第67話 火の精霊王の語り3

「ところで、精霊王様。もうひとつお尋ねしたいことが……」

「遠慮無く、話してみるがいい」

「魔王は千年前に封印されたんですよね?」

「ああ、そうだ。だいたい千年前だな」

「それ以前は魔王は封印されていなかったんですよね?」

「ああ、そうだ。あのとき、初めて魔王の封印に成功したのだ」

「それに関して、さっきお話した本で気になる記述をみつけたのですが」

「ほう。なんだ?」

「その本には『魔王の封印は千年前頃から弱り始めた』という記述がありました。それだと、それまで封印されていたのが、千年前を境に弱まり始めた、というように読めるのですが……」

「なに? いや、そんなことはない。その本が間違いだ」

「そうですか……」


 『精霊との対話』のことは信じていたが、火の精霊王様がおっしゃる方が正しいのだろう。

 どうして間違いが起きたのか?

 著者の知識不足か?

 嘘を書いた、なんらかの理由があるのか?


「ラーズよ、その本は今、手元にあるか?」

「いえ、原本は持っていません。ただ、その記述を写したメモならあります」


 俺はマジック・バッグから、一冊のノートを取り出し、該当ページを開いて、火の精霊王様に渡す。

 ノートが燃えてしまわないか心配だったが、その心配は無用だった。


「ふむ」


 火の精霊王様はそのページに見入ったまま、しばらく黙りこんでしまった。


 ちなみに、そのページには『精霊との対話』に書かれていた、重要と思われるいくつかの文章を書き写したものだ。

 原典にあった精霊語と、それを大陸共通語に翻訳したものと、二つの言語が並んでいる。


 俺は精霊語を理解しているわけではない。

 この本と出会ったときも、精霊の力のおかげで、本の内容が直接頭に入ってきた。

 それで読むことが出来ただけだ。


 だから、文を読めるわけではないし、ひとつひとつの文字がなにを意味しているのか、これっぽっちも分かっていない。


 知らない文字を書き写すのは困難だった。

 知っている文字であれば、多少崩れた文章でも、書き手のクセを把握して読み取ることができるし、間違いがあっても、文脈からどう間違えたかを推測できる。


 だが、知らない文字の場合は、どれがクセでどれが間違いなのか、まったく区別がつかないのだ。

 似たような二つの文字が出て来たとき、それが別の文字なのか、書き手のゆらぎなのか、判断できないのだ。


 そういうわけで、書き写すには途方もない苦労と時間がかかった。

 『精霊との対話』が置かれていたのは、王都にある王立図書館の最奥。

 次に入る機会を得られるのは、いつになるか分からない。

 だから、必死になって書き写した。

 閉館ギリギリまで粘って、少しでも多くの情報を持ち帰ろうと、一秒を惜しみ、全神経を集中したのだった。

 おかげで図書館を出た頃には疲労困憊だったが、多くを知ることが出来た。


 そして、書き写した文章のひとつに、俺がさっき言ったことも書かれている。

 具体的には――。


 ――紀1016年から魔王の封印が弱まってきて〜〜〜。


 今年は紀2021年。

 紀1016年といえば、今からだいたい千年前だ。


 火の精霊王様の瞳から一筋の涙が溢れる。

 炎のような真紅の涙だった。


「精霊王様ッ?」

「大丈夫だ。すまぬ。心配かけたな」

「いえ、どうかされました」

「なあに、昔を思い出しただけだ。相変わらず、汚い字だ」

「汚かったですか? すみません」


 慌てて謝る俺を、火の精霊王様が手で制する。


「いや、お主ではない。元となる本を書いた者のことだ」

「『精霊との対話』の著者ですか?」

「ああ、先ほどから名前が出てるだろ。精霊術の使い手アヴァドン。その者こそが『精霊との対話』を著(あらわ)したのだ。この本で活躍したとされる精霊術の使い手、どうやら他人のように書かれているみたいだが、書いているのは間違いなくアヴァドン本人であろう」

