第47話 火炎窟攻略3日目2:組手

 今の俺ではどう足掻いても勝つことは出来ない。

 の俺では――。


「師匠。もう一本お願いします」

「ほう。分かった。かかって来い」

「師匠。本気でお願いします」

「それはオマエ次第だな」


 今の俺では勝てない。

 精霊を纏っていない俺では――。


『火の精霊よ、我に加護を与えよ――【火加護(ファイア・ブレッシング)】』

『風の精霊よ、我に加護を与えよ――【風加護(ウィンド・ブレッシング)】』

『土の精霊よ、我に加護を与えよ――【土加護(アース・ブレッシング)】』

『水の精霊よ、我に加護を与えよ――【水加護(ウォーター・ブレッシング)】』


 火精霊は攻撃力を高め。

 風精霊は素早さを高め。

 土精霊は守備力を高め。

 水精霊は精神力を高める。


 四種すべての精霊によって俺は強化された。

 これがの俺だッ!!


 師匠の目の色が変わる

 精霊は他人には見えないはずなのだが――。


「ふむ。なかなか面白い力を手に入れたな」


 師匠はなにかを感じ取ったようだ。

 流石だな。


「それなら、俺も本気出さないとな――【覇気纏武(はきてんぶ)】」


 【覇気纏武】――師匠の本領、【戦拳闘士】のスキルだ。


 全身に気を纏い、攻撃力と防御力を劇的に高める。

 シンプルであるが、それゆえに強力なスキルだ。

 師匠も本気を出してくれるようだ。


 師匠の本気を引き出せただけでも、俺の精霊術の凄さが分かる。

 だが、それだけで満足してはいられない。


 【覇気纏武】を使った師匠なら、俺が本気でかかっても大事にはならないだろう。

 今の俺がどこまで戦えるか。

 良い試金石だ――。


「行きます、師匠ッ!!」

「かかって来い!」

「押忍ッ!」


 先ほどは様子を見ながらだった。

 だが、今回は最初から全力で行くッ。


 技量では師匠に到底及ばない。

 俺にあるのは――。


 手数の多さ――風精霊の加護。

 一撃の重さ――火精霊の加護。

 防御の堅さ――土精霊の加護。


 そして、折れずに向かっていく心――水精霊の加護。


 俺の精霊術が師匠の【覇気纏武】にどこまで通用するか。

 試させてもらうッ!


 俺の身体は精霊の力で、先程より一段も二段も強化されている。

 その身体能力をいかし、連撃で畳み掛けるッ!


 師匠から習った型を流れるように続けていく。

 多少無理な体勢からでも、今の俺なら繋げられる。


 ――廻せ、廻せ、軸を中心にッ、身体を廻せッ!!!


 両手両足を駆使して、絶え間ない連撃を叩き込むが、師匠はそれを全て防ぐ。

 それだけじゃない、さっきまでとは違い、師匠も防御の合間に攻撃を織り交ぜてくる。


 師匠の攻撃を躱しながら、俺も負けじと撃ち返す。

 しかし、やはりテクニックの差が出て来る。

 一撃、一撃は俺の方が重く速いはずなのだが、師匠は無駄のない動きでそれをカバーしてくる。


 このままじゃあ、押し切れない。

 だったら、距離を詰めて打ち合いだッ!


 今度は足を止めての至近距離での打ち合いを挑む。

 近すぎて足技は膝しか使えない距離だ。


 ショートパンチ、肘、膝、頭突き。


 これらを織り交ぜて連打ッ、連打ッ、連打ッ!!!


 組技は使わない。

 組み合ったら、師匠には絶対に敵わないからだ。

 師匠も俺につき合って、組まずに打ち合ってくれる。


 純粋な打ち合い。

 選択肢が減って差は多少縮まった。

 それでも、まだ師匠には届かない――。


 連打の間隔が空いた一瞬の隙をついて、師匠が距離を詰める。

 がら空きの俺の胴体に開いた両手を押し付け――。


「――【螺旋寸勁(らせんすんけい)】」


 師匠の両掌から放たれた螺旋の魔力の流れが凄まじい衝撃となって俺の全身を襲う。


 ――勁(けい)は筋に由(よ)り、能(よ)く発して四肢に達す。


 弾き飛ばされながら、昔、師匠から教わった言葉を思い出す。

 打撃に無駄なく魔力を乗せる――それが【戦拳闘士】の戦い方だ。


 10メートル以上飛ばされ、地面に打ち付けられた俺は、「まだまだ負けるもんか」と立ち上がった。

 衝撃は凄かったけど、土精霊の加護で強化された身体はまだまだ戦える。


 俺は精霊たちに命じ、加護の効果をさらに高める。


 これは――諸刃の剣だ。

 短時間だけ強化はより高くなるが、その分身体への負担は大きい。

 だが、こうしなければ師匠に勝つことは出来ない。


 過負荷に全身が悲鳴を上げる。

 長時間は無理だ。

 次の一撃に全力を賭けるッ!


 技では師匠に勝てない。

 だったら、力で押せばいいッ!


