第46話 火炎窟攻略3日目1:カヴァレラ道場
「お世話になりましたっ! ご飯まで頂いちゃって、ありがとうございましたっ!」
三人で朝食を取った後、元気いっぱいなセラを見送る。
昨晩の女子会が上手くいったのか、晴れやかな表情だった。
「もう会えないかもしれないけど、セラちゃんも元気でね」
「頑張れよ」
「はいっ!」
冒険者の出会いは一期一会。
次に出会える保証はないのだ。
特に、俺たちはすぐに次の『ツヴィーの街』に向かう。
セラと再度会う可能性はほとんどないだろう。
しかし、別れを惜しんだりはしない。
笑って別れを告げる。
それが冒険者の流儀だ。
それはセラも分かっているようで、大きく手を振ると去って行った。
「上手く行ったみたいだな」
「ええ、いっぱい話し込んじゃった」
「それで、今日はどうする予定?」
一昨日、昨日とダンジョンに潜った。
冒険者のセオリー「2の1」に従って、今日は休みだ。
「会いたい人に会って、あとは甘味巡りかな? ラーズも一緒に来る?」
「いや、俺も会いたい人がいる」
「あら、どんな人かしら? 可愛い女の子だったりして」
俺たちがここ『アインスの街』に滞在するのは一週間程度の予定。
休日は今日と後一日くらいだろう。
俺は三年、シンシアは五年、この街で過ごした。
冒険者を始めた頃の思い出いっぱいの場所だ。
行きたい場所もあるし、会いたい人もいる。
全部を回ることは不可能だ。
時間が足りなすぎる。
だから、どうしても優先順位をつけなければならない。
「いや、師匠だ。以前アインスにいた時に世話になった人なんだよ――」
◇◆◇◆◇◆◇
家を出た俺は大通りを北に進む。
しばらくすると街の中心にある冒険者ギルドとダンジョン入り口が視界に入るが、どちらも今日の目的ではないので素通りする。
そして、そのまましばらく進むと目的地だ。
広い空き地。
間隔を開けて立てられた木人。
二十人ほどの冒険者。
二年経っても相変わらずな風景だ。
その中に目的の人物を見つける。
俺が歩み寄ると向こうも気づいたようだ。
「お久しぶりです、師匠」
「おお、ラーズか。久しいの」
カヴァレラ流体術道場師範のカヴァレラ師匠だ。
師匠は十年ほど前に冒険者を引退し、今では後進の指導に第二の人生を捧げている。
もう四十代も半ばだというのに、いまだ衰えておらず、鋼のような筋肉をまとっている。
ちなみに、道場といっても、教えてるのはカヴァレラ師匠だけだ。
門下生はとらず、誰でもここに来れば、体術を教えてもらえる道場で、時間も自由。
来たい時に来ればいい、帰りたい時に帰ればいいという方針だ。
これは冒険者にとってみれば、非常にありがたいことだ。
自由なイメージの冒険者だが、パーティーを組んでいる以上、決まった時間に予定を入れるというのは意外と難しいのだ。
師匠は俺に手を振り、そして、俺の目をじっと覗き込んでくる。
「目は死んでいないようだな」
「はい、まだ折れていません」
「一発入れてみろ」
「押忍ッ!」
昔と変わっていないな。
入門したときもそうだったし、事あるごとに「一発入れてみろ」と言われたものだ。
俺は空いている木人に向かう。
高さ二メートルくらいの木で出来た人形。
ただの木ではなく、丈夫なダンジョン産素材で出来ており、師匠が殴っても壊れない頑丈なシロモノだ。
師匠が本気を出したらどうなるかは知らないが……。
木人に向かう俺に、冒険者たちの視線が集まる。
「カヴァレラ流体術道場」の名前の通り、体術を専らとする【拳士】が半分以上を占めるが、【剣士】などの他の前衛職も学びに来ている。
体術は武器を使う戦闘においても役立つからだ。
さすがに、後衛職は俺くらいだったが。
ともあれ、今は集中だ。
木人に向かい合い、足を開いて、腰を落とす。
目を閉じて、大きく深呼吸。
右腕を鋭く前に突き出す――。
――正拳突き。
ドォンという音とともに、木人が揺れる。
「良い突きだ。たしかに折れてはいないようだな」
師匠が後ろから声をかけてくる。
久しぶりだったので少し不安だったが、認めてもらえたようだ。
「話は聞いている。心配してたのだが、安心したぞ」
師匠の耳が早いのか。
噂が広まるのが早いのか。
俺の事情は筒抜けのようだ。
「アインスに来た理由は?」
「ええ、一からやり直そうと思いまして」
「…………ほう」
「新しい力も手に入れました。信頼出来る仲間とも出会えました。俺はもう一度ここからやり直します。そして、絶対に五大ダンジョンを制覇してみせます」
「そうか……。お主なら、本当に成し遂げて見せるかもな」
「はいっ!」
「それで今日はなんの用だ? 顔を見せに来ただけではあるまい」
「ええ、フォームを確認していただきたくて」
「お主は精霊術使いであろう。ファーストはともかく、サードでは直接戦闘は無理じゃないのか」
師匠も元は【2つ星】冒険者。
俺と同じく、サード・ダンジョンに挑んだ者だ。
俺なんかよりもよっぽどサード・ダンジョンには詳しい。
元冒険者というのは失礼かもしれない。
ダンジョン攻略を引退してこの街に来てからも、師匠は定期的にファースト・ダンジョンに潜っている。
