第66話 火の精霊王の語り2
「五大ダンジョンはお主のための修練場なのだ」
「なるほど。ようやく話が繋がりました」
「ああ、聡明なお主ならもう分かったであろう」
「ええ。復活しそうな魔王を倒すため、五大ダンジョンで力をつけ、他の精霊王様からも力を授かりながら、五大ダンジョンを真の意味で制覇しなければならないのですね」
「ああ、そういうことだ。そして、その先にある真の目的は――」
「「魔王を倒すこと」」
火の精霊王様と俺の言葉が重なる。
「そのために、強力な力を授けてくださったのですね」
「ああ、本当はもっと上げたいのだが、今の私にはそれが限界だ。火の力、後は自分で育て上げてくれ」
「いえ、これでも十分です」
「そうか……」
火の精霊王様が俺をじっと見つめる。
「お主には過酷な定めを背負わせてしまった」
「いえ、覚悟はできています」
「ほう」
「俺は精霊術使いです。ですが、その前に俺は冒険者です。ダンジョンがあればそこに飛び込み、モンスターがいればそれを倒す。それが魔王であっても、俺が冒険者としてやることに変わりはありません」
「…………」
「俺が冒険者を辞めるとき、それは俺が死ぬときです。死ぬその瞬間まで俺は前に歩き続け、死ぬときは前のめりで。冒険者になった十五のときから、そう決めてます」
「カッハッハ――」
火の精霊王様が俺の目を覗き込む。
「いい目じゃ。あの者と同じ、いい目をしておる。お主なら成し遂げてくれそうだ」
「ありがとうございます」
火の精霊王様はウンウンと頷いている。
「そういえば、お尋ねしたいことがあるのですが……」
「構わないぞ。申してみい」
「以前、精霊に関する本を見つけまして、そこに『歴史上唯一五大ダンジョンを制覇した者がいる』という記述を見つけたのですが――」
「ああ、それは千年前に魔王を封印した者のことだ。名をアヴァドンと言う」
「やはり、そうでしたか」
想像していたとおりだ。
問題はその先――。
「その本には、そのアヴァドンという人はソロクリアしたと書いてあったのですが、本当ですか?」
「ああ。その通りだ。とはいえ、最初から最後までアヴァドンひとりで成し遂げたわけではない」
「と申しますと?」
「最初はアヴァドンも四人の仲間たちと一緒にダンジョン攻略を始めたのだ。精霊の試練を乗り越えながらな。だが、だんだんとアヴァドンと他の仲間たちの強さに差が開き始めたのだ」
「精霊の試練で得られる力が強すぎるからですか?」
「ああ、そうだ。精霊の試練を超え、力を得ていったアヴァドン。四つ目の試練を終えた頃には、あまりにも差が開きすぎた。仲間たちはついて来れず、ラストダンジョンはアヴァドンひとりで挑むことになったのだ」
「なるほど。そうでしたか…………」
ショックを受けた。
『精霊との対話』でソロクリアの話を見つけたときは、精霊術は極めればそこまで強くなれるのか、と単純に考えていた。
しかし、今、火の精霊王の言葉を聞き、その本当の意味、その重大さに気づいた。
シンシアを見る。
彼女も俺と同じことに気づいたようで、心配そうな、悲しそうな顔をしている。
「なにやら、深刻そうな顔をしておるが、その心配は無用だぞ」
「えっ?」
「我々、精霊王たちはアヴァドンの件で考えをあらためたのだ。精霊術の使い手を強くすれば精霊との親和性は強くなる。だが、その分、周りの人間からは離れていくことになる。アヴァドンは精霊たちに懐かれ、愛された。だが、それでもやはり、少し寂しそうだった。人は人。人の中で生きることも必要かもしれん」
過去の英雄の孤独と未来の自分の思いが重なる。
「ただ、勘違いはしないで欲しい。アヴァドンは間違いなく幸せだった。幸せな一生を送った。それだけは間違いない」
火の精霊王様の目は、相変わらず遠くを見ている。
優しさをいっぱいに溜め込んだ瞳で。
「まあ、というわけで、考えをあらためた我々は、精霊術の使い手に力を授けるだけでなく、使い手に近しい者も仲間とみなすことにしたのだ。使い手の仲間であれば、その者も我ら精霊族の仲間。そう扱うようになったのだ」
「それでシンシアもこの世界に来れるようになったんですね」
火の試練を終え、火の精霊王様と再開したとき――。
――お主に近しい者であれば、念ずるだけでこの世界に喚ぶことが出来る
そう言われたことを思い出す。
「ああ、そうだ。だが、それだけではない――」
「と申しますと?」
「使い手と近しい者に我々の精霊王の加護を授けることにしたのだ」
「!? 加護ですか?」
精霊王の加護!!!
