第45話 勇者パーティー13:情事の後で

 夕方、クリストフは目を覚ました。


 ――やってしまった。


 後悔の念がクリストフ頭をよぎる。

 衝動に任せてクウカの初めてを奪ったことを想っての後悔ではない。

 今後予想される面倒事に対しての後悔だ。


 クリストフにとって男女の営みはあくまでも遊びに過ぎない。

 惚れた腫れたの面倒事に巻き込まれる気はさらさらなかった。

 だから、本気にならず、割り切れる相手だけを抱いてきた。

 それなのに……。


 しかも、同じパーティーメンバーだ。

 飽きたからと言ってポイッと捨てられるわけでもない。


 だから、今までクウカには手を出さなかった。

 確かに彼女は【聖女】の名に恥じない清廉で美しい少女だ。

 しかし、面倒事を背負い込んでまで、彼女とどうこうする気はクリストフにはなかった。


 自分の優れた容姿と冒険者としての名声があれば、手頃な相手に困ることはないと思っていたし、実際、そうであったからだ。


 ――あれだけ避けていたのに、やってしまった。


 あの時は大きな何かに飲み込まれそうで無我夢中だった。

 だから、溺れる者がすがりつくように、クウカを求めてしまった。

 そうするしかなかったのだ……。


 しかし、どんな言い訳をしても、起こってしまったことは変えられない。

 クリストフは張り付いた口内を潤すために、サイドテーブルに置かれた水差しに手を伸ばした。


「おはよう、クリストフ」


 背中からかけられた声にクリストフはドキリとする。

 シーツを上げて顔の半分を隠し、恥じらうように頬を染めるクウカ。

 その姿にクリストフはドキリとする。


「あっ、ああ。おはよう」


 クリストフは初心(うぶ)な少年のように取り乱す。

 自分でもなぜこんなに動揺するのか理解できなかった。


 貞操を失ったばかりだ(とクリストフは思い込んでいる)というのに、クウカの振る舞いは穢れ無き純真な乙女のまま。

 その様はまさに【聖女】そのものだった。

 至近距離で見つめ合うと、クリストフは彼女の瞳から目をそらす事が出来なくなってしまった。

 瞳に吸い込まれるとはこういう事を言うのだろう。


「あんまり、見ないで下さい。恥ずかしいですから」

「あっ、ああ。スマン」

「なんか、照れくさいですね」

「あっ、ああ」


 クリストフは視線を外し、上ずった返事を返す。


「キス……してくれませんか?」

「えっ」


 柔らかくクウカと再度視線が合い、クリストフはカッと熱くなる。


「キスして……欲しいです」

「ああ」


 たかがキス。

 先ほどの情交の際には、何度も何度も数えきれないほど交わした。

 それも激しく蕩けるようなキスを。

 なのに、なんでこんなにドキドキするのか。

 クリストフは自分でも分からなかった。


 ぎゅっと目を閉じ、ほんの少し突き出された薄桃色の唇。

 その唇に吸い寄せられるようにして、クリストフは唇を重ねた。

 一瞬だけ触れ合い、すぐに離れる優しい口づけ――。


 心と心が触れ合うような刹那の接触。

 クリストフは幸せを実感した。


「えへっ。幸せです〜」

「ああ、俺もだ」


 自分でも信じられないような言葉がクリストフの口をついて出た。


「えへへ〜。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいです」


 顔を隠すようにシーツをずり上げたせいで、シーツ越しに均整のとれた肢体がシルエットになって浮かび上がる。

 欲情を刺激するシーツに隠れた身体と、シーツから覗くあどけない少女の愛らしさ。

 そのギャップにクリストフは思わず見惚れてしまう。


「先にシャワー浴びてもいいですか?」

「ああ、そうだな」


 のぼせたクリストフは上の空で返事をする。


「じゃあ、行ってきますね」


 そう言うなり、クウカは唇を再度近づけてくる。


――チュッ。


 小鳥がついばむような軽やかなタッチ。


「えへへへ」


 クウカは身体を離すと、シーツをクルクルと身体に巻きつけ、裸体を隠す。

 そして、ベッドから下りると、周辺に散乱していた衣類を掴み、バスルームへ向かった。

 『無窮の翼』の拠点には各室にバス・トイレが設置されている。


 クウカがバスルームへと歩き出し、三歩進んだところで――。


「きゃっ!」


 シーツの裾を踏んづけて、前のめりにすっ転んだ。

 片手でシーツを抑え、反対の手は衣類を抱えていた。

 そのせいで、顔面から床に直撃だ。


「大丈夫か?」


 クリストフは慌てて手を伸ばした。


「いててて。大丈夫です〜」


 クウカは片手で赤くなったおでこを押さえながら上体を起こし――。


「きゃっ!」


 転んだ拍子にシーツがめくれ、小さく締まった彼女の臀部が剥き出しになっていることに気付いた。


「見ないで下さい〜〜」


 今度は羞恥で顔を赤く染めたクウカは、必死になってシーツで隠す。


「……見ちゃいました?」

「あっ、ああ、スマン。少しだけ見えてしまった」


 その言葉にクウカの顔は茹でダコの様に真っ赤になる。


「もぅ。恥ずかしい……ですぅ。忘れて下さいね」


 俯いて小声でつぶやくクウカのいじらいさに、クリストフの胸がドキンと高鳴る。


「ああ、ゴメン。俺はなにも見なかった。だから、安心して」

「絶対ですからね〜〜」


 恥ずかしさゆえか、クリストフと顔を合わせず、クウカはバスルームに駆け込んだ。

 一人になったクリストフは大きく息を吐く。


「ふう〜。なにやってんだ、俺?」


 まるで思春期の恋する少年じゃないか。

 クウカの言葉ひとつにドキドキして、動作ひとつに目を奪われ、表情ひとつに狼狽(うろた)えてしまう。


 クリストフは新鮮な感動を覚えていた。

 彼の知っている女性は、一度事を済ませれば、裸を見せることを恥ずかしがったりしなかった。

 図々しく恋人づらしたり、馴れ馴れしく接してくる者ばかりだった。


 しかし、クウカは違った。

 関係を持った後でも態度を変えず、それどころかより可憐に愛らしく振舞っていた。

 そんな彼女に惹かれていたことに気付く。


 クリストフの中に生まれた新たな感情。

 自分では理解していなかったが、それは紛れもなく恋心と呼ばれるものだった。


 クウカと接していると、幸せな気持ちになる。

 欠けていたなにかが満たされたように感じる。

 彼女のことが気になって仕方がない。

 自分の中に生じた初めての感情を、クリストフは持て余していた。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

【補足説明】


 2枚のシーツの間に寝る洋風スタイルです。

 クウカが纏っていたのは上側のいわゆるフラットシーツです。

 ベッドから引っぺがして行ったんじゃないです。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 きっと異世界から来た勇者が残した日本産ラブコメで勉強したんでしょう。


 次回――『火炎窟攻略3日目:カヴァレラ道場』


 やった休みだ!

 でも、道場?

 またまた新キャラのおっちゃん登場だよ!

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