第53話 火炎窟攻略5日目4:火の試練3

 火炎窟攻略5日目4:火の試練3


【本文】

「つまんない」


 サラがボソッとつぶやいた。


 口数少なく表情乏しい彼女よりも、纏う炎が激しく揺れ動き、怒りの感情を雄弁に伝える。


 踊り、舞い、歌い上げるように、詠唱が始まった。


 ――無より起こりて、星火(せいか)と為(な)り。

 ――星火、燎原(りょうげん)を圧巻す。

 ――火樹(かじゅ)よ銀花(ぎんか)よ、闇を照らせ。


 ――種火。

 ――熾火(おきび)に。

 ――篝火(かがりび)よ。


 ――この夜、この世の、理(ことわり)すべて、焼いて燃やして消し炭に。


「――【活火激発(かっかげきはつ)】」


 詠唱が終わると同時――無数の火柱が天を衝(つ)く。


 高い火柱から、火蜥蜴が大群が迫り来る。

 今までと同じ攻撃だが、その量はケタ違い。


 このままじゃ――ダメだッ!!!


 火精霊に自律的に行動させていたら間に合わない。

 俺が直接命じてコントロールしなきゃダメだ。

 意識を割き、火精霊を操りながら、自分の身体も動かす――それしかない。


 二、三体なら試したことがあるが、この数は初めてだ。

 上手くやれるだろうか?

 でも、やらなきゃいけない。

 やるしかない。


 ――いくぞッ。火精霊たちッ!


 火精霊たちと意識をつなぐ。

 彼らの意識が一気に流れ込んでくる。

 意識の奔流(ほんりゅう)は、激しい頭痛というかたちで俺を襲う。

 頭が割れるように痛い。

 しかし、これに堪えねば。

 俺は必死で歯を食いしばる。


「グワアアアア」


 俺の叫び声が暗い空に響きわたる。


 万力で脳髄を締め上げ、石臼で意識を磨(す)り潰す――存在を手放したくなる責苦が永遠に終わらないのではという恐怖に心が折れかけた、その時――。


「はあはあはあはあ――」


 唐突に痛みは収まった。

 まだ頭がズキズキと痛むが、なんとかやれそうだ。

 呼吸を整える。そして、心の火を焚きつける。


 急に――。


 熱く心が燃え上がる。


 ――やれるッ! 俺はやれるッ!


 痛みを乗り越えた俺に、今度は快感の波が押し寄せる。


 火精霊たちと繋がる感じ。一体感。

 意識が共有される。

 火精霊の意識が俺に流れ込み、俺の意識が火精霊に流れ込む。


 俺たちはひとつだ。

 ひとつの火だ。

 火になった。


 ――俺は火だッ!!!


 手指を動かすように、火精霊を操り、突進してくる火蜥蜴を迎撃していく。

 俺が動かずとも、火精霊が動く。

 俺の思い通りに。俺の操るままに。

 俺自体が火になっていく感覚――。


 だが、火蜥蜴の猛攻は峻烈(しゅんれつ)を極めた。

 火精霊の防御網をかいくぐろうと前後左右、上空から、あらゆる角度で侵入を試みる。


 俺はすべての火精霊を同時に的確に操作し、火蜥蜴にぶつけていく。

 その中でも大火精霊の活躍はめざましく、他の精霊の倍近いスピードで広範囲をカバーしてくれる。


 それでも、すべては防ぐことは出来ず、防御網をすり抜けた何体かが俺に突っ込んでくる。

 けれど、なんの問題もない。

 今の俺には造作もない。


 数と速さはあるが、火蜥蜴の動きは直線的で単調。

 動きを見切り、躱し、かい潜(くぐ)る。

 まるで精霊たちと一緒にダンスを踊っているようだ。


 精霊を操り、弱った精霊に魔力を送り、自分の身体を動かす。

 三つのことを同時に行っている。

 今までだったら、絶対に不可能なことを、今、俺はやれている。

 これが精霊と繋がるということかと、本能で悟ることができた。


 ――俺の心は果てることなく高揚していくッ!!


 精霊と一体化する快感が俺を突き動かす。

 今なら、どこまでも強くなれる気がする。


 燃やせ、燃やせ、燃やせ。


 身体を燃やせ。

 心を燃やせ。

 意識を燃やせ。

 魂を燃やせッ!


 ――そして、すべてを燃やし尽くせッ!!!


 長いようで短い時間。

 絶え間なく続いていた火蜥蜴の攻撃が、一旦ストップする。

 どうやら、サラは最後の猛攻を仕掛ける気だ。


「行け」


 サラの号令で、残っていたすべての火蜥蜴が俺に襲いかかってきた。


 だが、俺はッ――凌ぎ切るッ!


 大火精霊を炎剣に戻し、俺も迎撃体勢で立ち向かう――。


 火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴。火蜥蜴――――。


 360度。全方位から火蜥蜴が襲ってくる。

 火精霊たちも必死になって迎撃するが、やはり、撃ち漏らしはかなり増えた。


 俺は回転しながら、炎剣を∞の軌跡で斬り続ける。


「――【無限斬(インフィニティ・スラッシュ)】」


 誘蛾のごとく、火蜥蜴たちは俺の剣扇に吸い込まれ、姿を消していく。

 だが、中々終わらない。

 俺は雄叫びを上げながら、剣を動かし続ける。


「炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、炮、――――ッ!!!」


 剣を振るたび、俺の心は炎に近づいていく。

 近寄るものはすべて焼きつくす、炎そのものへと。


 やがて――すべての火蜥蜴は倒れ、静寂が訪れた。

 聞こえてくるのは火精霊が風を切る音と俺の心音だけだ。

 俺たちは凌ぎ切ったのだ。


「ふーん。お遊びはお終い」


 サラが右手を前に差し出すと、辺り一面で燃え盛っていた炎が消える――いや、正確には、彼女の中に吸い込まれるように戻っていった。


「一対一で、燃やし合いましょう」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 『炮』

 音読み:ホウ

 訓読み:あぶる、やく

 ①あぶる。やく

 ②おおずつ。大砲。(goo辞書)


 次回――『火炎窟攻略5日目5:火の試練4』


 サラ「ちょっと本気出す」

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