第64話 勇者パーティー21:バートン編終幕4

 リビングにクウカとヴェントン、二人きりになった。

 ボウタイの狙いがバートンであると確信したクウカは、先程までのおどおどとした演技をやめ、リラックスした笑顔を浮かべている。


 そんな彼女の変貌ぶりを気にとどめながらも、ヴェントンは変わらぬ調子で話し始めた。


「バートン殿の私財鑑定が終わるまで、ちょっとお話にお付き合い願おうか」

「ええ、いいですよ」

「鑑定額次第ではあるが、私財をすべて売却しても200万ゴル以上の借金が残るだろう」

「うわー、やっちゃいましたねえ。大問題ですぅ」

「大問題といえば大問題なのだが、『無窮の翼』ほどの冒険者だったら、普通は問題にならない」

「そうなんですか?」

「まず、こういった場合、一番頼りになるのが冒険者ギルドだ。ギルドは通常、金貸しはしない。だが、優秀な冒険者が借金で冒険者を続けられなくなるような場合、ギルドが借金を肩代わりすることもある」

「へ〜、ギルドはそこまでしてくれるんですか。知りませんでした」

「ああ。そして、バートン殿の場合も、そうなっていただろう――先週までだったらな」

「先週……」

「自分たちのギルド信用評価はチェックしているか?」

「いえ、最近は……」

「『無窮の翼』の信用評価だが、先週まではSランクだった。そして、今は、Aランク落ちだ」

「そうですか。残念です」

「信用ランクが落ちるというのはよっぽどのことだ。それに加えて、新しく入れたメンバーも逃げ出した。この状況でギルドが手を貸すことはない」


 あまり落胆した様子のないクウカにヴェントンは違和感を覚える。

 普通、信用評価の上下はパーティーにとって、大騒ぎする出来事だ。

 それなのに、この態度は不自然過ぎる。

 この態度は、事前に知っていたか、もしくは信用評価に、ひいてはパーティーに興味がないか。

 そのどちらかだ。

 ヴェントンはそれを見定めようと――。


「そのことは予想していました。こんなにすぐとは思っていなかったですけど。さすが、ギルドは仕事が早いですね」


 ヴェントンは答えを保留して、会話をつなぐ。


「ギルドがダメとなると、次は金貸しだ。一流パーティーであれば、普通は肩代わりしてくれる金貸しが何人かいるものだ」


 冒険者というのは収入が安定しない職業だ。

 ハズレが続いたり、怪我したりすると収入は一気に落ち込む。

 逆に手に入れたレアアイテムを売却すれば、一日で一月分の収入を手にすることもある。


 今すぐ使わない金を寝かせておくのは無駄以外のなにものでもないので、普通は金貸しに預ける。

 そして、困った時は預けたお金を利息とともに引き出すのだ。

 それだけではない。

 新しい武器に買い換えたいけど、まとまったお金がない場合、金貸しから金を借りることもある。

 その分利息はかかるが、強い武器で収入がそれ以上に増えるのなら、借金した方が得になる場合もあるのだ。


 もちろん金貸しは海千山千。

 新米冒険者からチョロまかすヤツらも大勢いる。

 だが、そうした授業料を払いながら、金貸しとの関係を学んでいくことも、冒険者にとって必要なことだ。


 冒険者と金貸しは切っても切れない関係。

 ギルドによる信用評価と取引実績があれば、困った時に多少の金は融通してもらえるのだ。


「だが、バートン殿の場合はそうはいかなかった」


 ヴェントンが娼館支配人から話を持ちかけられて、最初にやったのは金貸し探しだった。

 バートンの借金を肩代わりしてくれる金貸しを探したのだ。


 だが、結果は芳しくなかった。

 金貸しは皆、口を揃えて言った。


 ――ラーズさん相手なら、いくらでも貸しますがねえ。

 ――バートン? あー、無理無理。ロクな噂、聞かないよ。

 ――今の『無窮の翼』に金貸すのはモグリだけだよ。


 このような、けんもほろろの結果にはちゃんとした理由がある。


 まず、第一に、『無窮の翼』で金貸しとのやり取りはすべてラーズが担当していたこと。

 しかも、ただ金の貸し借りをするだけでなく、ラーズは金貸したちとの間に信用を築く努力をしていた。

