第56話 勇者パーティー16:ジェイソン編終幕

「もう、『無窮の翼』はお終いだ……」


 ジェイソンが『無窮の翼』に加入して一週間がたった。

 この一週間で三回ダンジョンにトライしたが、反省はまったく生かされず、三回とも早々に敗走する始末。

 空いた時間で作戦を練るわけでもなく、皆、好き勝手に過ごすばかりだった。


 バートンは娼館に入り浸り。

 ウルは自室にこもりきり。

 クリストフとクウカも部屋にこもってサルのようにヨロシクやっている。


 この有り様で、さすがにジェイソンも見切りをつけた。

 実はこの一週間、ジェイソンは『無窮の翼』としてダンジョンに潜りながらも、密かに移籍活動を行っていた。


 冒険者ギルドのメンバー募集掲示板から、条件が合うパーティーに三件ばかり応募してみたのだ。

 結果は芳しくなかった。

 向こうの要望と合わなかったのか、三件とも面接以前でお断りという結果だったのだ。


 もっと本格的に移籍先を探さないとな。

 強く意を固め、冒険者ギルドへと向かった。


「でも、まずは古巣のみんなに声をかけてみるか」


 自分が抜けた後、残ったメンバーたちで新しいパーティーを立ち上げた――ジェイソンはそう思っている。

 彼が抜けてから、まだ一週間ちょっと。

 そして、新規メンバーというのは、募集してすぐに埋まるものではない。

 まだ空きがある可能性は高い。

 だから、一言謝って戻らせてもらおう――そういう心づもりだった。


 ――仲間たちには迷惑をかけたが、頭を下げれば許してくれるだろう。


 ――俺の能力は仲間たちが一番良く知っている。今でも俺のことを必要としてくれるに違いない。


 かつての仲間たちとの再会を期待して、冒険者ギルドの扉を潜った。


「『破断の斧』の元メンバーたちですか? 一週間前に解散してから、特に届は出てないですね」

「嘘だろッ? 残ったメンバーでパーティーを立ち上げていないのか?」

「いえ、そのような事実は確認できません」

「マジか…………」

「そういえば、一人だけ届があります。拠点変更届ですね。シンシアさんがアインスの街に拠点を移したそうです」


 元メンバーの所在を尋ねたところ、ギルド受付嬢から衝撃的な事実を告げられた。


「そっ、そんな……」


 ジェイソンは甘い考えでいた。

 戻ろうと思えば、いつでも古巣に戻れると……。


 その古巣が、仲間たちと築き上げてきた『破断の斧』が、すでに消滅していたのだ。

 しかも、受付嬢の話では一週間前に。

 ジェイソンが抜けてすぐに『破断の斧』は散り散りになったのだ。


 足から崩れ落ちそうになるのを、なんとか堪え、フラフラとした足取りでカウンターを離れる。

 受付嬢に返事することもなく。


――俺が脱退宣言した時に、シンシアも抜けると言っていた。残りの三人、ナザリーン、ライホ、アレキシ。みんなは今どうしているんだろうか……。


 おぼつかない足取りで酒場へ向かう。

 とてもシラフではいられない精神状態だった。


 昼間のギルド酒場は空いており、埋まっているのは3分の1ほど。

 冒険者の一団の中に知った顔を見出し、目を大きく見開いて立ち止まる。


「ナザリーン……」


 冒険者五人組の中に、かつてのパーティーメンバーであるエルフの女性が楽しそうに談笑してるのを発見したのだ。


 燃え盛る炎に飛び込む虫のように、ジェイソンはナザリーンの場所へ吸い込まれて行った。

 ジェイソンが声をかけようとしたところで、ナザリーンが振り向き――思いっきり顔を顰める。


「ナザリーン……」

「今さら、よく私の前に顔を出せたわね」

「おっ、俺は……」

「チッ、場所を変えるよ」


 ナザリーンはビアマグ片手に立ち上がり、ツカツカと歩き出す。ジェイソンも慌てて追いかける。

 そして、酒場の片隅、人のいない場所に腰を下ろした。


「で? 今さら、なんの用?」

「……『破断の斧』は終わっちまったのか?」

「…………」


 ナザリーンは怒りを隠しもせず、厳しい視線をジェイソンに向ける。

 その視線にジェイソンはたじろいだ。


「ええ、終わったわよ。アンタが終わらせたんでしょ?」

「そっ、それはそうだが……。他のみんなは今どうしてるんだ?」

「あら、今になって心配してるのかしら?」

「あっ、ああ、そうだ」

「ウソッ。心配してるんじゃないわね。自分が困っているから、昔の仲間に助けを求めようとしている。自ら切り捨てた仲間にね。ほんと、サイテーッ」

「…………」


 厳しく責めるナザリーンに、ジェイソンは返す言葉がなかった。


