第41話 火炎窟攻略2日目8:謎石の正体

 俺たち四人は冒険者ギルドの三階にある部屋の前に移動した。

 扉には『許可無き者の立ち入りを禁ず』とデカデカと書かれたプレートが貼り付けられている。


「ここじゃよ」


 支部長が扉に手をかざすと、ドアノブが赤く光り、ピーンと高い音がした。

 次いで、ロッテさんが大きなカギを差し込む。


「開きました」


 ロッテさんの言葉に従い、俺たちは部屋の中に入る。

 先程までいた部屋よりさらに狭い。

 部屋の半分以上を見たことがない巨大な物体が占めていた。

 きっとこれが鑑定機だろう。


「へえ、鍵だけでなく魔法認証までかかってるんですね」

「ほっほっほ。余程のことがない限りは使わんからのう。最後の出番はいつだったかのう?」

「記録によると八年前です」

「もう、そんなになるかのう」

「その時は何だったんですか?」


 シンシアが興味津々で尋ねる。


「はっはっは。機密事項でのう。教えてやれんのじゃ」

「へえ、そんな大事になものだったんですか」

「なにをぬかすか。そなたらもその大事なものを持ってきたではないか」

「そうでしたね」

「よいか、ここでの事は他言無用じゃ」

「「はい」」

「じゃあ、こちらにどうぞ」


 ロッテさんが俺とシンシアにそれぞれ紙を手渡してくる。

 ただの紙ではない、冒険者ギルドで正式な契約を取り結ぶ際に使われる特別な魔法紙だ。

 紙には、支部長が述べたように、ここで知り得た結果をギルドの許可無く口外してはいけない旨が記載されている。

 もともと言いふらすつもりがない俺としてはなんの問題もない。

 シンシアもそれは同じだろう。


「同意頂けましたら、紙の中央に描かれている縁に手のひらを合わせてください」


 俺とシンシアが言われた通りにすると、紙が青白く光る。


「はい、これで口外禁止の契約完了です。口外したら罰則がありますので、ご注意ください」

「じゃあ、さっそく鑑定するかの」


 どうやら、鑑定を一番心待ちにしているのは支部長だったようだ。

 年甲斐もなく子どものような目をしている。


「では、起動させますね」


 ロッテさんが鑑定機と思しき巨大な魔道具に向かい、いくつかの操作をする。

 よく分からない音とともに、魔道具のあちこちが光りだす。

 その間もロッテさんが手に持ったマニュアルをもとに操作していく。


 ――三分後。


「はい、これで鑑定準備完了です。先ほどの石をひとつ貸していただけますか? はい、受け取りました。では、早速――」


 ロッテさんは俺から受け取った謎石を鑑定機にセットして蓋を占める。

 そして、彼女がスイッチを入れると、鑑定機はゴォォと低い音を上げ始めた。

 しばらくすると音が収まり、まばゆい光が部屋を満たす。

 その光も消えると、鑑定機は一枚の紙を吐き出した。

 鑑定結果が出たのか?


