第40話 火炎窟攻略2日目7:ロッテさんへ報告

 第20階層のボスを倒し、ダンジョンから帰還した俺たち。

 その足で冒険者ギルドに向かい、ロッテさんに取り次いでもらう。

 今日は判断が必要な件もあるので、二階の個室を用意してもらった。


 この前の個室に案内され、ソファーにシンシアと並んで座る。

 ローテーブルを挟んで二脚のソファー。

 二人がけだから余裕があるはずなのに、なぜかシンシアがピタっとくっついてくるので、俺の心臓は高鳴りっぱなしだ。


 ローテーブルには無骨な黒いプレート状の機械がおかれている。

 たしか、『冒険者ギルド汎用端末』とかいう名前だった気がする。

 通称、『端末』と呼ばれるそれは、簡易アイテム鑑定や書類作成、冒険者タグの情報読み書きと大抵の仕事はこれ一台で済ますことが出来る優れ物の魔道具だ。

 ギルドの各窓口には必ず一台設置されている他、ここのような個室にも置かれている。


 ――おまえも頑張り者だなあ。


 と二十四時間年中無休の『端末』に同情していると、ロッテさんがやって来た。


「お待たせです〜。今日もなんかやらかしてきましたか〜?」


 ギルド制服に身を包んだロッテさんはローテーブルを挟んで向かいに腰を下ろした。

 目の下のクマは凄く、その目は半分閉じており、身体はフラフラと揺れている。

 普段のハキハキしたしゃべり方とは違い、気だるいゆったりとした話し方だ。

 その気になれば5秒で寝付けそうなコンディションのようだが、大丈夫なのか?


「今日は普通にボス討伐して来たくらいですよ」

「普通の人は〜、二日続けて違うボスを〜、倒したりしませんので〜〜。あははは〜。良い物でもドロップしましたかぁ〜?」

「いえ、ノーマルドロップだけです」


 俺は今日のドロップ品をテーブルに並べる。

 ただし、オーク肉などの肉類は自分たちで食べるので除外だ。

 ファイア・ラットなどの雑魚モンスターの魔石が数十。

 そして、第20階層ボスであるフレイム・バットのドロップ品が二つ。


「あら〜、氷翠結晶(ひすいけっしょう)ですぅ〜。本当に第20階層まで行ったんですね〜。お疲れ様ですぅ〜」

「驚いたりしないんですか?」


 昨日は第10階層まで駆け抜けて、とてもビックリされたので、今日も驚かれるかと思ったが、サラッと流された。


「昨日で学習したんですぅ〜。お二人は非常識なのでぇ〜、大抵のことじゃ驚かないんですよぉ〜」


 非常識認定されてしまった……。

 ともあれ――。


 ――氷翠結晶。


 第20階層ボスのドロップ品だ。

 百匹のフレイム・バットを倒し尽くすと、パーティーメンバーの人数分だけ氷翠結晶がドロップする。

 ごくまれに、追加アイテムもドロップするのだが、今回もハズレだった。


 ちなみに、氷翠結晶は武器・防具に氷属性効果を付与する素材アイテムだ。

 ファースト・ダンジョンは第20階層までは石通路タイプのフロアだが、その先は異なっている。

 火炎窟という名が表すように、火炎をモチーフとしたフロアで構成されているのだ。


 火を吹く山岳地帯やマグマが川のように流れる溶岩地帯などなど。

 十分な耐火・耐熱対策をとらなければ、過酷な地形に阻まれ満足に進むことすら出来ないのだ。


 それゆえ氷翠結晶で装備品に氷属性を付与させる必要があるのだ。

 そこで、氷翠結晶の出番なのだが、第20階層ボスは倒しても人数分しか氷翠結晶をドロップしない。

 そして、氷翠結晶一個で一つの武具にしか氷属性を付与できない。


 しかし、それでは十分な炎熱対策とは言えない。

 安全に余裕を持って攻略を進めるために武器や各種防具に氷属性を付与したければ、複数個の氷翠結晶が必要になる。

 そして、そのためには第20階層ボスを周回するか、ごくまれに市場に出回ったものを高額で買い取るかしかないのだ。

 だから、第20階層ボス部屋は行列が出来るほどの人気なのだ。


「全部、買い取りでいいですかぁ〜?」

「ええ、お願いします」


 だが、炎熱対策が十分な俺達にとっては無用の長物だ。


「氷翠結晶はぁ〜、最近、ずっと出てないですから〜、高い値がぁ〜、つきますよぉ〜。鑑定しちゃいますねぇ〜」


 ロッテさんが端末に繋がれた袋に魔石と氷翠結晶を流し込む。

 この袋は鑑定用の魔道具だ。

 大抵のアイテムはこの袋で鑑定できる。


「ちょっと、お待ちくださいぃ〜」


 そう言ったまま、ロッテさんは目を閉じる。


 ――ピピピッ。


 しばらくして鑑定終了を告げる『端末』の音が鳴る。

 その音にロッテさんが慌てて目を開ける。


 うん。今寝てたよね?