噂では、ソロで第30階層のラスボス討伐をしているとか。
引退した冒険者はあっという間に衰えてしまう。
どういう理屈なのかは知らないが、ダンジョンに潜らなくなると、急激に弱体化するのだ。
【2つ星】であっても、一年も潜らなかったら、一般人並の強さに戻ってしまうらしい。
だから、師匠や冒険者ギルドマスターのハンネマンさんの様に、引退後も戦力を維持する必要がある人間は、定期的にダンジョンに潜る必要があるのだ。
師匠はジョブランク3の【戦拳闘士】。
師匠のような優秀な冒険者でも、サード・ダンジョン途中で引退したのだから、いかにダンジョン攻略が過酷で困難か分かるだろう。
「ちょっと、理由がありまして。これからは直接戦闘メインでやっていくことにしました」
「ふむ。だてや酔狂で言っているわけではないようだな。よかろう、理由は問わん。その依頼引き受けた」
「ありがとうございます」
「いつまでアインスにいるんだ?」
「あと数日です。ここに来れる機会も、もうないでしょう」
「では、新しいことは教えられんな。基礎の確認くらいしか出来んぞ」
「ありがとうございます。それで十分です」
アインスにいた頃は暇があればここに通っていた。
しかし、アインスを離れてからは、段々と前衛をこなす機会も減り、師匠のような専門家にフォームを見てもらう機会もなくなった。
これからは精霊を纏った殴り合いをすることも多くなる。
これを機会に、自己流でついたクセを直したい。
そう思って、師匠の下にやって来たのだ。
「――よし。こんなもんだな」
「ありがとうございましたっ」
「ヒドいクセはついてなかったから、修正するのは楽だったぞ」
結局、二時間ほど、ほぼ付きっきりで見てもらった。
自分でも意識していなかったクセをいくつも指摘してもらい、それを改善したら想像以上に身体がスムーズに動くようになった。
本当、師匠には頭が上がらない。
長時間、師匠を独り占めしてしまい、他の弟子たちに申し訳なく思ったが、師匠が言うには――。
「なに、他のヤツらは明日死ぬことはない。だが、オマエは明日死ぬかもしれん。そういう生き方をしてるのだろ?」
とのことで、返す言葉がなかった。
「よし、久々に組手するか」
「えっ、ありがとうございます」
師匠との組手。
これほどありがたい事はない。
まさか、そこまでしてもらえるとは思わなかった。
「おい、コイツを見ろ」
師匠が俺を指して、大きな声を出す。
弟子たち全員が俺に注目する。
「こいつは【2つ星】だ」
「「「おおおおおっ」」」
「そして、後衛職だ」
「「「えっ???」」」
「今からコイツと組手をするから、よく見ておけ。見るのも修行のうちだ」
「「「はいっ!!」」」
俺と師匠は少し離れて向き合って立つ。
ギャラリーからの注目を浴びるが、目を閉じて深呼吸すれば気にならなくなる。
これくらいの切り替えは、星持ちなら誰でも出来る。
「――はじめっ!」
俺も師匠も左足を前に出したオーソドックス・スタイル。
師匠は構えたまま動かない。
最初は俺に攻めさせるようだ。
ゆっくりと間合いを詰めていく。
師匠はまだ動かない。
左腕をL字に構え側面をガードしたまま、まずは様子見と左ふくらはぎを狙って右カーフキック――ステップで簡単に躱される。
次いで、軽くジャブ。最小の動きで避けられる。
もう一発ジャブからのワンツーを打とうとしたところで――俺は慌ててバックステップ。
師匠からカウンターを喰らいそうな気がしたからだ。
しかし、師匠はほとんど動いていない。
左足を軽く踏み出し、肩を揺らしただけ。
フェイントだ。
師匠のフェイントにビビって、俺は下がってしまったのだ。
やっぱり、師匠は強いな。
ちょっとやりあっただけで理解した。
「どうした? 終わりか?」
「いえ、行きますッ!」
これは殺し合いじゃない。
組手だ。
負けてどうにかなるわけじゃない。
胸を借りるつもりで、思い切って行けばいい。
俺は気を取り直して、師匠に挑みかかった――。
それからしばらく攻めたが――躱され、受けられ、間合いを外され、フェイントで騙される。
俺の攻撃は全部いなされた。
一度、仕切り直そうと距離を取ったところで――。
「じゃあ、そろそろ、こっちから行くぞ」
その瞬間、師匠が距離を詰める。
ハイキックから始まる、両手両足を駆使した流れるような連撃。
反撃する機会こそないが、これなら受けられる。
そう思っていたら――。
「やるのう。ギアを上げるぞ」
師匠はさらに加速する――。
一撃一撃を受けるので必死だ。
しかも、少しずつ遅れている。
その遅れが積み重なり、ついに、体勢が崩れる。
そこに師匠の拳が俺の顔面へ――。
「参りました」
ピタっと寸止めされた拳。
完敗だった。
少しは強くなった気でいたが、師匠は遥か高みにいる。
今の俺ではどう足掻いても勝つことは出来ない。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『火炎窟攻略3日目2:組手』
師匠「年寄りだから手加減してな」
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