「やはり、アヴァドンが……」


 火の精霊王様と話しているうちに、そうじゃないかと予想していたが、やっぱりそうだったか。


「それで、そなたの質問だが……アヴァドンの書き間違いだ」

「書き間違いですか?」

「ああ。アヴァドンの精霊語は、そりゃあ酷いもんでのう。文字は汚いし、文法もいい加減。お主が見せてくれた文も3箇所、文字が間違っておる。似たような文字だから、仕方ないのかもしれんが、こりゃひどいわ」


 カッハッハ。

 散々にこき下ろしながらも、愛情が感じられる物言いだ。


「アヴァドンの間違いを直して、お主らの言葉で正しく言うと――」


 ――紀1,016年魔王は封印|(された)。(封印は)これから弱まっていく〜〜〜。


「こんな感じだ。括弧の中の言葉は私が補ったものだ。とても読めたものじゃないだろ?」

「ありがとうございます。ようやく謎が解けました」


 ちぐはぐに思えていた原典の記述。

 正しい意味にやっとたどり着けた。


「なぜ、アヴァドンは不慣れな精霊語で書いたのでしょうか? なぜ、自分の慣れた言葉で書かなかったのでしょうか? 精霊術の使い手だけに向けて書いたからでしょうか?」


 大陸共通語で書かれた千年以上前の書物は多数現存している。

 その頃から大陸共通語があったことは間違いない。


「まあ、そういう理由もあるかもしれんが……本当の理由はもっと単純だ」

「単純な理由ですか?」

「ああ、アヴァドンは精霊語しか文字を知らなかったからだ」

「ああ、そういう理由ですか」


 今でこそ、ほとんどの人が文字を読み書きできる。

 しかし、昔はできない人も多かった。

 千年前ともなれば、アヴァドンが字を書けなくても不思議じゃない。


「他に質問はあるか?」

「いえ、おかげさまでスッキリしました。どうも、ありがとうございました」

「いやいや、礼を言うのはこっちの方だ。去りし友のことを思い出すことができた。感謝しよう」


 火の精霊王様が深々と頭を下げる。


「いえいえ、頭を上げてください。こちらもたくさん頂きましたので……」

「永(なが)く生き、王などと呼ばれておるが、友と呼べるほどの相手は少なくてのう」


 感慨深そうにする火の精霊王様。

 強き者の孤独というやつだろうか。

 きっと、アヴァドンも同じような思いを感じていたのだろう。


 俺にはシンシアがいる。

 彼女をなによりも大切にしよう。


「なあ、ラーズよ。厚かましいお願いだが、『精霊との対話』、もし手に入ったら、読ませてもらえないだろうか?」

「ええ、もちろんです」


 火の精霊王様から言われなければ、俺の方から言い出そうと思っていたことだ。


「そうか。ありがたい。感謝するぞ。それと、もうひとつお願いがあるのだ」

「ええ、俺に出来ることでしたら」

「お主が精霊術を極めれば、私を召喚することも可能になる。そうして、共に戦い、我が友になってくれ」

「ええ、もちろんです!」


 さっきより、強く頷く。


「カッハッハ。その日を待ちわびているぞ」

「ええ、一日も早く、お会い出来るよう頑張ります」


 いつ再開できるかわからない。

 でも、その日まで俺は忘れない。

 火の精霊王様を。

 そして、その股間で揺れる白いふんどしを!






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 語り編終了!


 次回――『勇者パーティー:クリストフ編終幕』


 ジェイソン、バートン退場。

 ウル引きこもり。

 ラブラブカップルのイチャイチャ日記お楽しみに(適当)!


【ご注意】


 この先の勇者サイドは、痛いのや、猟奇なのや、狂ってる描写を含みます。

 苦手な方や、勇者サイドに興味がない方は読まないことをオススメします。

 読まなくても、主人公側の話には支障がない構成にしております。


 と注意はしたものの、まさキチとしては、それほどグロでも猟奇でもないと思っております。

 激しく容赦ない描写をお好みの方には物足りなく感じられるかもしれません。

 バランスをとった結果ですので、何卒ご容赦下さい。

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