 俺の疑問をよそに、ロッテさんはテキパキと作業を進めていく。


「買い取り総額は21,780ゴルになりますぅ〜。内訳は氷翠結晶が一個10,000ゴルで、残りの端数が魔石の分となっておりますぅ〜。詳細は〜受領証を〜ご確認ください〜」


 『端末』が吐き出した硬貨と受領証を受け取る。

 受領証の明細を確認するが、間違いはなかった。

 昨日の7倍以上か。

 氷翠結晶が思っていた以上の高値だったし、やっぱり階層が深くなると儲けは段違いだな。

 普通だったら一年以上かけて進むところを一日で駆け抜けたんだから、それも当然か。


 ロッテさんは聞いている方が眠くなるようなトロンとした声だけど、仕事自体はしっかりとこなせている。

 やはり、ギルド職員はハンパない。


「以上でよろしいでしょうかぁ〜?」

「いや、もうひとつあります」

「なんでしょうぅ〜〜?」

「隠し部屋を見つけました」

「そうですかぁ〜、隠し部屋ですかぁ〜、……………………えっ!? 隠し部屋!?!?」


 ロッテさんはいきなりシャキッと覚醒。


「はい。第16階層の南東地区で発見しました。ギルド発行の地図には載っていないやつです」

「えええええ!!!!!!」


 ファースト・ダンジョンでの隠し部屋発見は数十年ぶりの話だ。

 ロッテさんが驚くのも当然だ。


「そこで、これを見つけました」


 小袋から取り出した謎石を一粒、テーブルの上に乗せた。


「えっ……ちょっ……まっ…………。コホン。ちょっと良いですか?」

「ええ、どうぞ見てください」

「一見、魔石のようですが……違いますね」

「はい。魔石でないことは確認済みです」

「一体なんでしょうか? ちょっと簡易鑑定にかけてみますね」

「ええ、お願いします」


 ロッテさんが謎石を『端末』にセットして、操作を行う。


 ――ピーピーピー。


「どうしました?」

「エラーです。うーん。簡易鑑定じゃ判別しませんね。ここ百年以内に発見されたものでしたら、すべて鑑定できるはずなのですが……」

「百年以内……」


 簡易鑑定という名前ながら、思っていた以上に高性能なことに俺は驚いた。


「正式鑑定にかけるしかないですね。本来なら、部外者立ち入り禁止の場所なのですが、事情が事情ですのでラーズさんたちにも立ち会ってもらった方が良いですね。よろしいでしょうか?」

「ええ、勿論です」

「ハンネマン支部長に立ち入り許可を取ってまいりますので、しばらくここでお待ち下さい」


 先程までの眠そうな態度は掻き消え、凄い勢いで飛び出して行った。


「なんか、エラいことになったわね」

「まあ、火精霊が謎石を食べた時点で、予想はしてたがな」

「そのことは言わなくて良かったの?」

「ああ、変な先入観を与えたくなかったんだ。先入観なしでギルドがどう判断するのか、それが知りたかったんだ」

「なるほどね。でも、ちゃんと鑑定されると良いわね」

「ああ、なんとなく使い途は分かっているけど、ギルドからしっかりとした情報をもらえるなら、それに越したことはないからね」


 ――しばらくしてロッテさんが戻って来た。

 両手には書類の束。

 そして、なぜか支部長まで一緒だった。

 支部長に許可を取りに行っただけでは?


「はっはっは。また、やらかしてくれおったのう」


 支部長と握手を交わしながらの第一声がこれだった。

 言葉とは裏腹に、なにか面白いことが起きそうだと支部長は満悦顔だった。


「いえ、たまたまですよ」

「なーに、なにもしなくとも色々と惹きつけるのが英雄というものよ」

「買いかぶり過ぎですよ」

「はっはっは。ともあれ、移動するとしようかの。付いてまいれ」


 背を向ける支部長に付き従い、俺たち三人はギルド内の廊下を歩いて行く。

 そして、階段を上り、三階のある部屋の前で立ち止まった。

 扉には『許可無き者の立ち入りを禁ず』とデカデカと書かれたプレートが貼り付けられている。


「ここじゃよ」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 冒険者ギルド・アインス支部案内図


  4F:支部長室、役員執務室、迎賓室

  3F:鑑定室など、書庫(職員用)

  2F:談話室、会議室

  1F:受付、酒場

 B1F:書庫(冒険者用)

 B2F:訓練場


 ロッテさん3徹目突入!

 ミルちゃんはこの隙に机に突っ伏し、つかの間の仮眠中。今日は彼氏の誕生日だったのに……。


 次回――『火炎窟攻略2日目8:謎石の正体』


 すでにバレバレという噂。

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