第60話 火炎窟攻略5日目9:最後の褒美

「いやいや。まだ終わっとらんぞ。最後に一番の褒美だ」

「まだ頂けるのですか?」


 今まで頂いたものだけでも十分なくらいだ。

 これだけでも戦力は倍以上になっているし、レベルアップも含めれば、どれだけ強くなったのか、想像もつかない。


「ほら、いつまでもそんな姿してないで、こっちに来んか」


 火の精霊王様がこちらに向かって呼びかける。

 俺か?

 いや、目線は俺よりも少し上――ゆらゆらと飛んでいる火の精霊たちに向けられている。


 火の精霊王様の声に、大火精霊がピタリと動きを止めた。


「今さら、なにを恥ずかしがっておる。早よ来い」


 大火精霊はしぶしぶといった様子で、火の精霊王様のもとへゆっくりと飛んで行く。

 そして――。


 ――赤髪をした少女へと姿を変えた。


 現れたのはさっきまで戦っていた――いや、一緒に遊んでいたサラだった。

 戦いと勘違いしていたのは俺だけ。

 サラは最初から俺と遊んでいただけだ。

 試練と聞いて俺が勘違いして、その結果、死にかけただけ。


「よろしく、あるじどの」


 サラがぺこりと頭を下げる。


 様々な疑問が頭に浮かんだが、最初に口をついたのは――。


「服、着てるんだ……」


 試練の時は服の代わりに全身に炎を纏っていた。

 しかし、今は細身な身体のラインが強調されるシンプルな赤いドレス姿。

 共通点は色だけ――炎のように鮮やかな赤いドレスだ。


 服を着るという当たり前のことが、隣のふんどし男のせいで、奇跡のように感じられる。


 俺の疑問に答えてくれたのは、最初の挨拶以来黙りこんでいるサラではなく、火の精霊王様だった。


「あの姿では支障があるだろう」

「支障ですか?」


 火の精霊王様は俺の質問には答えず、唐突にとんでもない事を言い出した。


「お主には我が娘サラを預けよう。最後の褒美だ」

「えっ!? 本当ですか」


 わざわざ最後の褒美ともったいつけるくらいだから、今までの褒美よりも良いものだとは思っていたが……。


「お主のダンジョン攻略を助ける一員として、サラを同行させる」


 サラがついて来てくれるなら、とんでもない戦力を得たことになる。

 試練を通じて分かったが、サラは俺の何倍も強い。

 まともに戦ったら、絶対に勝てない。

 そんな彼女がいるなら、というか、彼女だけで大抵の敵は打ち破れる。

 むしろ、俺たちがサラのおまけみたいなもんだ。


「その考えは間違っておる」


 俺の考えを見透かすように、火の精霊王様が否定する。


「お主は先の試練を思い返しているのであろう。だが、アレは火の精霊が満ちていたあの世界だからこそだ。ダンジョン内では、アレほどの力は発揮できん。せいぜい、そなたらと同程度であろう」