 後ろ足に全体重をかけ、身体を沈み込ませる。

 ギリギリまで引き絞った力を――。

 バネが跳ねるように――解き放つッ。


 弾だ。

 俺は弾だ。

 ひとつの弾となり、一直線に的を貫く――。


「ストップだッ!」


 両手を高く上げた師匠が大声で叫ぶ。


 師匠の身体まで後3メートル。

 俺は慌てて急制動――。


 勢いを殺しきれず、体勢を崩し、地面を一回転。

 ようやく止まることが出来た。

 かなりの勢いで地面に突っ込んだが、土精霊の加護のおかげで怪我はしていない。


 俺は土埃を払いながら立ち上がる。

 師匠の意図が分からない。

 ここから全力を出すところだったのに……。


「どういうつもりですか?」

「ここまでにしておこう。これ以上やれば、どちらかが取り返しのつかない怪我を負うことになる」


 師匠は【覇気纏武(はきてんぶ)】を解除し、身体の力を抜く。


「…………そうですね」


 師匠の言葉にハッとし、ようやく冷静になる。

 頭に血が上っていたようだ。

 俺も精霊に命じ、加護を解除する。

 背筋を冷たい汗が流れた。


 あの一撃が決まっていたら、師匠は大怪我。

 カウンターを喰らえば、俺は生きていなかったかも。


 俺はなにをするつもりだったんだ……。

 これは組手だ。

 殺し合いじゃない。

 それなのに――。


 勝ちたくて。

 自分の力を示したくて。


 とんでもない過ちを犯すところだった。

 それを未然に防げたのは相手が師匠だったからだ。

 もし、師匠以外の相手だったら……。


 ――ゾッとする。


 俺は精霊王様の言葉を思い出した。


 ――激しい感情は破滅と紙一重だ。暴走した精霊は術者の魂まで喰らい尽くす。


 戦いに集中するあまり、我を忘れていた。

 戦いに集中することは悪いことではない。

 集中力を高めることによって、身体はキレを増し、少しの情報も見逃さなくなり、時間の流れを遅く感じるようになる。


 だが、それは自分でコントロール出来てこそ。

 集中しすぎて、本来の目的を見失っては本末転倒だ。


 ――命を燃やすほどの激情に心を任せ、なおかつ、それを冷徹な理性で制御するのだ。


 …………まだまだ修練が足りないな。

 精進しないと。


「すみませんでした」

「いや、俺からも注意したいところだが……その顔は十分に理解したようだな」

「はい。骨身にしみました……」


 何年たっても、やはり、師匠には頭が上がらない。

 俺は感謝の気持を込め、深々と礼をした。


 その後、気が抜けてしまった俺は、隅の木陰に座り込み、他の弟子たちの訓練風景を眺めて過ごした。


「感情をコントロールすること。それが今後の課題だな……」


 ――カーンカーンカーンカーンカーンカーン。


 教会の鐘の音が六つ。

 正午を告げる鐘だ。


「よーし、終わりだ。メシ行くぞ」

「「「「「押忍ッ!」」」」」


 師匠の言葉で弟子たちは切り上げる。

 修行の後はみんな一緒にメシを食いに行く。

 それが、カヴァレラ道場のならわしだ。


 ちなみに、全額師匠の奢り。

 駈け出しの冒険者はとにかく金がない。

 腹一杯食べれる機会なんて中々ない。

 しかも、激しく身体を動かした後だ。

 修行の後のメシは死ぬほど旨く、これ目当てで来てる奴らも多い。

 もちろん、タダ飯目当てで修行する気がない奴なんかは、師匠に滅茶苦茶にしごかれ、次から顔を見せなくなるが。


「ラーズ、オマエも行くだろ?」

「ええ、もちろんです。ご一緒させていただきます」


 せっかくなので、今日は俺も参加させてもらう。

 若い冒険者と話すのは良い刺激になるしな。


 若い弟子たちは敷地の出口に置かれている大きな革袋にいくばくかの硬貨を入れていく。

 師匠への指導料だ。


 師匠の道場は料金を定めていない。

 「無理するくらいならメシを食え」

 それが駆け出し冒険者の懐事情を良く知っている師匠の口癖だ。

 皆、無理のないだけ支払っていくし、例え革袋に手を突っ込むだけでも文句は言われない。

 だからこそ、みんな師匠には頭が上がらないのだ。


 はっきり言って弟子たちが支払う額は雀の涙だ。

 これから向かう昼食代にも満たないだろう。

 だが、それでも師匠がやっていけてるのには理由がある。


 ファースト・ダンジョンをクリアした弟子たちが、今までのツケを払うかのように、それなりの額を収めていくからだ。

 俺もこの街を離れる時には、半月分の稼ぎを収めさせてもらった。


 弟子たちが順番に革袋に手を入れていき、最後は俺の番だ。

 俺は【2つ星】に相応しい額を突っ込んだ。


 重くなった革袋を持ち上げ、師匠が笑う。


「ははっ、今日はラーズの奢りだな。みんなお礼言っとけよ」

「「「「「ごちそうになりますッ!!」」」」」


 向かった店は当時と変わっていなかった。

 髭面の頭にタオルを巻いた小太りのオッサンがフライパンを振るう、駆け出し冒険者向けの店だ。


 油で汚れた狭苦しい店内。

 味よりもボリューム優先。

 皿から溢れそうに盛られた揚げ物。

 水で薄めたようなヌルく薄いエール。


 二年前となにも変わっていない。


 久しぶりに口にした料理の味は、懐かしすぎて泣きそうになった。

 【2つ星】になり、美味しい料理を腹一杯食べられるようになった。

 だけど、この味だけは一生忘れられないな……。


 ――店を出て、師匠と向かい合う。


「もう会うことはないかもしれんが、オマエは俺の弟子だ。自分の道を信じて進め」

「はいっ。師匠もお元気で」

「ああ、まだまだ若造には負けんよ」


 師匠と握手を交わし、別れを告げた。


 当初の予定ではのんびりと観光でもしようかと思っていたが、気が変わった。

 午後いっぱい、さっき師匠から教わったフォームの復習をしよう。

 俺はまだまだ強くなれる。

 強くなるんだ。

 誰よりも強く、俺は、なるんだッ!





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 お腹を空かせてた若い頃に食べた味は忘れられないよね!

 年取ると食べられなくなるけどね!


 次回――『勇者パーティー14:掌の上で』


 まだまだ続くよ、クウカ劇場!

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