第51話 火炎窟攻略5日目2:火の試練

「……ここは?」


 気がついたら、俺は真っ白な空間にいた。

 以前、精霊王様と会ったときと同じような空間だ。

 そして、隣りにいるはずのシンシアがいない。


「シンシアッ?」


 さっきまで俺たちはダンジョン最奥の間にいた。

 クリスタルが赤い色に変わり、そして――。


「――安心せい」


 低い声が聞こえてくる。

 それと同時に、目の前に巨大な赤い光の塊が出現した。

 光の塊は形を変え、朧げな人型をとる。


「あなた様は?」

「火の精霊王だ」

「火の精霊王様……」

「安心せよ、お主の仲間はあの場所に留まっておる」

「そうですか。それを聞いてホッとしました」

「あそこは安全だ。それに、お主もすぐに戻れる」

「すぐにですか?」

「ああ、あちらとこちらでは時間の流れが違う。ここはゆっくりと時間が流れる世界じゃ。長居したところで、向こうでは数分もたっていないであろう」

「そうですか」


 シンシアの安全が保証され安心したことで、いくつもの疑問が湧き起こる。

 それが表情(かお)に出ていたのか――。


「どうやら、疑問があるようじゃの。答えてやってもいいのだが、その前にお主には試練を受けてもらわねばの」

「試練……ですか?」

「ああ、そうだ。我が力を授けるに相応しいか、お主に示してもらいたい」


 精霊王様がおっしゃっていた「真のダンジョン制覇」――この試練がそれのことか。


「ただし、厳しい試練だ。下手をすれば命を落とすこともある。それでも挑むだけの気概を持っておるか?」

「…………受けさせていただきます」

「ははっ。良い顔つきだ。それでは、見せてもらおう。お主と精霊の結びつきを――」


 火の精霊王様の言葉とともに視界が暗転し――世界が変わる。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――草原だ。