 シンシアさんがその紙を掴もうとし――横から支部長が掠め取る。


「ほうほう。なるほどのう」

「ちょっと支部長! 私にも見せてくださいよ〜」


 ロッテさんはピョンピョンと飛び跳ねて紙を覗き見ようと頑張るが、身長2メートル超えの支部長の手には届かなかった。


 やがて、読み終えたのか、支部長がロッテさんに紙を手渡す。

 それを奪い取るように引ったくったロッテさんも読み始め、その顔が凍りついていった。


「えっ、嘘……。千年前って……」

「コホン」

「あっ、失礼しました」


 なんか、「千年前」とか聞こえたぞ。

 思わず漏らしちゃったんだろうけど、すごい気になる。


「とりあえず、場所を移そうかのう」

「「はい」」

「ロッテはそのアイテムについての情報を集めてくるのじゃ」

「はいっ、承知しました」


 ロッテさんと別れた俺たちと支部長の三人はさっきの談話室に戻ることになった。

 支部長と向かい合ってソファーに座る。

 早く鑑定結果が知りたい俺たちだったが、支部長はお茶をすするばかりで、話し始める様子がなかった。

 ロッテさんが戻るまでは何も話さないつもりなのだろう。


 ――少しして、ロッテさんが綴じられた書類の束を抱えて戻ってた。


「お待たせしました」


 ロッテさんは支部長の隣に腰を下ろし、書類をローテーブルに置く。

 『端末』も置かれたローテーブルは物の置き場もないほどだ。


「結果から言おう。ラーズたちが手に入れたこの石は――」


 しんとした室内に支部長の声が響く。

 隣から息を呑む音が聞こえてきた。


「――『精霊石』と呼ばれる物だ」

「「精霊石!」」


 火精霊が食べたので、精霊に関するアイテムだと思っていけど、そのまんまの名前だった。


「ロッテ、続きを頼む」

「はい。ここ千年は発見された記録がありません。しかし、それ以前には頻繁に発見されているようです」


 ロッテさんが書類に目を落としたままで説明する。


「時期にバラつきはあるかね?」

「はい。散発的なものはありますが、ほとんどは三つの時期に集中しています――」


 俺の調べた情報では、千年以上前は今とは比べ物にならないほど精霊術が栄えていそうだ。それと関係してそうだな。


「――冒険者ギルドに持ち込まれた精霊石は全部で6,282個。そのうちの9割以上が、1,000〜1,005年前、1,028〜1,030年前、1,089〜1,102年前の時期に集中しております」

