第61話 勇者パーティー18:バートン編終幕

 バートンは荒れていた。

 ジェイソンを入れてからダンジョンに挑むこと三回。

 そのすべてが無様な結果に終わったからだ。


 三度目の失敗から帰還したバートンは取る物も取り敢えず、馴染みの娼館に逃げ込んだ。

 酒に溺れ、女体に耽(ふけ)るために。


 彼には己の失態と向き合い、それを受け入れるだけの器がなかった。

 現実から目を背け、快楽に逃避することでしか、膨れ上がった自我を保つ方法を知らなかったのだ。


 だが、それはしょせん現実逃避。

 一時的に忘れることは出来るが、問題を先延ばししたに過ぎない。


 日が昇るまで狂乱の宴を過ごし、酒の海に身を浸し、疲れ果てても、嫌な思いはふとした隙をついて浮かび上がってくる。

 それから逃れるために、酒と女にのめり込み――。

 泥沼の悪循環に嵌り込み、バートンはどこまでも堕ちていく。


 そして、今日も――。


 夕方になって起き出してきたバートンは、二日酔いが抜けない身体で娼館へ向かう。

 拠点にいると不快な気持ちになってくる。

 今や、心休まる場所は娼館だけだった。


 今日はツケの支払日。

 バートンは支払うだけのお金を持っていない。


 だが、バートンは安心していた。

 まあ、なんとかなるだろうと。


 時間にルーズな人間が待ち合わせの10分前に目を覚まして、「まあ、なんとかなる」と本気で考えるのと同じように。


 時間には厳しいバートンだが、お金にはルーズだった。

 とくに、使える金の桁がひとつもふたつも増えてからは。

 もしくは、『無窮の翼』の急成長こそが、バートンから金の使い方を覚える機会を奪ったとも言える。


 カチカチのパンと薄いスープで飢えを満たしていた少年が、たった数年で街一番の娼館の美姫を抱き、混じり気のない蒸留酒を飲めるようになったのだ。

 しかも、勇者パーティーという看板のおかげで、貴族に劣らぬ待遇を受けられる。


 支払いについても、細かいことは言われず、ツケがきく。

 前払いじゃなきゃエール一杯出てこない安酒場に通っていた頃とは大違いだ。


 急激な立場の変化。

 見上げる方から、見下ろす方へ。

 目を眩ませて、足場を踏み外してしまったのも必然かもしれない。


 バートンが娼館に到着すると、ドアボーイがバートンのためにドアを開ける。


「これはこれはバートン様。いらっしゃいませ」


 入り口で支配人がバートンを出迎えた。


 咄嗟(とっさ)のことだ。

 バートンは違和感を覚えた。

 ほんの少しの違和感だ。


 支配人にではない。

 ロビーの中にだ。


 ダンジョン内で闇に潜むモンスター。

 静かに獲物を待つ危険な罠。


 それと同じような、不穏な気配を感じたのだ。

 冒険者としての本能が、一瞬だけ、警戒を告げた。


 ――いや、気のせいか。


 普段の臆病なバートンであれば、もっと警戒したはずだ。

 しかし、思考力が低下した今のバートンは、「娼館に危険などない、気の迷いだ」と、忘れることにした。


 バートンは寄って来た支配人を相手にせず、いつものソファーへ向かい、ドッシリと腰を下ろす。


「キャンディスだ。後はテキトーにしろ」


 バートンが馴染みの嬢の名を告げる。


「バートン様。先日も申し上げましたが、本日がツケの支払い期日です。そちらを精算してからでないと、お遊びいただく訳にはまいりません」

「なんだとッ! 俺を誰だと思ってるんだッ!!」


 辺りをはばからないデカい声がロビーに響き渡る。


 まだ夜には早い時間のせいか、ロビーにいる男性客は数人。

 隣に夜の蝶をはべらせ、行儀よく酒と女と会話を楽しんでいる。


 バートンの大声でロビーは静まり返った。

 支配人を睨みつけるバートンと、歯牙にもかけず受け止める支配人。


 この店を訪れるような客は皆、刺激に飢えている。

 緊迫した二人に、視線が集まった。


 そんな中で、場違いな哄笑を上げる者がいた。


 赤ら顔のはげ頭。

 だらしなく肥え太った身体は長年の不摂生の証。

 どぎつい色の服は派手を通り越して下品。

 芋虫のような指には、大粒の宝石が色とりどりに嵌められている。

 左右を女の子に挟まれ、緩みきった頬は色欲を隠しもしない。


「さあさあ、もっと飲んで飲んで。今日は飲んで、イヤなことは全部忘れちゃおう」