 なるほど。

 あれほどの反則的な強さはないわけか。

 それでも、俺たち程度の戦力が一人増えるわけだ。


「他の精霊達と違って、サラはお主ら以外にもその姿が見える。あの姿では支障があろう。だから、服を着せたのだ」


 ああ、それがさっき言っていた「支障」か。


「ただし、サラが姿を保つことが出来るのはダンジョン内のみだ」


 まあ、ダンジョン以外でサラの力が必要になることはないから、この制約は問題ない。


「ひとつお訊きしてもよろしいでしょうか?」

「構わんぞ」

「サラが同行してくれるという話ですが、パーティー上限はどうなるんでしょうか?」


 ダンジョンに挑むパーティーの人数上限は五人だ。

 冒険者タグによってパーティー登録できる人数も、ボス部屋に挑める人数も、五人までだ。


「ああ、それなら問題ない。人の姿をとっていても、サラは精霊。人数には数えられない。他の精霊たちもそうであろう?」

「「なっ!?!?」」


 俺とシンシアの声が重なる。

 サラほど強力な存在を禁じられた六人目として参加させられるのだ。

 反則じゃないか……。


「というわけで、サラを任せたぞ」


 この話は済んだとばかり、火の精霊王様がサラの背中をトンと押す。

 サラは足を浮かせ、滑るようにこちらへやって来た。

 俺の目の前でピタッと止まり、俺に向かって両手を伸ばす。


「あるじどのと一緒」

「なっ!?」


 サラは一言告げると、俺の首に両腕を回し、両足を浮かせクルクルと回り始めた。


「ずいぶんと仲が良いのね」

「あるじどのとは、燃やしあいし合った」

「へえ〜」

「ちょっ、サラっ、その発言は誤解を招く」


 サラは言葉少なだから困る。

 シンシアが疑惑の目を向けてるじゃないか。

 しかし、当のサラはきょとんとしてるだけ。


「誤解じゃない。サラとあるじどの、ひとつになった」

「ラーズ、どういうことかしら?」

「サラはサラ。サラはあるじどのと、ひとつになった。だから、一緒」


 確かに、俺はサラとひとつになった。

 だけど、それはイヤらしい意味ではない。

 火と火がひとつになるように、俺たちも融合しただけだ。


「私にも分かるように説明して欲しいな」

「カッハッハ。面白いお嬢さんだ。やはり、精霊術の使い手の仲間はこうでないとな」

「ちょっと、みんな、落ち着こう。サラ、一回離れて」

「ふに? なんで?」

「なんでもだ」

「むー」


 少し不満なのか?

 そのような素振りを見せつつも、素直に言うことを聞いて、サラは俺から離れてくれた。


「シンシアも、落ち着いてくれ。ちゃんと説明するから」


 先ほどは簡単に説明しただけだったので、火の試練の内容について詳しく説明した――。


「この様な姿をとっているけど、サラは精霊だ。人間の常識は通用しない。それは分かってもらえるか?」

「それは、分かっているわ。だけど……」

「サラは火の試練の相手だった。そのときに、燃やしたり、燃やされたりして、最終的に分かり合えた。それだけだ」

「そうね……」

「確かにサラは大事な存在だ。けれど、それは他の精霊たちが俺にとって大事な存在であることと同じだ。この五年間、俺は精霊とともに生きてきた。精霊たちは俺の一部とも言える存在だ」

「ごめんなさい。ちょっと寂しかったの」

「寂しかった?」

「ええ、私の知らないところで、ラーズが他の女の子と仲良くなってて。それに、ラーズが取られちゃうんじゃないかって」

「大丈夫だよ。精霊たちに対する大事と、シンシアに対する大事は別物だ。シンシアへの想いは、シンシアだけだ。これだけは何があっても、変わらない」

「うん。分かった。わがまま言って、ごめんなさい」

「いいよ。分かってもらえたら、俺も嬉しい」


 シンシアは途中から後ろめたそうだったけど、話し終わる頃には腑に落ちたのか、晴れやかな表情に変わっていた。

 シンシアの件が解決したので、俺は気になっていたことをサラに問いかける。


「なあ、サラは大火精霊だったのか?」


 今のサラは大火精霊が姿を変えたものだ。

 火の試練のときは、サラと大火精霊は別の存在だった。

 いったい、どういう事なんだろう?


「サラはサラ」


 さっぱり要領を得ない答えだ。

 サラは出会ってからずっとこんな調子。

 今後、コミュニケーションに苦労しそうだ。


「カッハッハ。代わりに答えてやろう。サラがお主の大火精霊と結びついたのは火の試練を通じてだ。火の試練でサラとお主がひとつになり、サラと大火精霊はひとつになった」

「なるほど、そういうことですか」

「サラはサラであり、大火精霊は大火精霊である。また、サラは大火精霊であり、大火精霊はサラである」


 火は一つ、二つではない。

 くっつけば一つになり、わかれれば二つになる。


 サラも同意するように頷いている。


「納得したようじゃな、褒美はこれで終いだ」

「多くのものを頂き、ありがとうございました」

「なに、お主に色々授けたのには理由がある」

「理由ですか?」

「それくらい強化しなければ、この先やっていけないのだ。お主の挑む道はそれだけ困難。それでも歩みを止めないと宣言できるか?」

「はい、もちろんです」


 俺が冒険者を辞める時は、俺が死んだ時。

 それまでは決して歩みをやめない。


「うむ。では――少し真面目な話をしようか。お主の世界について教えてやろう」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 サラは精霊です。

 恋愛感情は持ち合わせてません。

 多少イチャコラしますが、シンシアのライバルにはならないです。


 次回――『勇者パーティー18:バートン編終幕』


 バートンに明日はあるか? ない。

 バートン編は全4話です。

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