第57話 勇者パーティー17:ジェイソン編終幕2

 ジェイソンが失意のままギルド酒場を後にしようとしたところ――。


「なあ、兄貴。ジェイソンの兄貴」


 一人の男がジェイソンに近寄り、小声で話しかけてきた。


「スコットか?」

「ええ、そうっす。俺たちも二週間ほど前にこの街に来たところっす。ご挨拶が遅くなって申し訳ないっす」

「いや、それは構わないが……」

「兄貴、ひどい顔っすよ」

「あ……ああ」

「ここじゃあアレっすから、場所を変えましょう。兄貴、ついて来て下さい」

「ああ」


 先ほどのショックから立ち直れずにいたジェイソンは、言われるがままスコットの後を付いて行く。


「ここっす。汚え場所ですが、他に人もいませんから」

「ああ」


 二人はうらぶれた飲み屋に入っていく。

 カウンター6席の狭い店だ。


「蒸留酒(スピリッツ)2つ」


 丸い樽のような体型に無精髭が伸び放題の店のオヤジにスコットがオーダーする。

 昼間なのに薄暗い店内には三人だけだ。

 他に客はいない。


 一番奥の席に二人は並んで座る。

 スコットが二人分の料金をカウンターに置くと、すっと無言でグラスが二つ差し出される。


「なにはともあれ、まずは乾杯っすね」

「ああ」


 スコットに合わせ、ジェイソンもグラスを掲げる。

 乾杯を済ませると、ジェイソンは勢い良く煽った。

 一息でグラスは空に。

 そのグラスを打ち付け、お代わりを催促する。


「兄貴、ムチャは良くないっすよ」

「うるせー、飲まなきゃやってらんねえんだよ」


 スコットは渋々と硬貨をカウンターに。

 すぐ、お代わりが注がれる。

 ジェイソンは二杯目も一気に飲み干そうとしたが、スコットがそれを手で制した。


 ジェイソンはムッとした表情を浮かべるが――。


「兄貴、大事な話っす。酔っ払う前に聞いて欲しいっす」


 真剣な顔で言われて、素直にグラスを下ろした。


「俺は兄貴に恩があるっす。だから、これだけは伝えておこうと思ったっす」


 スコットは駈け出しの頃、他の冒険者とトラブルになったことがあった。

 そのまま行けば、どちらが先に剣を抜くかという状況まで追い込まれていた。

 そのとき、仲裁してくれたのがジェイソンだった。


 その時以来、スコットはジェイソンのことを兄貴、兄貴と慕うようになったのだ。

 いつか恩返しがしたいと思っていたスコットだが、最近ジェイソンの状況を知り、これは話をしなきゃならないと決意したのだ。


「兄貴が今置かれている状況、そうとうヤバいっすよ」

「なにっ?」

「今、この街で兄貴の評判は最悪です」

「最悪……だと?」

「ここまで一緒にやって来た仲間を切り捨てて、あっさりと『無窮の翼』に移った。それだけでも印象悪いのに、その上、兄貴が入ってから『無窮の翼』は弱体化。それも目も当てられないほどの凋落ぶりじゃないっすか」

「『無窮の翼』が弱くなったのは、俺のせいじゃねえッ。アイツら評判倒れもいい所だッ。誰一人ロクに戦えねえッ。『まともなのはラーズだけ』って言葉を信じておけば良かったぜッ。クソッ」


 ジェイソンは怒りに任せてテーブルを殴りつける。

 一度では収まらず、再度拳を振り上げ――。


「お客さん」

「チッ……」


 ジェイソンは拳を静かに下ろした。


「分かってますって。兄貴の責任じゃないってこと、俺はちゃんと分かってますって」

「スコット……」


 スコットはジェイソンの瞳をじっと覗き見る。


「兄貴には恩がある。だから、あえて厳しい事を言わせてもらいやす」

「…………」

「この街にはもう兄貴と組んでくれるパーティーはないっすよ」

「なん……だと…………」


 厳しい現実を突き付けられたジェイソン。

 しかし、彼も薄々感づいていた。

 ギルドでメンバー募集に応募しても、面接すら受けさせてもらえなかった。

 それも三件とも。


 自分を受け入れてくれる場所はもうないんじゃないかと、うっすらと思っていた。

 だけど、それが受け入れられずに目を逸らしていただけだ。


 ナザリーンに恨みをぶつけられ、スコットに諭されて、ジェイソンは自分を騙し切れないことにようやく気づいた。

 すぐに受け入れる事は出来ないが、この現実を受け入れるしかないということを。


「ああ、なんであの時、もっとちゃんと考えなかったんだろうな…………」


 ジェイソンの頬を一筋の涙が伝う。


「兄貴、お願いがあるっす」


 スコットは頭を下げる。

 返しきれないジェイソンへの恩を返すために。


「このまま落ちぶれていく兄貴を見たくはないっす。どうか、恥を忍んでツヴィーの街からやり直してもらえやせんか? ツヴィーなら兄貴を必要とする冒険者が大勢います」

「…………」

「どうか、もう一度カッコいい兄貴を俺に見せて下さいよ」


 長い。

 長い長い沈黙。

 蒸留酒のツンと鼻を突く刺激に、ジェイソンの目が潤む。


「頭を上げてくれ」

「兄貴が約束してくれるまで上げません」

「分かった。分かったよ。約束するよ。だから、頭上げてくれよ」

「兄貴!」


 じっと視線を交わし合う二人。

 ふと、ジェイソンの頬が緩んだ。

 この一週間張り詰めていた緊張が一気にほどけたような笑顔だった。


「兄貴……」


 スコットも笑顔を浮かべ、ついには、二人して大声で笑い出した。

 二人ともアインスの街で飲み歩いていた若い頃を思い出していた。


 ジェイソンはグラスを手に取ると勢い良く飲み干す。

 今度はスコットもそれを止めはしない。

 その代わりに、自分もグラスを傾けると一気に飲み干した。


 決して旨い酒ではない。

 アインスの安酒と変わらない味だ。

 だが、今の二人にはそれが逆に嬉しかった。


 ジェイソンが深々と頭を下げる。


「ありがとう、スコット。ようやく吹っ切れた。俺は仲間を裏切り見捨てた。それは許されないことだし、許してもらえるとも思っていない。この過ちは俺が一生、背負っていかなければならないものだ」

「…………」

「でも、お前が言うようにやり直してみるぜ。俺には冒険者しかないからな」

「大丈夫っすよ。兄貴ならすぐに戻ってくるっす。また、肩を並べて飲み歩きましょうぜ」

「ああ、待ってろ」


 再会を期して、二人は拳をぶつける。

 そして、ジェイソンは立ち上がり、スコットに背を向けた。

 店員がジェイソンの背中に声をかける。


「またのお越しを」

「ああ、また来るぜ。そんときまでに旨い酒用意しておけ」


 翌朝、ツヴィーの街へ向かう高速馬車にジェイソンがいた。

 ここドライの街からツヴィーの街へ――「都落ち」とも揶揄されるが、ジェイソンの目は死んではいなかった。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 当初は失意のままツヴィーにたどり着くはずだったんですが、スコット君の頑張りのおかげでこうなってしまいました。


 ともあれ、ジェイソン編完結!


 次回――『火炎窟攻略5日目7:赤い星』


 ふんどし男登場!

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