 大笑しながら、女の子のグラスに高い酒を注いでいく。

 典型的なスケベ客だが、金払いがいいのだろう。

 女の子たちは、にこやかな笑みを浮かべている。


 バートンはそれを見て、「色ボケジジイがッ」と内心で毒づく。


 ――忘れられたら、どれだけマシか。


「バートン様、こちらを」


 支配人は顔色を変えず、一枚の紙切れをバートンに手渡す。

 請求書だ。

 この一ヶ月、バートンがツケで遊んだ分が、明細付きで書かれている。


「おいっ! 高すぎるだろッ!」

「バートン様はこの一週間、ずいぶんと無茶な遊び方をなさいました。嬢たちの治療費と補償金を含めた金額となっております」


 元から女性を気遣わず、物のように扱ってきたバートンだが、ここ一週間は抱えきれぬストレスを嬢たちにぶつけてきた。

 実際、請求額の3分の1が治療費と補償金を占めるほどだ。


 とはいえ、実際、バートンが言うようにこの請求は高すぎる。

 特に治療費と補償金はかなり吹っかけた値段だ。


 支配人は今まで堕ちていく男たちを何人も見てきた。

 そして、彼らと同様にバートンにも見切りをつけたのだ。

 バートンに次はない。

 だからこそ、搾り取れるだけ搾り取ろうと、回収が見込めるギリギリまで水増しした金額を請求したのだ。


 並の金銭感覚の持ち主であれば、この請求書がおかしいことに気づきクレームを入れるだろう。

 しかし、今までどんぶり勘定でやってきたバートンにそこまでの知恵はなかった。


 とりあえず文句を述べたものの、支配人に軽く言いくるめられ、簡単に黙りこんでしまう。

 しばらく請求書に視線を落としていたが、やがて諦めたバートンはマジック・バッグから大きな革袋を取り出す。


「チッ、ほらよ」


 革袋をテーブルに投げ出す。

 硬貨が詰まったずっしりと重い革袋だ。


 支配人が目配せすると、男性従業員が硬貨を数え始める。

 バートンは不機嫌そうに目を背けて、無関心を装っている。

 やがて、数え終わった従業員が支配人に耳打ちする。


「全部で21万4千ゴルです」


 街に住む、冒険者でない成人男性の平均年収が10万ゴル。

 【2つ星】冒険者であるバートンの稼ぎはその10倍以上、一月で10万ゴルを稼ぎ出す。


 サード・ダンジョンに潜る冒険者はそれほどの高給取りだが、バートンは浪費が激しく、蓄えは収入の2ヶ月分しかなかった。


「バートン様、今月の支払いは320万ゴルになります。この額では、足りないようですが」


 バートンはこの一月で、自分の年収の3倍近く遊び尽くしたのだ。

 特に、この一週間はイヤなことから逃げるため、多くの嬢を呼び、普段より高い酒を飲んだ。

 一晩で一般人の年収を超える額を使った晩もあった。

 それに加えて、高額の嬢への治療費と補償金だ。


 こうなることはバートンも分かっていた。

 でも、そうするしかなかったのだ。

 派手に遊び、現実から目をそらすことでしか、心を保てなかったのだ。

 そして、そのツケを精算せねばならぬ時が、やって来たのだ。


「フンッ。キャンディスだ。キャンディスを呼べ」


 馴染みの嬢を呼ぶように要求する。


「それは出来かねます。支払いを済ませていただかない内は、店の者を会わせるわけにはいきません」

「いいから、さっさとキャンディスを出せッ!」


 そう言い放つと、バートンはそっぽを向いて黙りこんだ。

 キャンディスが現れるまでは、一言も口を利かないぞ、という態度をあらわに。


 場がキリリと締まる。

 さっきまで騒いていたスケベジジイも、さすがに口を閉じ、興味深そうに二人の様子を伺っている。


 この緊張を破ったのは――。


「あらあら、私になにか用かしら」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 どう見てもアウトな状況。

 でも、バートンは本気でどうにかなると思っている模様。

 それと、おっさんの描写になるとやたら丁寧になるのには、ちゃんとした理由が……。


 次回――『勇者パーティー19:バートン編終幕2』


 キャンディス召喚!

 キャンディスなら、この窮地を救ってくれるはず!

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