第44話 火炎窟攻略2日目10:セラ宿泊

「ねえ、セラちゃん。今夜、ウチの拠点に泊まっていったらどうかしら?」

「えっ、いいんですか?」

「ええ、私とラーズの二人きりで寂しいのよ」

「嬉しいですっ! 是非よろしくお願いします」


 なんか俺のあずかり知らぬところでセラの宿泊が決定された。

 俺にひと言相談があっても――そう思って、シンシアに目で抗議したところ、「いいからいいから、ここは私に任せて」と目配せで伝えてきた。


 仕方がないので、三人で拠点に向かう。

 目と鼻の先だから、すぐに到着した。


「へえ、素敵なところですね。ギルドからも近いですし。いいなあ〜。私たちも早くこんなところに住めるようになりたいです」

「頑張れば直ぐよ。23階層くらいまで行けば、これくらいの拠点借りれるわよ。ねえ、ラーズ?」

「そうだね。21階層から急激に収入増えるからね。あとちょっとだよ」

「へえ、そうなんですか〜。参考になります」

「そうだ、セラちゃん、先にお風呂どうぞ」

「えっ! お風呂まで付いてるんですか?」

「ああ、ゆっくりと疲れを取ったら良い」

「ありがとうございます〜。でも、仲間のみんなにズルいって言われちゃいそうです」


 今度、他のみんなも誘っておいでよ。

 そう言いたいところだけど、間違いなく次の機会はない。

 俺たちは数日後にはこの街を離れるからだ。


「それじゃあ、案内するわね。ついて来てちょうだい」

「はいっ! お先に失礼します」


 シンシアはセラをお風呂に案内すると直ぐにリビングに戻って来た。

 俺はセラを招待した理由がさっきからずっと気になっていたので、二人きりになった今、それを訪ねようと口を開いたところで――。


「お茶を淹れるわね。コーヒーの方が良いかしら?」

「――ッ。……気が利かなくてすまない。それと、ありがとう。二種類淹れるのも手間だろう。シンシアと同じので良いよ」

「じゃあ、お茶にするわね。昔、アインスにいた頃に飲んでいた茶葉を買っておいたの」

「へえ、楽しみだ」

「お口に合えば良いんだけど」


 シンシアが淹れてくれたお茶は、さっぱりとした清涼感があり、酒に火照った身体に染み渡った。

 「美味しいね」「良かった」と軽くやり取りした後、俺は本題を切り出した。


「なあ、なんでセラを誘ったんだ」

「乙女心よ。分からないかしら?」

「乙女心?」


 ダンジョンに関することならそれなりの自信があるけど、そっち方面はからっきしだ。


「最初のうちは私も警戒していたわ」

「警戒?」

「ええ。ラーズにちょっかい出してるのかと思って。でも、途中で気付いたの」

「気づいた? なにに?」

「セラちゃんはラーズにべたべたしてたでしょ?」

「ああ。やたらとボディタッチが多かったな」

「好かれていると思った?」

「いや、今日会ったばかりだし。他人と距離が近い子だなと思ってた」

「あれはね、当てつけよ。当てつけ」

「当てつけ?」

「セラちゃんはね、リューク君のことが好きなのよ」

「えっ、リュークを?」

「ええ、見ていたら分かるけど、二人ともお互いのことが好きなのよ」

「そうなのか?」


 喧嘩していただけにしか見えなかったが……。


「ええ、お互い素直になれないだけ。自分でも気持ちを持て余していて、どうしたらいいのか分からないのよ。それで、つい憎まれ口を利いちゃうのよ」

「そういうもん……なのか。俺にはどうも分かんないな」

「ラーズは戦闘のことなら、相手の気持ちを見透かしているみたいに分かるのに。こっち方面はからっきしみたいね」

「うっ……。好きとか、恋とか、俺にはよく分からないんだよ」


 嘘だ。

 俺はシンシアのことが好きだ。

 友人として好きだとか、仲間として好きだとか、そういうものじゃない。


 シンシアと再会して数日。

 俺は自分の気持ちをちゃんと理解した。

 俺は女の子として、シンシアのことが好きなんだ。

