、もうちょっと我慢してね。少し痛いかもしれないけど」


 あははははは。


 高らかに笑いながら、クウカはクリストフに近づいていく。


 うつ伏せに横たわるクリストフ。

 クウカが飲ませた薬が効いているようで、意識は朦朧としている。

 気を失ってはいないが、焦点は定まらず、うわ言のように「ううううぅ」とうめいている。


 そんなクリストフにクウカは軽々とした足取りで近づき、隣にしゃがみ込むと――。


「えいっ!」


 背中の中心にナイフを振り下ろす。


「うぎゃああ」


 ナイフはズブズブと肉にめり込んでいき――。


「ここら辺かな? あっ、これだ」


 なにか手応えを感じたようで、ナイフでグリグリとかき回す。


「いっ、いっ、いっ――」


 クウカがナイフを動かす度、クリストフが痛みで声を上げる。


「よしっ、これでしばらく放置っと〜〜〜」


 何度かナイフを動かした後、クウカはナイフを乱暴に引き抜いた。


「う゛う゛っ」


 か細いうめき声が漏れるが、クウカは気にとめる様子もない。


「あっ、忘れてたっ! 死んじゃわないようにしないと――【中回復(ミドル・ヒール)】」


 ここで死なれたら、元も子もない。

 目的の器官以外の臓器を治すように、回復魔法を発動させる。

 乱暴にナイフをねじ込んだおかげで、肺や心臓などが傷ついていたが、回復魔法でそれらの傷は塞がれた。

 血を流し続けているのは目的の器官のみ。


「歩けないようにはしたけど〜。「まだやれるっ!」とか言って死なれても困るからね〜。もっと絶望してもらわないとね〜」


 あはははははは。


「さ〜て、何分くらいかな〜〜? こればかりは実験したことないからな〜」


 クウカはマジック・バッグから一枚の紙切れを取り出す。

 魔道具のひとつで『鑑定紙』と呼ばれるものだ。

 『鑑定紙』をクリストフの冒険者タグに重ねる。


「レベル211っと〜。じゃあ、しばらくお話しよっか〜」


 ドンッ――とクリストフの脇腹を強く蹴り上げ、クリストフの身体を仰向けになるようひっくり返す。


「お〜い、生きてる〜?」


 バシバシとクリストフの頬を全力で平手打ちする。


「うぅ……」


 だが、クリストフは目を閉じたまま、弱い声を漏らすのみ。


「あ〜、薬が効きすぎたか……。じゃあ、ちょっと起きようかっ! 魔力を弱めにっと――【覚醒(アウェイクン)】」


 クリストフのまぶたが弱々しく開いた。

 意識はあるが、朦朧として考えることもできない。

 絶妙な、望み通りの状態であった。


「おーい」

「あぁ……あ……」


 耳元で呼びかけると、かすれた声が返ってくる。


「これから〜、クリストフには〜学習してもらいます〜」

「……ぁ…………」

「なにを学習するかというと〜」


 楽しげな笑顔が一変――表情が一切合切抜け落ちた。


「――恐怖」


 その一言を告げると、また、笑顔を取り戻し、コロコロと笑い始めた。


「クリストフには〜、恐怖を覚えてもらいま〜す。魂の奥底に〜、絶対に私に逆らっちゃいけないっていう恐怖を覚えてもらいま〜す」

「……ぃ…………ぅ……」

「あははは。なに言ってるか、ぜ〜んぜんわっかんないよ〜〜〜」

「……………………ぉぅ…………」

「恐怖って、なにかわかる?」

「……ぃ……ぁ……ぁ……ぁ」

「ちゃんと、答えなよ」


 クリストフの頭をガンと強く蹴りつける。


「恐怖とは――奪われること」

「………………ぅぁ……」

「大切なものを奪われることが、なによりも怖いこと」

「……ぇ………………ぇ」

「だから、これからクリストフの一番大切なものを奪っちゃうんだ」

「……………………ぃ」

「怖い? 怖いよね〜」

「……………………ぁ」

「でも、大丈夫だよ〜。これから経験することは、後でぜ〜んぶ忘れさせてあげるからね〜」

「ぁ…………ぁ…………」

「覚えているのは〜、恐怖だけ〜。それだけを〜刷り込むんだよ〜」

「…………ぃぉ」

「じゃあ、始めるね〜。ちゃんと覚えるんだよ〜」


 クウカは立ち上がり、クリストフを見下ろす。

 クリストフは縋るような目でクウカを見るが、またもやクウカからは表情が消え去っていた。

 抑揚のない、生気が感じられない声で、クウカは語り始めた――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 「直す」と「治す」。

 漢字って難しいね!


 次回――『勇者パーティー25:クリストフ編終幕4』


 両足切断してまだ満足してないとか。

 次はなにする気なんでしょう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る