「一番多い時期はいつかね?」

「1,000〜1,005年前で4,133個。およそ7割がこの時期に集中しています」

「ふむ――」


 約千年前を最後に、精霊石の存在は途絶えた。

 精霊術が衰え始めたのもその頃。

 偶然の一致とは思えない。


「千年前を境に我々の前から姿を消した『精霊石』。今頃なぜ急に姿を現したのか……。そなたには思い当たるフシがあるかね?」

「確証はありませんが……俺が【精霊統】になったのと、なにか関係があるのかもしれません」

「ふむ……。古(いにしえ)のジョブに古のアイテム。ともに、精霊に関するものだのう――」


 目を細め、腕組みをる支部長。

 一体なにを考えているのだろうか。


「――まあ、今のところは情報が少なすぎて、考えるにも考えられん。それよりも今、分かっていることを伝えよう」


 支部長は視線でロッテさんをうながす。


「はい。この『精霊石』ですが、精霊を強化するものと記述されています。それ以外の使用法はギルドの記録には残されていません」

「そうですか。分かりました」


 やっぱり想像していた通りだったか。

 精霊に食べさせて使えばいいんだな。

 他の使用法がある可能性があったから、念の為に残しておいたが、これでいつでも気兼ねなく使えるな。

 残り四個だから、どの精霊に使うか慎重に選ばないといけないけど。


「あれっ、意外と驚かないんですね」

「ラーズよ、さてはお主……」

「はい。すでに一個使いました」


 手に入れたのは五個。

 ギルドに見せたのは四個だ。


「ロッテさんにはお伝えしましたが、この石は第16階層の隠し部屋で発見しました」

「うむ、聞いておる」

「その隠し部屋なんですけど、発見できたのは精霊のおかげなんです」

「ふむ」

「俺が使役している火精霊の一体が急に離れ、道案内をしてくれたんです」

「なるほどのう」

「たどり着いたのは袋小路でした。行き止まりの壁を壊したら小部屋があって、そこの宝箱に入ってました」

「そうか。見つけたのはそれで全部か?」

「ええ、一つ使っちゃいましたけど」


 支部長が俺の目をじっと見つめる。

 やましいことはしていないので、どうってことはない。


「申し訳ないが、一つ買い取らせてはもらえないかのう?」

「ええ、もちろんです」


 こうなることは想定していたし、頼まれたら売却することも決めていた。

 ギルドとは良好な関係でいたいし、ギルドなら俺たちの知り得ない情報を得ることが出来るかもしれないからだ。


「それとなんじゃが、隠し部屋の情報も売ってもらえるかの?」

「そのつもりです」


 俺の返事よりも早く、ロッテさんはローテーブルに地図帳を乗せ、第16階層のページを開いていた。


「ここです。ここの袋小路です」

「ふむ。こんな場所が見落とされるもんかのう? 地図で見るとぽっかりと空きスペースがあることに誰でも気づくと思うんじゃが」

「それなんですが、やはり、ギルドでも何度か調査を行った記録があります」

「ほう、それで?」

「たぶん代替わりかなにかのタイミングだと思うのですが、十数年ごとに行われてます。そして、全部空振りですね。件の壁は破壊できずに終わっています」

「なんでそれが今日になって見つかったのか……」

「ラーズさんのせいじゃないですか?」

「はははっ。あながち冗談じゃないかもしれんのう」


 軽い調子で言うロッテさんに合わせ、支部長も無責任な笑い声を上げる。


「さておき、『精霊の宿り木』のラーズ、そして、シンシアよ。此度(こたび)の貢献、真(まこと)に見事であった。十数年ぶりの隠し部屋の発見、そして、なんと千年ぶりとなる『精霊石』の発見、どちらも言葉に表せないほどの快挙であり、この二つはいずれも歴史に残る偉大な業績である。アインスに留まる限り当支部は最大限の支援を行い、他の街に移る際には該当支部にも便宜を図るよう推薦することをここに誓おう」

「「謹んでお受けいたします」」


 俺とシンシアはそろって頭を下げる。


「まあ、略式じゃが今はこれで勘弁してもらえんかのう」

「後日、書面にしてお渡ししますね」

「いえいえ、身に余りますよ」

「ええ、恐縮です」

「なにを言うか。陛下にも褒められたじゃろうが」

「あれはパーティーでですよ。それにメインは【勇者】のクリストフですよ」

「そう思っている者も多いが、そう思っていない者も多いんじゃぞ」

「そうだといいんですが……」


 俺自身は半信半疑だが、ここで言い争ってもしょうがない。

 支部長もその気はないようで、話題を変えてきた。


「ともあれ、今回の件の支払いについてなんじゃが――」

「俺たちがアインスを離れるときでいいですよ」

「そうか。それは助かる。ちなみに、明日ダンジョンを踏破してサヨウナラってことはないじゃろうな?」

「安心してください。明日はのんびり休みますよ。昨日今日とダンジョンに潜りましたから」

「2の1か。ちゃんと守っとるとはのう。新しい力に溺れず……良い冒険者に育ったな」

「支部長ら諸兄のお導きがあらばこそです」

「フォフォフォ。謙虚な男だのう」

「では、俺たちはこれで失礼させていただきます」

「長々と付きあわせて済まなかったのう」

「ラーズさん、シンシアさん、お疲れ様でした。下までお見送りいたしますね」


 最後にもう一度、支部長と握手を交わし、俺たちは談話室を後にした。

 三人で階段を下っていく。


「ロッテさん。明日は俺たち休みにしますね」

「…………ええ」

「それでもしロッテさんが良かったら、昼か夜に一緒に食事でもどうですか?」


 俺の誘いにロッテさんは足を止めた。

 そして、こちらを振り向き――。


「明日も仕事です。引き継ぎでこの一週間ロクに休みもないのですが……」


 凍りついた笑顔で返された。

 とっても怖い……。


「あっ、そっすか。すみませんでした……」


 そう返すだけで精一杯だった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 冒険者ギルド・アインス支部――支部長室。

 ノックの音が静かな室内に響き渡る。


「入りたまえ」

「失礼します」


 ハンネマン支部長の声に応じて、ギルド職員のロッテが入室する。


「帰ったかね?」

「ギルド酒場に向かったようです」

「そうか……」


 窓際に立つ支部長は、日も暮れ始めた外の街並みを見下ろしながら、大きなため息をつく。

 眉間に寄ったシワが彼の苦悩を物語っていた。


「彼らにはどこまで伝えるべきかのう……」

「先日のお話ですか?」

「ああ」

「私はお伽話だと思っていますけど」

「はははっ。そう思えたら、ワシも楽なんだがなあ」

「なにか、まだ裏がありそうですね」

「裏か。ワシにはどっちが表で、どっちが裏か、もう分からんよ」

「哲学的ですね。支部長」

「まあ、あんな物見せられたらのう。ロッテも記録を読んだのじゃろ?」

「はい。一言一句残らず」

「なら、よい……」


 支部長は窓の外を眺める。

 パラパラと雨が降り始めてきたようだ。


「奴らがここを去るまで後数日か。それまでにワシも腹を括(くく)らんとのう……」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 書いてみたかった思わせぶりな会話。

 やった、書けた!


 次回――『勇者パーティー12:潰走翌日』


 ようやく、クリストフが目を覚ますよ!

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