第63話 勇者パーティー20:バートン編終幕3
――コンコンコンコン。
『無窮の翼』の拠点。
ドアが叩かれる。
訪れる者はほとんどいない。
だが、クウカには直感があった。
これは良い知らせだと――。
クウカは浮かれた足取りで玄関に向かう。
「どちら様でしょうか?」
念の為、警戒は解かない。
ドア越しに話しかける。
「冒険者ギルド・ドライ支部、冒険者対策本部(ボウタイ)、本部長のヴェントンだ。バートン殿の件で話がある」
「バートンさんが……なにかしたんですか?」
「詳しい話は中でさせてもらう。ドアを開けてもらおうか」
「えっ、でも……」
「私にはギルド特権の行使が許されている。無理矢理押し入る事も可能だが、それはお互いにとって望ましくはなかろう」
「はっ、はい。今、開けますので」
クウカが恐る恐るといった体でドアを開けると、先頭にはヴェントンと名乗った男が立ったいた。
冒険者らしい鋭い気配を纏った、精悍な男だ。
そして、その後ろには二人の黒ローブ姿の者に両脇から挟まれ、両手両足を拘束されたバートンの姿があった。
娼館に居合わせた者であれば、今のヴェントンがあの場にいたヴェントンと同一人物であるとは想像もつかないであろう。
どちらの姿も、魔道具で姿を変えたものであり、どちらもヴェントンその人であった。
クウカはチラリと、拘束されているバートンを見やる。
「いったい、バートンさん、どうしちゃったんですか?」
クウカは取り乱した様子を見せる。
だが、実のところ、内心はウキウキだった。
予想していた通り。
バートンにとっては都合の悪い、そして、彼女にとっては都合の良い展開のようだから。
けれど、彼女はそれを悟らせないよう演技する。
「おう、ちょっとな……」
バートンはバツが悪そうに言い淀む。
「まあ、それは落ち着いた場所でお話しましょう」
「はっ、はい。では、こちらへ」
話を遮ったのはヴェントンだった。
早くこの仕事を片付けたがっているのかもしれない。
クウカの案内で、一行はリビングへと向かう。
拘束されたバートンはずいぶんと歩きづらそうだった。
だが、その顔に不安はない。
多少悪びれてはいるが、安心しきった顔だった。
バートンは信じていた。
キャンディスを信じていたように。
クリストフを信じていた。
『無窮の翼』を信じていた。
だから、自分で返せないほどの借金をしても、安心していられたのだ。
『無窮の翼』が代わりに払ってくれると、心から信じていたのだ。
「お小遣いを一日で使いきったけど、きっとママなら許してくれる」と信じる無垢な少年のように。
「お茶でも――」
「結構。それよりも他のメンバーを召集してもらいたい」
クウカの提案を手で制し、ヴェントンは要求を伝える。
それに対して、クウカは――。
「申し訳ありませんが、それは出来ないんです」
「ほう?」
バートンは驚きに固まり、ヴェントンの視線が鋭さを増す。
「一体、どういう事情で?」
「クリストフさんは、体調を崩して、部屋で療養中です。今は起き上がることも困難です」
「他は?」
「ウルさんは先日のダンジョン攻略中に心の傷を負ったようで、ずっと部屋にこもりっぱなしです。こちらから呼びかけても、返事もしてくれないのです」
「ほう?」
「最近入ったジェイソンさんも、脱退するって書き置きを残して、どっかに行ってしまいました」
「なるほど。応対できるのはあなた一人と」
「ええ、わざわざお越しいただいて申し訳ないのですが……」
「それは困りましたなあ……」
「すみません……」
「今回の件は、『無窮の翼』全体に関わること。リーダーに判断してもらわなければならない問題もある。病床であろうが、リーダーには立ち会ってもらわねばならない。そちらが無理だというなら、こちらも強制召集権を行使せねばならぬ――」
「それなら大丈夫です」
「なんだと?」
「クリストフさんから委任状をいただいてますので。私がパーティーリーダー代理として、決断を下すことができます」
「ほう」
「なっ!? おい、クウカ、それはマジか?」
バートンは信じられなかった。
あのクリストフが誰かにリーダーの役目を譲るなんて考えられなかった。
いくら女に入れあげても、自分が上の立場でないといられない。
それがクリストフという男だと、知っていたからだ。
――どういうことだ? 本当に体調が悪いのか? ただヤり過ぎて寝てるだけじゃないのか?
