第52話 火炎窟攻略5日目3:火の試練2

「面白い。じゃあ、これはどう?」


 サラはかすかにほころぶ。

 俺同様、サラも戦いを楽しんでいる。

 それが伝わってくる。


「――【火弾全射】」


 サラの周りに無数の火弾が浮かび上がる。

 虚空を埋め尽くす――とんでもない量だ。


「行け」


 サラの合図で全ての火弾が一斉に襲いかかってくる。

 これまでとはケタ違い。

 避ける隙間は皆無。

 視界が赤一色に染まる。


 ――回避は不可能。防ぐしか手はないが……出来るのか?


「いやッ。やるしかない。精霊達よ、俺に力を貸してくれッ」


『火の精霊よ、集いて壁を成せ――【火壁(ファイア・ウォール)】』


 周りにいる火精霊たちが前方に集まり、盾になってくれる。

 俺は抜けてきた火弾だけを対処すればいい。


 ――これならなんとか凌(しの)げるかッ。


 容赦なく畳み掛ける火弾の嵐。

 だが、九割方は火精霊が防いでくる。


 問題は残りの一割。

 自力で対処するしかない。

 炎剣で叩き落とし、方向をそらし、受け止める。


 早くッ、速くッ、疾くッ――。


 回転数を上げろ。

 身体を回し続けろ。


 腰を回し。

 腕を回し。

 脚を回す。


 剣術も体術も同じだ。


 カヴァレラ師匠にフォームを修正してもらったおかげで、以前より無駄なく身体を動かせる。


 炎剣を一度振るう度に、心は燃え、身体は熱くなっていく。

 それにつれて、剣速も上昇していく。


 見えるッ、視えるッ、観えるッ――。


 時間の流れがゆるやかに感じられ、火弾の動きもゆっくりに見える。

 それに比して、俺の剣はどこまでも疾くなっていく。


 無限とも思えた火弾の幕。

 それを防ぎ切り、最後の一発を斬り落とす――それと同時に。


 前方へ駆け出し、サラとの距離を一気に縮める。

 駆け抜ける勢いすべてを剣に乗せ――サラの胴体目掛けて一突きッ!!!


 確実に捉えたッ!

 タイミングは完璧。

 避ける暇はない。


 そのはずが――。


「なにぃ!?」


 刹那。

 サラの身体がブレる。

 俺の剣がとらえたのは、残像だった。

 右にズレたサラは至近距離から――。


「――【火弾単射】」

「クッ」


 体勢は崩れたまま。

 回避は不可能。

 突いた剣を引き戻しても間に合わない。

 絶体絶命ッ。

 背に腹は変えられぬ。


「力を貸してくれッ!」


 大火精霊に声をかける。

 炎剣から姿を変えた大火精霊が、俺の右手に覆いかぶさった。

 その手のひらをサラに向けて突き出す。


 着弾のタイミングに合わせ、炎に包まれた手で火弾を打ち払う。

 右手に激痛が走るが、直撃は免れた。


 だが、痛みを気にしている場合ではない。

 この至近距離で追撃を喰らっては堪らんと、バックステップで距離を取る。


 右手が激しく痛む。

 指はあらぬ方向に折れ曲がり、焼けただれている。

 これほどの痛みは久しぶりだ。


 しかし、火精霊が衝撃を和らげてくれたおかげで、指の欠損はない。

 これなら、ポーションでなんとかなる。


 俺は再度、中級回復ポーションを取り出し、一息で飲み尽くす。

 時間を逆戻しするかのごとく、傷は癒えて元通り。


 怪我は負ったが、致命的ではない。

 ポーションのストックはまだまだ余裕。

 これなら十分戦える。


 俺は炎剣をサラに向け、戦意を示す。

 途端、身体がカッと熱くなる。


「耐えた。じゃあ、これは?」


 サラが一段と深く微笑み、詠唱を始める。


 ――火は燃える。


 ――燃え上がり。

 ――燃え移り。

 ――燃え盛り。

 ――燃え広がる。


 ――飛び交う火の粉よ

 ――散る火の雨よ。

 ――荒れ狂い打つ火の海よ

 ――火焔を上げて燃え誇れ。


「――【烽火連天(ほうかれんてん)】」


 草原が地の果てまで、火で覆い尽くされる。

 赤く。赤く。赤く。

 世界が炎で染め上げられた――。


「くそっ、これ反則だろッ!」


 魔法の発動とともに、すぐさま炎剣を薙ぎ払ったおかげで、俺の周囲1メートルは燃えていない。

 しかし、それ以外は足の踏み場もない火の海だ。


「これじゃあ、近づくこともままならないな……」

「どうしたの? そこから動かないの?」

「チッ……」


 空に浮かび上がったサラが、見下すように言い放つ。

 見上げる俺は反論できなかった。


――どうにか、手を考えないと。


 この状況で火弾を連発されたら耐え切れない。

 その前になんとか手を打たないと。

 サラはまだ俺を見くびって、全力を出していない。

 そこに付け入るしかないな。


 だが、考えがまとまらない内に、サラに先手を打たれる。


「さあ、行け。我が下僕(しもべ)たちよ。華麗に舞え、火炎のごとく――」


 サラの命令で、辺りの火からいくつもの蜥蜴(とかげ)の形をした火の塊が飛びかかってくる。

 10センチに満たないが、その数は尋常じゃない。

 第20階層ボスのフレイム・バットを思い出すが、数の暴力はその比じゃない。

 とてつもない、重圧(プレッシャー)だ。


 俺一人で防ぎ切るのは到底不可能。

 火の精霊の力を頼るしかない。


『火の精霊よ、迫る敵を攻撃せよ――【火撃(ファイア・アタック)】』


 広範囲を覆う火壁(ファイアウォール)の強度では火蜥蜴の突進を防ぎきれないと判断し、俺は火精霊に迎撃を命じた。


 飛んで来る火蜥蜴を火精霊が迎え撃つ。

 衝突する二体。

 軍配は火精霊に上がり、火蜥蜴は消滅する。


 火精霊も一回り小さくなるが、俺が魔力を送り込むと元のサイズに戻った。

 これなら、魔力が途切れない限り大丈夫だな。


 何体も同時に飛びかかって来る火蜥蜴だが、こちらの火精霊も十九体。

 彼らは飛び回って、全てを撃ち落として行く。


 俺の役目は魔力を送り込み、火精霊を回復させること。

 まさか、ヒーラーを務めることになるとは思わなかったが、本来、精霊術士は後方支援職。

 こういう戦い方もある。


 回復役に徹し、火蜥蜴の猛攻に耐え続けていると、サラがボソッとつぶやいた。


「つまんない」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 そう言えば、「残像だ」の人も火属性だったね。


 次回――『火炎窟攻略5日目4:火の試練3』


 ラーズ「えっ? さっき、面白いって言ったじゃん!」

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