「心配するにしても、遅すぎだけどね。自分勝手にパーティーを抜ける前に、残された仲間がどうなるか少しでも考えたの? どうせ、何も考えてなかったんでしょうね」

「…………」

「でも、良かったじゃない。憧れの『無窮の翼』の一員になれて。幸せそうでお祝いしたいわ」


 痛烈な皮肉だ。

 ナザリーンは知っている。

 今の『無窮の翼』が置かれている窮状を。


「私たちが不幸になったんだから、せめてあなたくらいは幸せになってもらわないとね」


 ナザリーンは壮絶な笑顔を浮かべる。

 引け目のあるジェイソンは、その笑みを見て震え出す。


「不幸?」

「ええ、みんな不幸になったわ。あなたの裏切りによってね」

「裏切りか…………すまなかった」

「謝る必要はないわ。いくら謝られても許す気はないもの」

「それでも、謝らせてくれッ。俺が悪かったッ」


 ジェイソンはテーブルに頭を何度も打ち付け、必死で謝罪する。

 しかし、ナザリーンはそれを冷たい目で見るだけ。

 ジェイソンの謝罪がナザリーンに届くことは決してなかった。


「あなたのせいで、みんなバラバラよ」

「…………バラバラ?」

「シンシアはすぐに飛び出して行方知れず。アレキシとライホは廃業して故郷に帰ったわ」

「嘘だっ!」


 ジェイソンはナザリーンの言葉が信じられなかった。

 アレキシもライホも傑出したところはないが、優秀な冒険者だった。

 彼らなら他のパーティーに移るのも難しくないはず。

 今もどこかで冒険者を続けている。

 ジェイソンはそう思い込んでいた。


「二人とも心が折れたって。『破断の斧』のみんなが好きだから、ここまでやって来れたのにって。今さら、他のパーティーでやり直す気は起きないよって。抜け殻になって馬車に乗り込んで行ったわよッ!」

「そんな…………」

「仲間がなにを考えているか。どうして冒険者を続けているか。リーダーのくせに、そんなことも分かっていなかったのッ?」

「そっ、そんな、俺が…………」

「ええ、あなたのせいよ。全部ね」

「おっ、俺は…………」

「私は運良く今のパーティーに拾ってもらえたわ。まだお試し期間だけど、とっても素敵な仲間よ。この人たちとなら命を賭けられる。最高のパーティーだわ。でもね――」


 喜ばしい報告のはずなのに、ナザリーンの顔は晴れない。

 それどころか、今にも涙をこぼしそうなほどに歪んでいる。


「でもッ、それでもッ、信じ切れないのよッ。この人たちもいつか私を捨ててどっかに行っちゃうんじゃないかって、不安で不安でどうしようもないのよッ。取り残されて一人ぼっちになる夢にうなされて、夜も満足に眠れないのよッ!!!」


 ついに、ナザリーンの涙腺が決壊する。

 激しく流れる涙も気にせず、ナザリーンはジェイソンの襟元を掴み上げる。


「これがあなたが選んだ結果よ。満足したかしらッ!」


 ナザリーンは力いっぱい突き放す。

 ジェイソンは抵抗せずに、床に倒れこんだ。


「あなたは仲間の人生をメチャクチャにしたのよッ!!」


 ナザリーンは満杯のビアマグをジェイソンにぶちまける。


「本当だったら、みんなの恨みを晴らすために、殺してやりたいくらいだわ。でも、私には新しい仲間がいる。その人たちに迷惑はかけられない。だから、これで復讐は終わり」


 ナザリーンは勢い良く立ち上がる。

 見上げるジェイソンと視線を交わすことなく、別れを告げる。


「もうあなたと話すことはなにもないわ。二度と顔を見せないで」


 ナザリーンは振り返らずに仲間のもとへ戻った。


 自分本位の決断が、仲間たちにどれだけの影響を与えたのか、ジェイソンはようやく悟り、そして、深く後悔した。


 しかし、いくら自分を責めたところで、過去は戻ってこない。

 脳裏に浮かぶ『破断の斧』時代の日々の思い出。


 死力を尽くして格上モンスターを倒し、ハイタッチを交わした時。

 宝箱からレアアイテムを見つけて、皆で飛び上がって喜んだ時。

 酒場で酔っぱらい、他愛もない話に笑った時。


 どれもこれもキラキラと輝く宝石のように貴重な思い出だ。

 しかし、ジェイソンがそれを手にすることは二度とないのだ……。


 失意のまま立ち上がり、ギルドから出ようと重い足を引きずって歩く。

 そこに声をかけられた。


「なあ、兄貴。ジェイソンの兄貴」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 後悔先に立たず。


 次回――『勇者パーティー:ジェイソン編終幕2』


 ジェイソン編完結!

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