バートンの内にもやもやとした不安感が生じた。
「おっ、おい……」
バートンが呼びかけても、クウカは相手にしない。
「委任状です」
クウカはマジック・バッグから取り出した委任状を、ヴェントンに手渡す。
「確かにこれなら問題ないな。しかし――」
「クリストフさんとは五年間も一緒にやってきました。クリストフさんがどう考えるか、私なら手を取るように分かります。なので、なんの問題もないですよ」
「そうか――」
ヴェントンはクウカの瞳を、深く深く覗き込む。
今まで多くの虚偽欺瞞を暴いてきた瞳で。
この瞳で見通すと、疚しい人間は瞳の奥が揺れる。
ヴェントン相手には誰も隠し切れない。
しかし、クウカの瞳の奥は微塵も揺らがない。
信じきっている者の目だ。
クウカがなにを信じきっているのか、ヴェントンの頭の片隅になにかが引っかかった。
だが、ここはクウカの尋問をする場ではない。
今の引っかかりをしっかりと隔離保存して、話を進めることした。
ヴェントンは許可も得ずに椅子のひとつに腰を下ろす。そして――。
「クウカ殿はそちらに」
と向かいの席を指し示す。
クウカは内心、警戒を強める。
もちろん、それは表に出さない。
あくまでも、自分はなにも知らない、無垢な少女。
その役割を演じることは慣れきっており、彼女にとっては容易いことだった。
「ええ」
なんの疑いもないといった調子で、クウカはヴェントンの向かいに座る。
拘束されたバートンは、黒ローブに押さえつけられたまま、クウカとヴェントン二人の視界に入る位置で立たされている。
もう一人、小柄な黒ローブはクウカの背後に立った。
「最初に言っておこう。下手な動きを見せたら、即座に拘束する。そこのバートン殿のように」
「はい。こちらも事を荒立てるつもりはありません」
「うむ。助かる。本題に入るか。今日はバートン殿の借金について話をしに来た。マレ」
マレと呼ばれた小柄な黒ローブが、無言で書状をクウカに差し出す。
「こっ、これは……」
クウカは驚いた顔をする。
本当に驚いているのかどうか、それは本人と神にしか知り得ないが。
次いで、クウカはバートンの顔を見る。
そして、笑った。
どういう意味の笑いか分からない。
人によって、見え方が違う笑顔だった。
そして、バートンにはそれが、自分の知っているクウカとは別人に見えた。
「バートン殿の私財はマジック・バッグ内の物も含め、接収させてもらった」
マジック・バッグは基本的に登録した本人にしか開けることができない。
その例外が冒険者ギルド所有のマスターキーだ。
マスターキーであれば、どんなマジック・バッグでも開けることが出来る。
死亡した冒険者のマジック・バッグを開けたり、バートンのように借金を返せない場合に強制的に開けたりするのだ。
「だが、それでも、負債の額には到底及ばない。先ほど尋問した結果、バートン殿の残りの私財は拠点の私室のみ。他にはないことが判明している。よって、これからバートン殿の私財をすべて差し押さえさせてもらう。バートン殿の同意は得ている。クウカ殿も問題ないな?」
クウカはチラとバートンに視線を向ける。
「ええ、もちろんです。構いません。他にも協力できることがあれば、なんなりとおっしゃってください」
「シュルディナー、バートン殿を連れていけ」
「ヤー」
シュルディナーと呼ばれた黒ローブの男がマレとともに、バートンを連れて私室に向かった。
バートンは身をよじって抵抗しようとするが、シュルディナーがナイフをチラつかせるとおとなしく従った。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
どうやら、バートンの運命を握っているのはクウカな模様。
怖いですねえ。
次回――『勇者パーティー21:バートン編終幕4』
バートン編完結!
さらば、バートン!
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