 見渡す限りの草原だ。

 遮蔽物は何もない。

 脛(すね)まである下草だけが、地平の果てまで続いている。


「火の試練。全てを出しきり、乗り越えてみせよ」


 声が響く。

 火の精霊王様の声だ。

 脳内に直接響いた気もするし、世界全体に響いた気もする。


「己の炎は全てを燃やし尽くすか、あるいは――」


 突如、上空が紅く染まる。

 釣られて見上げ、あまりの存在感に動きが止まってしまった。


 落ち来たるのは、赤く巨大な隕石だ。

 天を舐め、長く尾を伸ばし、空を切り裂き、迫って来る。

 隕石は俺目掛けて墜ちて来る――。


――ドゴォォォン。


 間一髪。

 反射的に地面を転がり、ギリギリで回避できた。


「ふう。危ねっ。いきなり手厳しいな」


 起き上がり、燃え盛る隕石を振り返る。

 激しく衝突したというのに、隕石は欠けた様子もなく、火焔(かえん)を吹き続けている。


「油断できないな」


 もう試練は始まっている。

 何が起こるか分からないが、まずは精霊の加護を……。

 しかし、精霊術を行使しようとして気がついた――。


「火の精霊しかいない……」


 いつもは火風水土、四種の精霊がいるが、この世界にいるのは火の精霊だけだ。


「火の試練というくらいだから、それも当然か」


 ここは火の精霊王様が創りだした世界。

 他の精霊は使えない。

 火精霊の力だけでなんとかしろ、ってことなんだろうな。


 俺が今ここで使役できる火精霊は二十体。

 そのうち一体は、他の火精霊よりもひと回り大きい。

 精霊石を与えたヤツだ。

 そいつ――大火精霊と呼ぼう――は、他よりも生きが良く、元気に飛び回っている。


「励ましてくれてるのか?」


 ともかく、他に頼れないから、火精霊だけで試練に臨むしかない。


『火の精霊よ、我に加護を与えよ――【火加護(ファイア・ブレッシング)】』


 火精霊のバフをかけて、試練に備える。

 そうこうしている内に、隕石が音もなくパカリと二つに割れた。

 中から現れたのは――。


「我は火の精霊王が娘、燎燐(りょうりん)のサラ」


 炎と一体化した少女だった。


 身長は俺より少し高い。

 スレンダーな身体にスラリと長い手足。

 衣服の代わりに、揺らめく炎を纏っている。

 身体の輪郭は曖昧で、指先や足元は炎と溶け合い、どこまでで身体で、どこまでが炎なのか判別できない。

 纏う炎と対照的に、透ける様に真っ白な肌。

 燦燦(さんさん)と煌(きら)めく紅い髪をなびかせ、灼光(しゃっこう)のごとくこちらを見射(みい)る赫(あか)い双眸(そうぼう)。


 サラと名乗った少女からは、精霊王様に匹敵するほどの濃い精霊の匂いが漂って来た。


 ――こりゃあ、ハンパない相手だ。


 今まで戦ってきたどんな強敵もザコに感じられる。

 確かにこれは、油断したら死ぬな。

 しかも、今は火の精霊しか使えない状態。

 控えめに言って、死ぬほどヤバい状況だ。


「ラーズ。サラが遊んであげる」


――死ぬかもな。


 だが、俺は己を鼓舞する。

 火精霊の力を借りて、心の炎に火を灯す。

 俺の心が燃え上がるのに合わせて、周囲を飛んでいる火精霊たちも活気づく。


「ああ、やってやろうじゃないか」


 サラの射(さ)すような視線を正面から受け止め、負けじと射返す。

 俺は一人じゃない、火精霊たちがついている。

 死んでたまるかッ。


『火の精霊よ、燃え盛る剣となれ――【炎剣(フレイム・ソード)】』


 お願いしたのは大火精霊だ。

 大火精霊は他の火精霊より大きいだけではなく、性能も一段上だ。


 大火精霊が炎剣へと姿を変えた。

 通常より激しく燃え盛る濃密な炎を纏っている。


「頼むぜッ! 相棒ッ!」


 俺は炎剣を前に構え、サラと対峙する。


「サラを楽しませて――」


 サラが左手を前に出し――。


「――【火弾単射】」


 その手から火弾が勢い良く発射され、俺目掛けて飛んで来る――。


 かなり速いスピードだ。

 けれど、稲妻ほどの速さではない。

 俺を狙ってくることが分かっていれば、躱すことは容易い。


「ほう。では――」


「――【火弾単射】」

「――【火弾単射】」

「――【火弾単射】」


 ……………………。


 サラが火弾を連射してくる。

 だが、相変わらず狙いは単調。

 この程度なら、反撃も可能だッ!


 火弾が増えるのに合わせて、俺の心も燃え上がっていく。

 最小限の動きで火弾を避けながら、サラに近づき――炎剣を振るう。


 俺の動きを見たサラは攻撃を中断し、バックステップで炎剣を回避。

 さすがに、この程度じゃ通用しないようだ。

 さらに連撃で畳み掛けようとすると――。


「なかなかやる。これはどう?」


「――【火弾双射】」


 今度は一度に二発の火弾を放ってきた。

 火弾自体は先程より一回り小さくなっている。

 しかし、二発同時に襲いかかって来る。


 俺は瞬時に射線を把握。

 両方回避は無理と判断。

 片方を避け、もう片方は――。


「叩くッ!」


 飛んで来る火弾にタイミングを合わせ、炎剣を振り抜く。

 炎剣に衝突した火弾は軌道を変え、あらぬ方向へ飛んで行く。


 ――どうだッ!


 どんどんテンションが上がっていく。

 恐怖はなくなり、戦いが楽しくなってくる。


「まだまだ――」


 楽しそうな笑みを浮かべ、サラの攻撃は少しずつ苛烈さを増していく。


「――【火弾三射】」

「――【火弾四射】」

「――【火弾五射】」


 ……………………。


 飛んで来る火弾の数が増えていく。

 一発あたりの威力は落ちてるが、しかし、確実に難易度は上がっている。


 避け、躱し、なぎ払い――。

 必死で火弾を回避し続ける。


 しかし――。


「うッ!!」


 直撃こそ避けれたものの、火弾のひとつが右腕を掠(かす)めた。

 肉の焼ける匂いに顔を顰める。

 バロメッツの黒ローブには穴が空き、肉がえぐり取られ、ヒドい火傷跡。


「クッ……」


 俺は慌ててマジック・バッグから中級回復ポーションを取り出して、一気に呷(あお)る。

 即座に傷は癒え、綺麗に元通りになる。

 そして、ローブに魔力を流すと、ローブの自動修復機能によって、穴がふさがっていく。


 たった一発かすっただけで、コレだけのダメージ。

 死と隣り合わせの状況に、怯えるどころか愉悦を感じる。


――俺はまだまだ戦えるッ!


「余裕なくなった?」

「いやいや、まだまだこれからだ」


 自然と口角が持ち上がる。

 剣を構え、鋭い視線でサラを射る。


「面白い。じゃあ、これはどう?」


 サラは笑顔で言い放つ――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 バロメッツの黒ローブについては第18話『新拠点』参照。


 火炎少女サラちゃん、華麗に登場!


 サラ「やばっ、登場の位置ズレた。当たっちゃうところだったよ」


 次回――『火炎窟攻略5日目3:火の試練2』


 サラ「ギア上げる!」

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