 だから、金貸したちもラーズ相手ならば、多少無理をしても金の工面をしてくれるだろう。


 対してバートンについては顔と名前を知っているくらいだ。

 踏み倒されることをなによりも恐れる金貸しが、付き合いもない相手にリスクの高い貸付をするわけがない。


 その上、そのラーズが『無窮の翼』からいなくなった。

 金貸しにとっても、情報は命だ。

 『無窮の翼』の噂は、すぐに広まった。

 そして、その評価は――。


 ――沈む直前の泥船。


 そんな状況なので、バートンに1ゴルでも出そうという金貸しは存在するわけもない。


「そういう状況だ。分かったか?」

「あらー、大ピンチですね〜。バートンさん。どうなるんでしょうか?」

「それは、クウカ殿次第だ」

「私ですか?」

「メンバーの借金はパーティーが肩代わりできる。パーティーメンバーが個人的に肩代わりしてもいいし、パーティー名義で肩代わりしてもいい。『無窮の翼』の資産なら、バートン殿の借金くらい返済できるはずだ」

「そういえば、そんな決まりでしたね。忘れてました。うーん、でも〜…………」

「返答は今でなくていい。しばらくしたら、バートン殿も戻ってくる。そのときまでに考えておいてくれ」

「はーい。分かりました」

「もちろん、他のメンバーと相談してもらって構わない」

「さっきも言ったじゃないですか〜。二人ともお休み中ですよ〜」

「……………………そうか」


 ヴェントンには珍しく、答えるまでに考え込んでしまった。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 5分もしないうちに、シュルディナーとマレはバートンを連れて戻って来た。

 バートンは部屋を散らかさないタイプで、大切なものは必ずマジック・バッグにしまうようにしていた。

 だから、私室にめぼしい物はなく、鑑定はすぐに終わったのだ。

 マレが紙切れをヴェントンに見せる。


「こちらの金額になります」

「そうか。クウカ殿」

「はい」

「もう一度、言いましょう。バートン殿の借金は320万ゴル。それに対して、バートン殿の全資産は90万ゴル」

「ええ」

「差し引き230万ゴルが未払いということになる」

「うわあ、すごいですね〜」


 あくまでも他人事。

 それどころか、楽しんでいる風のクウカにバートンの肝が冷える。


 ――なぜか、ヤバい気がする……。


 クウカの言動。

 なにを考えているのか?

 俺をどうするつもりなのか?


 冷や汗が流れ、動悸が激しくなっていく。


「このままだとバートン殿は借金奴隷として鉱山行きとなる」

「そうなりますね〜」

「バートン殿のステータスであれば、特級鉱夫になれるでしょう」

「そうなんですか〜。さすがは【剣聖】すごいです〜。私には穴掘りなんか出来ませんから〜」


――俺だってそんな惨めな仕事出来るかッ。俺は【剣聖】だぞッ。俺の腕は穴掘るためにあるんじゃねえッ。剣を振るうためだッ!


「特級鉱夫の賃金は月1万ゴル。そこからいろいろ差っ引かれるので、230万ゴル返済し終わるまで、利息も含めて20年以上はかかる計算だ」

「わあ、バートンさん、大変ですねえ〜」

「20年ッ!! おいッ、クウカッ、ふざけてる場合じゃねえッ!」


 クウカはあくまでも他人事と言った調子だが、当事者であるバートンにとっては、シャレになっていない話だ。

 もし、そんなハメになったら、出て来れたとしても40歳過ぎだ。


 だが、借金奴隷の鉱夫は劣悪な労働環境に置かれ、平均寿命は5年。

 間違いなく、途中で寿命を迎えるだろう。

 人生、終わったも同然だ。


「というわけで、バートン殿の人生はクウカ殿の選択にかかっている」

「え〜、大役です〜。責任重大です〜」


 軽い口調のクウカがバートンを見て、ニヤリと笑う。

 ここに至って、バートンはようやくクウカの意図を理解した。

 理解して、安心した。


 ――そうだ! やっと分かったぞ! クウカの奴、俺をからかってるんだ!


