第39話 勇者パーティー11:潰走の後で2

「生きてる……」


 それが拠点のベッドで目覚めたウルの第一声だった。

 まだ朦朧としている彼女は、横たわったまま記憶をたぐり寄せる。


 ジェイソン加入後の初ダンジョン攻略。

 ストーンゴーレム二体にパーティーは苦戦し、必死の思いで放った特級魔法。

 残っていた魔力を全て使いきって魔力欠乏症に陥り、薄れゆく意識の中で見たのは、特級魔法でも倒すことが出来なかった二体のストーンゴーレムの姿だった。


「ラーズが抜けて弱体化することは想定できた。でも、これほどだったのは想定外……」


 クリストフもバートンもジョブの性能に頼りきって、力任せに剣を振るだけ。

 今まではラーズの精霊付与で底上げされていたから力押しが出来た。


 しかし、『無窮の翼』は攻略を最優先したこともあって、皆のレベルは第10階層推奨レベルの230を大きく下回っている。

 だから、ラーズの支援がなくなってしまえば、ゴリ押しでは勝てなくなる。


 それはウルも承知していた。

 しかし、それでも多少てこずる程度で、ここまで苦戦するとは彼女も思っていなかった。


「彼らだけじゃない……」


 ストーンゴーレム戦。

 つまずいたのは初手――ウルの【氷牢(フローズン・ジェイル)】だった。


「私の魔法も弱くなっている……」


 得意の【氷牢(フローズン・ジェイル)】で足止めすることが出来なかった。

 そのせいでクリストフは大ダメージを負い、戦線が一気に崩壊した。

 そして――ウルはパニックに陥った。


 前衛職であるクリストフやバートンですらぶちのめす巨大な石の拳。

 もし、それが自分に振るわれたら――――死。


 恐怖。

 死への恐怖。

 根源的恐怖。


 そして、ストーンゴーレムに対する恐怖は、もうひとつの恐怖を、死を連想させた――。


 『闇の狂犬』のリーダー、ムスティーン。

 うねる長い金髪はたてがみのごとく。

 獰猛な獅子のような男。


 ムスティーンが隣に座った瞬間、ウルは今まで感じたことがない恐怖を感じた。

 今までどんな乱暴な男だろうと、凶悪なモンスターだろうと、死を実感するほどの恐怖を味わったことはなかった。


 しかし、ムスティーンは濃厚な死の香りを振りまいていた。

 ウルは殺されると思った。

 絶対に逆らってはならない。

 機嫌を損ねれば殺される。


 だから、胸を揉まれ、握りつぶされても、ガタガタと歯を打ち鳴らして、必死に我慢することしか出来なかった。


 ウルに刻み込まれた初めての恐怖。死の恐怖。


 ストーンゴーレムとムスティーン。

 二つの恐怖が交互に、悪夢のようにウルを責め立てる。


 冷静を装って放った【蒼炎龍舞波(ドラゴニック・ファイア・ダンス)】だが、あれは失敗だった。

 恐怖に囚われ、過剰な魔力を注入し、暴発寸前で放たれた魔法。

 制御は甘く、注ぎ込まれた魔力の大部分が無駄になり、本来の半分の力も発揮できていなかった。


 あのときは分からなかったけど、今なら分かる。

 恐怖に怯え、必死に放ったのは失敗魔法だった。

 その上、魔力を使い果たして失神――。


 ウルの脳裏に浮かぶのは、蒼白い炎に全身を燃やしながらも、こちらに殺気を放つストーンゴーレムの姿。

 意識を失う直前に見た光景は、ウルの心の底に恐怖を刻みつけた。


 ウルはぶるっと震える。


「……怖いよぅ。……もうやだよぅ」


 ウルは縮こまり震えながら、もう一度意識を失うまでその恐怖に襲われ続けた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 バートンが去り、クリストフの部屋に残ったクウカ。

 意識を失ったままベッドに横たわるクリストフと二人だけになると、クウカの表情が激変する。


 さっきまでのクリストフの安否を心の底から心配し、激しく取り乱していた態度は綺麗サッパリと消え去る。

 代わりに現れたのは、情欲に染まった淫靡な顔つきだった。


「さあて、愛しいクリストフ。二人だけの時間だわ」


 カチリという鍵の閉まる音。

 嫌らしい笑みを浮かべるクウカ。

 手のひらでクリストフの顔を撫で回す。

 じっくりと堪能するように撫で回す。


 普段の清廉な【聖女】の姿はそこにはない。

 そこにいるのは発情し切ったただの牝だった。


 自分の回復魔法によって傷ひとつ残っていないクリストフの顔を眺め、クウカは悦に浸る。

 顔はひしゃげ、全身打撲と骨折だらけであったクリストフの怪我は全て元通りに治っている。

 しかし、彼は未だ意識を取り戻せずにいる。


 身体の傷は癒えても、意識は戻らない。

 クウカが何度も回復魔法をかけても、クリストフは目を覚まさなった。


 なぜか?


 ラーズの精霊付与がなくなり、クウカの回復魔法の効果が弱まったからか?


 否。クリストフが目を覚まさないのは、クウカがそう意図したからだ。

 クウカは取り乱す振りをして、己の企みを成功させたのだ。


 最愛の人に取りすがり、涙を流しながら必死になって回復魔法を何度も唱え続けるクウカ。

 しかし、それでもクリストフは意識を戻さない。

 皆が弱体化している状況下で、クウカを疑う者は誰もいなかった。


 クウカはクリストフの怪我だけを治し、意識が戻らないようにしたのだ。

 【聖女】ならではの力を悪用して、自らの淀んだ欲望を満たすために回復魔法を使用したのだ。


 計画通りに進んだことに、クウカは満足な笑みを浮かべる。


「あっ、そうだったわ。大切なことを忘れていたわ」


 マジック・バッグから小瓶を取り出す。

 中に詰まっているのは緑色の粉末だ。


「は〜い、お薬の時間ですよ〜」


 粉末をスプーンでひと掬いすると、クリストフの口を開き、粉末を落とし入れると、次いで、水差しから水を流し入れた。


「これで朝までぐっすりね。クリストフ」


 口元の粉末を払いのけ、唇を重ねる。


 これが初めてではない。

 今までもクリストフが酔いつぶれた際、何度かこうやってクリストフの身体を弄んできた。

 慣れたものである。


「さて、朝までゆっくりと楽しみましょう――【恐怖(フィアー)】」


 クウカの魔法で、クリストフは悪夢を見ているようにうなされる。

 それを見下ろしたまま、クウカは凄惨な笑みを浮かべる。


「怖い? 大丈夫よ。私が守ってあげるから」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

【補足説明】


 この世界では魔力(マスクデータ)を消費して魔法やスキルを発動しますが、ゲームの様に魔法ごとに消費魔力が固定されていません。

 魔力量を調節して出力を強めたり弱めたり出来ます。


 ただ、「魔力を2倍注げば威力も2倍」とはいかず、投入魔力が増えるにつれて、制御も困難になります。

 勢い任せでやると、ウルみたいに魔力をいっぱい使ったのに大して出力変わっていないという残念な結果になります。


 また、クウカがやった「怪我だけ治して意識は戻さない」回復魔法も魔力操作次第では可能ですが、魔力操作がとても難しいです。

 【聖女】ならではの魔力操作ですが、完全に使い方間違ってますね。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ゆうべはおたのしみでしたね。


 次回――『火炎窟攻略2日目7:ロッテさんへ報告』


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