第54話 火炎窟攻略5日目5:火の試練4

「一対一で、燃やし合いましょう」


 すぅー、と。

 サラは音もなく地面に降り立った。

 そして、右手をクイクイッと動かす。


 かかって来いと言ってるようだ。

 接近戦がお望みか。


 あからさまな挑発だが、俺はためらった。


 サラには至近距離からでも放てる【火炎弾】がある。

 飛び道具であれだけの威力だ。

 直接攻撃はもっと威力が高いかもしれない。


 小手先の技は通用しないだろう。

 身体強化して殴り合うのが一番だ。

 防御重視で行くべきか、攻撃重視で行くべきか。


「どうしたの? かかって来ないの?」


 その上、サラには不思議な回避術がある。

 不意打ちに近い突きも、身体がブレるように消えて回避された。

 あの技を連続されたら、一撃入れるのすら至難の業だ。


「じゃあ、こっちから行く」


 言うや否や、なんの気負いもなく突進して来る。


 ――マズいッ。


 考えている暇はない。

 防御に全振りで受けるしかない。

 全ての火精霊に俺を纏う鎧になるよう、慌てて指示する。


『火の精霊よ、我が防具に宿り、燃え盛る防具となれ――【炎防具(フレイム・アーマー)】』


 俺もサラと同じように、全身に炎の鎧を纏った姿になり、待ち構える。


 しかし、サラの突進は想像以上に速い。

 炎鎧を纏った頃にはもう目の前にいる。

 ギリギリだ。回避する時間はない。

 唯一の選択肢は――両腕を胸の前でクロスして受け止める。


 サラは右腕を前に伸ばし、宙を飛んで突っ込み――俺と衝突する。


 もの凄い衝撃だ。

 なんとか受け止めることが出来たが、その体勢のまま10メートルほど後退していた。

 腕に気を取られすぎていたら、足が持たずに吹き飛ばされていただろう。

 全身で衝撃を受け止められたから、耐えることが出来たのだ。


 ――たしかにサラは強いが、俺も負けてはいない。


 俺もサラも、その場で攻撃を繰り出す。

 至近距離での打ち合いだ。

 一昨日のカヴァレラ師匠との模擬戦を思い出す。


 サラの一撃は重く、繋ぎも速いが、力任せの攻撃だ。

 技量ではカヴァレラ師匠の足元にも及ばない。

 これなら、俺でも十分に打ち合える。

 パワーとスピードでは向こうに分があるが、その差はテクニックで補える。


 俺とサラは互角の打ち合いを続けて行く。


 打ち合う度に、攻撃衝動が、怒りが、俺の心の中で膨れ上がる。


 モヤセ。コワセ。コロセ。


 一打ごとに俺の攻撃は速くなり、重くなっていく。

 火精霊の力を借りて、俺は自分の限界を超えていく。


 ――ズバンッ。


 俺の手刀がサラの右腕を肘から切り飛ばす。

 初めての有効打だ。


 しかし、サラは動じていない。

 すぐに、腕が再生し、炎に包まれる。


「なっ!?」

「火は再生する。消えない限り、いつまでも」

「反則じゃねえかっ!?」

「それが火という存在」


 クソッ。せっかく戦力を削れたと思ったのに……。

 だが、こんなことでめげる俺ではない。

 俺の持久力とサラの再生力、どっちが先に音を上げるか、勝負だッ!


 今の俺は信じられないほど強化されている。

 何度もサラの身体を壊し、千切り、叩き潰していく。

 しかし、その度に何事もなかったかのようにサラの身体は再生していく――。


「――その方法は、やるだけムダ」


 腕や足を何度飛ばしても、すぐに生える。

 胴体に開けた穴も、すぐに塞がる。

 それでは、と頭部を吹き飛ばしたが――。


 同じように頭部が再生。

 サラは玩具に飽きた子どものように言い放った。


「それだけ?」


 今の戦闘、俺が押していたとはいえ、無傷ではないし、魔力も消費している。

 サラの頭部が再生するまでの間に、俺は中級回復ポーションと中級魔力回復ポーションを飲み干して回復を済ませた。


 こっちの攻撃は一切通じない。

 斬ろうが、潰そうが、すぐに復活してしまう。

 消耗戦になったらジリ貧。

 どうしたら良いんだ……。


 焦燥感に苛まれる中、その瞬間は、なんの前触れもなく、いきなり、訪れた――。


 ――ドクンッ。


 心臓がひとつ、大きく打つ。


 視界が真っ赤に染まり、破壊衝動が俺を塗り尽くす。


 焼け。

 灼(や)け。

 燒(や)け。


 燃やせ。

 焦がせ。

 焼き尽くせ。


 サラを見ていると殺意が湧いてくる。

 その殺意は俺を飲み込み、俺自身が殺意の塊となった。


「殺すッ!!!!!」


 飛びかかる俺の瞳に映ったのは、サラの悲しい目だった。

 けれど、それを気にする余裕はない。

 頭の中には、サラを殺すことしかなかったのだ。


 連撃がサラの身体を吹き飛ばしていく。

 右手、左足、頭部、腹部、左手、胸部、右手――。


 しかし、サラの再生力は衰えない。

 俺の攻撃がムダだと嘲笑うかのごとく、どれだけ攻撃しても再生は終わらない。


「クソッ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ」


 技もなにもない。

 我武者羅(がむしゃら)に両手両足をサラに叩きつけるのみ。


 ――ドンッ。


 サラが突き出した両腕が俺の胸を叩き、俺は数メートル後ろまで地面を転がった。

 ダメージはほとんどない。まだ戦える。

 サラから反撃されたことで、怒りが一層燃え上る。


「まだやるの?」


 サラの瞳から燃えるように赤い涙が溢れる。

 今の俺にはその涙すら憎く感じられた。


「ああ、ゼッテーお前を殺す。殺して、殺して、殺して、殺し尽く――」


 途端。先日の情景が頭をよぎる。


 ――ストップだッ!


 両手を高く上げ、カヴァレラ師匠が大声で叫ぶ。


 道場での一場面。

 精霊に飲まれ暴走しそうになった俺。


 俺はハッとなる。

 大火精霊が心配そうに、俺の頬をさする。


「お前も心配してくれるのか。ありがとな、でも大丈夫だ」


 思い出す――。


 ――激しい感情は破滅と紙一重だ。暴走した精霊は術者の魂まで喰らい尽くす。


 ――命を燃やすほどの激情に心を任せ、なおかつ、それを冷徹な理性で制御するのだ。


 精霊王様の言葉。

 カヴァレラ師匠との模擬戦。

 大火精霊の温かい気遣い。


 あの時と同じ過ちを犯すところだった。

 完全に精霊に飲まれていた。

 サラを殺すことしか頭になかった。


 これは火の試練だ。

 目的は試練を乗り越えること。

 サラを殺すことじゃない。

 また、目的を見失っていた。


 精霊王様、カヴァレラ師匠、大火精霊。


 誰か一人でも欠けていたら、俺は危なかったかもしれない。

 俺はあらためて三者に感謝しながら、サラと向き合った。


「すまなかったな。ちょっと寄り道して道に迷っていた。もう、大丈夫だ」

「そう。でも、サラは失望した。そして、怒っている。だから、もう、手加減しない」






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 やっててよかったカヴァレラ式!


 次回――『火炎窟攻略5日目6:火の試練5』


 火の試練、完結!

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