 ハタチ過ぎての初恋。

 俺が彼女に抱いているのは、間違いなく恋愛感情だ。


 しかし、それを本人に伝える勇気はない。

 だから、こうやって誤魔化すしかなかった。


「ラーズと仲良くしている姿を見せつけて、リュークくんに嫉妬させようとしたのよ」

「確かに、嫉妬させるために他の人と仲良くしてる姿を見せつけるってのはよく聞く話だな」


 セカンド・ダンジョンがある『ツヴィーの街』にいた頃、ふとした切っ掛けで年上の女性と知り合いになった。

 その人はなぜか恋愛話が大好きで、恋愛のアレコレについて聞いたのだ。

 だから、知識としては知っている。

 しかし、実践になると…………俺には難易度が高すぎる。


「だから、リュークくんは不機嫌だったのよ」

「そう言えば、そっぽ向いて興味ないような素振り見せながら、チラチラとこっち見ていたな」

「そうそう。可愛いでしょ?」

「なるほどな。言われてみれば、シンシアの言う通りだ」

「だから、ちょっと後押ししてあげようかと思って。お節介かもしれないけどね。気持ちは分かるから……」


 気持ちが分かる?

 ということはシンシアも同じような気持ちを……。

 その対象は誰なんだ?

 もしかして、俺?

 いや、他の誰かかも。

 恋愛経験が皆無な俺には判断がつかないが……。


 今はそれを訊くいいチャンスじゃないか?

 酔っ払っているせいか、いつもより強気になっている気がする。


 今ならイケる!

 俺は思い切って口を開いた。


「なあ、シンシア。シンシアの好――」

「お風呂、お先にいただきました〜」


 風呂あがりのセラの声に遮られた……。


「久しぶりのお風呂なので、凄く嬉しかったです。ありがとうございました」


 濡れた髪にしっとりと湿った髪。

 寝巻き姿のセラは幸せそうな無垢の笑顔を向けてくる。


 …………。

 いや、彼女は悪くない。

 なんの悪気もないだろう。

 ただただ、間が悪かっただけだ。


「良かったわね、セラちゃん」

「はいっ」

「そう言えば、ラーズは何か言いかけていたわよね」

「…………いや、何でもない」


 セラがいる状況でもう一度尋ね直すパワーは残っていなかった。


「セラちゃん、寝る場所はどうしよっか?」

「寝る場所ですか? 私はどこでもいいですよ」

「生憎と寝室は二部屋しかないのよね。ラーズと一緒がいい? 酒場であれだけ仲良くしてたものね」

「えっ!? ラーズさんと!? い、いや……」


 セラがあたふたと慌てている。

 今の反応ではっきりと分かった。

 セラは俺に恋愛感情を抱いていない。

 シンシアが言うように、セラが好きな相手はリュークなんだろう。


 それより、今のシンシアの意図が気になる。

 もし、セラが「俺と一緒に寝る」って言ったらどうするつもりだったんだろう。

 やっぱり、シンシアの俺に対する好きは仲間としてなのだろうか……。


「ゴメンね。イジワル言っちゃった。セラちゃんの気持ちは分かってるわ。今夜はお姉さんが悩み相談に乗ってあげる。二人で女子会しましょ」

「はいっ!」


 こうして、無難にシンシアとセラが一緒に寝ることになった。

 俺は一人ベッドで横になる。

 こんなに一人が寂しいと思ったのは初めてだ。

 ベッドの上で、先ほどの会話について考える。


――シンシアが好きなのは誰だろうか?


 そればかり気になって、俺はなかなか寝付けなかった。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 お姉さんぶってるけど、シンシアもセラと同じくらいの恋愛経験値。

 シンシアは耳年増なの。


 次回――『勇者パーティー13:情事の後で』


 乙女な メ○ツネよ!

 しばらく朝更新で行きます!

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