 さっきからクウカはフザケた調子だ。

 それも当然。クウカの中で答えは決まっている。

 クウカにいいようにからかわれて慌ててしまったが、最初から焦る必要なんかなかった。


 五年間一緒にやってきた大切な仲間を借金くらいで見捨てるはずかがない。

 そんなこと、クリストフが許すはずがねえ。


 クウカはクリストフの代理だ。

 最初から答えは決まってたんだ。

 決まっているからこそ、俺の反応を見て楽しんでいるんだ。


 クウカに借りを作るのはシャクだが、背に腹は変えられない。

 それに、クリストフが上手くとりなしてくれるだろう。

 だから、なんの問題はない。

 さっさと、この茶番劇を終わりにしろ。


 ――くそっ、これが終わったら、お仕置きだな。クリストフと良い仲になって調子に乗りやがって。俺をナメたこと思い知らせてやる。


 バートンは自信あふれる態度で成り行きを見守っていたが――。


「さあ、クウカ殿。『無窮の翼』はバートン殿の借金を肩代わりするかね?」

「お断りしますっ!」


 クウカは満面の笑顔で断言した。


「うんうん。そうだよな。助かったわ、クウカ――って、ええええええええっ!?!?」


 驚嘆の最中のバートンに向けて、クウカがもう一度――。


「お断りしますっ!」


 ……………………。


「うっ、嘘だろっ…………」


 返事はない。

 返ってくるのは笑顔だけ。


 ようやく現実を受け入れ始めたバートンがみっともなく泣きながら、クウカに語りかける。

 同情を引こうと必死になって。


「なっ、なあ、クッ、クウカッ。おっ、お前、仲間だよなっ。助けてくれるよなぁああ!!!!」


 笑顔。


 バートンがガタガタと震えだした。


 崖っぷちで立っている自分。

 それを見ているクウカ。

 差し伸ばされる手ではなく――。


 バートンはこの場に及んで、ようやく自分が崖っぷちから蹴落とされたことに気がついた。


「残念ながら〜、嘘じゃないですぅ〜。頑張って借金返して下さいね〜。特級鉱夫さん。バイバ〜イ」


 ケラケラと笑うクウカの顔は、バートンが今までに見たどんなモンスターよりも恐ろしかった。


 バートンの足から力が抜け、崩れ落ちそうになるが、黒ローブのシュルディナーが横から支える。


「連行しろ」


 ヴェントンの短い命令で、シュルディナーがバートンを引きずって連れ去って行く。


「いやだああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 バートンの絶叫だけが、拠点中に響き渡った。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 【剣聖】バートン。

 20歳。借金奴隷として鉱山送り。

 半年後。鉱夫仲間たちに恨まれ、寝ているところをメッタ刺し。落盤事故に見せかけて葬られ、死体も発見されず。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 バートン編完結!


 奴隷落ちしてもバートンの性根は入れ替わらなかったみたい。



 次回――『火の精霊王の語り』


 いろいろ教えてくれるよ。

 五大ダンジョンの謎とか。


 精霊王の語りは全3話。

 その後に勇者サイド。

 さて、次は誰の番でしょうか?

 お楽しみに!


 


   ◇◆◇◆◇◆◇


【補足】


 バートンへの債権ですが、娼館はギルドに、ギルドは鉱山主に売却してます。

 なので、バートンがすぐに死んじゃったけど、娼館もギルドも損してないです。

 損したのは鉱山主だけです。


 また、特級鉱夫の賃金は月1万ゴルですが、一人の特級鉱夫が上げる利益は月6万ゴルほど。

 バートンへの賃金を引いても、鉱山主は月5万ゴルを手にするわけです。すごいボッタクリですね。


 なので、4年ほど頑張ってくれれば鉱山主は元が取れ、それ以上生きてくれたらボロ儲けになります。

 奴隷鉱夫の平均寿命が5年なので、鉱山主としてはそれほどリスクが高いわけでもないです。


 まあ、半年しかもたなかったので大損になりましたが。

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