第69話 勇者パーティー23:クリストフ編終幕2
クリストフはクウカを連れ、意気揚々とダンジョンへ潜る。
転移先は第2階層。
あまり人の訪れない不人気エリアだ。
現に、今も周囲には誰もいない。
クウカに都合が良いように、誰もいない。
「それで、どこに向かうんだ?」
「クリストフさんが言ってた『スランプ』って言葉を聞いて、良いアイディアが浮かんだんですよ」
「ほう。さすがクウカだ。詳しく聞かせてくれ」
「はいっ。調子を取り戻すのに一番良いのは無双だと思うんです」
「無双かっ。悪くないな」
クリストフは無双とか、最強とか、そういう言葉に弱い。
クウカの予想通りに食いついてきた。
「ええ、これから向かうのはモンスターハウスですが、クリストフさんからすれば、はっきり言ってザコです。一撃で倒せるようなモンスターばかりです」
「なるほど、一撃。それで無双というわけか。気持ちよさそうだ。いいアイディアだ」
「はいっ。でも、ただ普通にやるだけじゃ面白くないと思うんです」
「ふむ。なにか考えがあるんだな。言ってみろ」
「そのままやっても緊張感がありません。勝って当然の相手なのですから」
「まあ、そうだな」
「そこで、私は考えました。緊張感を保ちながら無双する方法を。そして、思いついたんです」
目をキラキラとして語るクウカ。
真意を隠し、クリストフが望む言葉を紡いでいく。
「防具を外すんですっ!」
「防具を?」
「はいっ。一撃で敵を葬るだけでなく、一発も攻撃を受けない。これこそ、勇者に相応しい戦い方だと思いますっ」
「確かにそうだな。だが、危険ではないか? もし、攻撃を食らったら……」
さすがのクリストフも少し慎重になるが、クウカが畳み掛ける。
「クリストフさんなら、大丈夫です。2層のモンスターくらいに遅れを取ることはあり得ませんよ。今日は足を引っ張る味方もいないことですし。いつもと違って本気を出せるじゃないですか」
「そうだな」
クリストフの気持ちが傾く。
「足を引っ張る味方がいない」という言葉は、クリストフには覿面(てきめん)だった。
自分が実力を発揮できないのは、足を引っ張る味方のせい。
ここのところ結果が出てないのも、全部そいつらのせい、俺は悪くないんだ。
そのような言い訳を受け入れることで、クリストフの自尊心は守られる。
クウカの見事な誘導であった。
そして、最後の追い打ちが――。
「それにどんな傷を負っても、私の回復魔法があります。クリストフさんがどんな怪我を負っても、必ず私が治療します。だから、絶対に危険なことは起こらないです」
顎に手を当て、クリストフは考えこむ。
自分が華麗にモンスターをなぎ倒していく姿を想像しているのだろう。
「うん。それで行こう。クウカ、えらいえらい」
クリストフに頭を撫でられ、クウカが気持ちよさそうに応える。
かくして、クリストフはクウカの策略にずっぽりとはまってしまった。
その危険性にまったく気づかないうちに。
「あの短時間でそこまで考えたのか。うん、クウカは最高だ」
「いえ、クリストフさんのお役に立ちたい一心です」
「ははっ。いい心がけだ。やはり、俺を理解してくれるのはクウカだけだな。これからも隣りにいてくれよ」
はははっ。と笑うクリストフ。
「はいっ。ずっと一緒です」
死ぬまでずっと――クウカは心の中でささやく。
「じゃあ、行こうか」
「あっ、でも、モンスターハウスについてから防具を外したりしてると、もたもたしちゃいます。今のうちに外しておきませんか? この先は大したモンスターも出ませんから、安全ですし」
「まあ、そうだな。雑魚モンスターの一匹二匹出てきたところで、どうということはないしな」
クリストフは軽く双剣を振って自信を示す。
「よし、――【着脱】」
身につけていたミスリルの鎧兜が一瞬にしてマジック・バッグに収納される。
装備は魔法によって一瞬で着脱できる。
モンスターハウスに着いてからでも、もたつくことはない。
なぜ、わざわざここで装備を外すようにクウカが勧めてきたのか。
だが、クリストフの軽率さは、そこまで考えを巡らせなかった。
もう少し慎重であれば、また違った結末になったかもしれないのに――。
「じゃあ、行こうか」
「はいっ」
「万が一があったら困る、クウカは後ろをついて来てくれ」
「クリストフさんはやっぱり優しいですね」
「ああ、俺は勇者だからな」
「ふふっ、カッコいいです」
クリストフはクウカの笑顔にやられ、今すぐにでもクウカの身体を貪りたい衝動が湧き起こる。
それを必死で押し殺し、何事もない顔を作り上げる。
「それで、どっちに行ったらいいんだ?」
「ええ、こっちです」
クウカが道を指し示し、二人は縦列で歩き始める。
先頭を行くクリストフ。
その2メートルほど後ろをついて行くクウカ。
巨石で組まれた通路を一応警戒しながら、進んで行く。
「この通路少し暗いな?」
「そうですね。どうしましょうか? モンハウ内は明るいはずですが」
「モンハウは近いんだよな?」
「はいっ、5分もかからないはずです」
「んー、じゃあ、メンド臭いからいいだろ。どうせザコしかでないんだろ? いらんいらん」
前は見渡せるが、足元は少し暗い程度。
『無窮の翼』が揃っているときであれば、ウルの魔法で明かりを確保するところだが、今は彼女はいない。
代わりとなる魔道具ならあるのだが、クリストフは面倒臭がって、それも使用しなかった。
ラーズがいれば、「油断するな」とたしなめるところだろうが、ラーズもここにはいない。
二人は薄暗い通路を歩いて行く。
クリストフはすっかり、油断しきっている。
その背中を見つめるクウカは――。
先ほどクウカが言った言葉。
――この先は大したモンスターも出ませんから、安全ですし。
この言葉だが、前半は真実だ。
モンスターハウスに向かうこの通路、滅多なことではモンスターが現れない。
そして、この先のモンスターハウスだが、経験値もドロップ品もしょぼい、いわゆる、ハズレモンスターハウスだ。
だから、この区画に冒険者が現れることもまずありえない。
だからこそ、クウカはこの場所を選んだのだ。
そして、先ほどの言葉の後半部分。
これは嘘だ。
この通路は安全ではない。
それを知っているのはクウカのみ。
安全ではない通路をクリストフが歩いて行く。
警戒せず、油断しきった足取りで。
一歩、一歩、近づいていく。
「あッ、クリストフさんッ、そこッ!」
「ん? どうし――」
クウカの呼びかけに、クリストフは油断丸出しで振り向き――。
【後書き】
こんなんでもパーティーリーダー(歴半年)。
次回――『勇者パーティー24:クリストフ編終幕3』
さわやかラブコメ終了。
やってきました、クウカのターン!
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