聞いたことがない言葉だが、とんでもなく凄そうだ。
それをシンシアに授けてもらえるのか。
横を見ると、シンシアは俺よりも驚き、感激している。
シンシアが強くなることは俺も嬉しい。
今は俺が彼女を引っ張っているかたちだが、出来ることなら、彼女とは肩を並べて戦いたい。
彼女が強くなることは、自分が強くなることと同じくらい、いや、それ以上に嬉しいことだ。
「我々の加護を授かった者は、強力なジョブを得ることが出来る。使い手と並んで戦える強力なジョブを」
!!!!!!!!!!
世界がひっくり返った思いだ。
「もしかして……」
「身に覚えがあるだろう? ちょっと前までお主と一緒にパーティーを組んでいた者たちがおったろう」
「えっ、ええ……」
「彼らも強力なジョブを得たはずだったが?」
「……………………」
衝撃的すぎて、言葉が出ない……。
俺も、奴らも、そして、みんなも、まったくもってとんでもない思い違いをしていたのだ。
俺は役に立たない不遇職。
対して、彼ら四人は強力なユニークジョブ。
彼らを羨ましく思った。何度も何度も。
彼らが世界に愛され、俺は嫌われている。
そう思い、挫けそうになったことも一回や二回じゃない。
だけど、反対だったんだ。
俺は精霊に愛されていた。
そんな俺を助けるために、そのために、彼らは強いジョブを与えられたのだ。
なんてことだ…………。
倒れそうになる俺の手を、シンシアがギュッと握りしめてくれる。
大丈夫だよ。
今、あなたの隣りにいるのは、私だよ。
シンシアの思いが手から伝わってくる。
「ありがとう」
目を見て、シンシアに伝える。
「そういえば、あの者たちはどうしておるのだ?」
「…………。ゆえあって、彼らとは別れました」
「なにぃ!?!?」
火の精霊王様が目を見開き、大声を上げた。
そして、寂しいそうな目をする。
「あの者たちには強力なジョブを授けたはずだが。やはり、それでも足りなかったか。やはり、使い手について来れる人間はいないものなのか……」
「いえ、そうではないのです――」
俺は『無窮の翼』から追放された経緯(いきさつ)を説明する――。
「なんと……。人とは分からんものだ……」
火の精霊王様は深い溜め息を吐き出した。
「使い手のためにと授けた加護が、まさか、お主にそのような茨の道を歩ませることになるとはのう……」
「でも、ご安心ください」
「ん?」
「おかげで、本当の仲間と言える人に出会えましたから」
繋いだままの手を高く上げてみせる。
「そうかそうか。カッハッハ――」
大笑。
「シンシア、ラーズのことを任せたぞ」
「はいっ!」
一時はしんみりとしてしまったが、三人で笑うことができた。
今後、シンシアがどんなジョブを授かるか、今から楽しみだ。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
以上、勇者君たちがユニークジョブだった理由。
次回――『火の精霊王の語り3』
ズッ友!
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