第38話 勇者パーティー10:潰走の後で

 『無窮の翼』はなんとか拠点に帰還した。

 街中を走り抜ける際に、多くの人々の目に留まり、噂を呼ぶことになったのだが、バートンらにそれを気にする余裕はなかった。


 ジェイソンだけは視線に気付いていたので、少しでも自分が目立たないようにと俯いたままやり過ごした。

 行きの誇らしい気持ちとは正反対。

 衆目の視線を集める屈辱的な帰り道に、拳を握りしめて耐えるしかなかった。


「ジェイソン、ウルを寝かせとけ」

「ああ」


 拠点に帰還した面々はニ手に別れる。

 ジェイソンは担いだウルを彼女の部屋に。

 残りの三人はクリストフの部屋に向かった。


 各人の個室には鍵がかかっているが、本人の指紋でも解錠できる。


「クウカ、解錠しろ」

「はいっ」


 クリストフを背負い両手がふさがっているバートンはクウカに命じる。

 クウカはクリストフの右腕を掴み、扉に手のひらを押し付ける。

 カチリ、と鍵が開き、三人はクリストフの私室に入ると、クリストフをベッドに下ろし、二人がかりで鎧を脱がせていく。

 その作業が終わると――。


「クウカ、クリストフの面倒は任せたぞッ!」

「はいっ、もちろんですっ! 私の回復魔法でクリストフは必ず救ってみせますっ!」


 言うが早いか、バートンは荒々しく扉を閉めて出て行った。

 そして、二人きりになった途端、クウカの表情が激変する。


 狂気に染まった笑み。

 誰にも見せたことがない、それこそ、クリストフにすら見せたことがない、彼女の真の姿だった。


「さあて、愛しいクリストフ。二人だけの時間だわ――」


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ジェイソンは失神しているウルを彼女のベッドに寝かせる。


「まあ、ただの魔力欠乏症だから、心配はないだろう。一、二時間もすれば目を覚ますはずだ」


 ジェイソンの言う通り、ウルはストーンゴーレム戦の最中に魔力を使いきって魔力欠乏症になっただけだ。

 命に別条はない。だから、放っておいても問題はないのだが……。


 『破談の斧』の頃は、仲間が意識を失った際は、必ず誰かが付いているのが当たり前だった。

 その方が目を覚ました時の不安を和らげることが出来るからだ。


「でも、それは俺以外の方が良いだろう」


 ジェイソンは加入したばかりで、ウルとロクに会話したこともない。

 それに、こういうのは同性の方が都合がいい。


「できれば、クウカに看て欲しいんだが、彼女はクリストフから離れなさそうだしなあ……。バートンに相談するか」


 ジェイソンはウルに布団をかけ、枕元のテーブルに水差しを置く。


「それにしても、【2つ星】にもなって魔力欠乏症かよ……」


 魔力欠乏症。

 ファースト・ダンジョン攻略中の冒険者がよくかかる症状だ。

 自分の魔力量を把握出来ずに、魔力を使い果たしてしまうのは初心者なら何度か経験することだ。

 失敗することによって、自分の魔力量を見極められるようになっていくのだ。


 しかし、それは初心者に限る話だ。

 セカンド・ダンジョンで魔力欠乏症なんてほとんど聞かないし、ましてやサード・ダンジョンではあり得ないミスといえる。


 もちろん、サード・ダンジョンでも魔力欠乏症に陥る場合がないわけではない。

 どうしようもないピンチで、仲間の命を救うために命懸けで全力の魔法を打つという事態はありえるし、それは褒められる行為だ。


 しかし、さっきのはそんな局面じゃなかった。

 あの場面では、一撃必殺は必要ない。

 長期戦を見据えて、敵を牽制する魔法で十分だった。

 それこそ、【氷牢(フローズン・ジェイル)】で一瞬でも足止めするだけで十分だった。

 その間に前衛が削り、ウルが魔力ポーションを飲みながら牽制し続ければ、ストーンゴーレムを倒すことも出来た。

 あそこで特級魔法を打ったのは、致命的な判断ミスだ。


「どうやら、評価を見直さなきゃいけないな……」


 ジェイソンがウルの部屋を後にし、リビングに向かうと、慌てた素振りのバートンに出くわした。


「おい、バートン。どこへ行くんだ?」

「あッ? 娼館だよッ。女でも抱かねえとやってられねえッ」

「メンバーが二人も寝込んでるんだぞ? 彼らの世話はどうするんだ?」

「あッ? クリストフはクウカが看てるし、ウルは勝手に目を覚ますだろっ」

「…………。それにしても、今後の話し合いが必要だろ?」

「あっ? そんなんクリストフが目覚めてからだよッ」

「しかし……」

「チッ。とにかくッ、今日は戻らねえッ」


 バートンはそう言い捨てると、拠点を後にした。


「なんなんだ、このパーティー……」


 ジェイソンは開いた口がふさがらなかった。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「これはこれは、バートン様。毎度ご利用ありがとうございます」


 娼館の支配人が恭しくバートンを迎え入れる。

 上等な衣装に身を包み、上品に髭を固め紳士然としている。

 このまま貴族のパーティーに紛れ込んでいても違和感がない中年男性だ。


「おう」


 バートンは慣れた様子でズカズカと入り込み、ロビーのソファーにドシリと腰を下ろす。


 ここはバートン馴染みの高級娼館。

 たまにクリストフも連れ立って来るが、大抵は今日のようにバートン一人で訪れる。


「今日はどういたしましょうか?」

「キャンディスだ。それと他に二人つけろ。酒はドン・ピエリだ。多めに用意しろ」


 キャンディス嬢はバートンのお気に入りだ。

 この娼館に来て一目惚れし、以来贔屓にしている。

 彼女とその他に別の子を一人、二人付けるのがバートンのいつもの楽しみ方だ。


「かしこまりました。お支払いはいかが致しましょう?」

「いつも通りだ。ツケとけ」

「無粋なことを申しますが、支払いの期日は来週末です。だいぶ溜まっておりますが、大丈夫でしょうか?」

「ああ、問題ない。ここのツケくらい、もう一度ダンジョンに潜れば稼ぎ出せる額だ」

「それはそれは、失礼を致しました。では、部屋の準備をさせますので、少々お待ち下さい」


 バートンは上客だ。

 頻繁に訪れ、派手な遊び方をして行く。

 店に多くのお金を落としてくれるので、店としては離したくない良客だ。


 しかし、嬢たちからの評判は最悪だった。

 粗雑で乱暴、女性を物のように扱うバートン。


 ここは置屋や連れ込み宿ではない。

 街で一、二を争う高級娼館だ。

 ただ女を抱く場所ではない。

 洒脱な会話を交わし、駆け引きを楽しむ場所でもあり、男女の営みはその先にあるもの。


 そういう場所なのだ。

 だからこそ、嬢たちも自分の仕事に誇りを持っている。

 金で頬を殴りつけるような振る舞いのバートンが好かれるわけもなかった。


 普通だったら、バートンのような野暮な客は出入り禁止になる。

 彼がそうなっていないのは、ひとえに『無窮の翼』という看板があるからだ。


 知名度でも、将来性でも『無窮の翼』はこの街一番のパーティーだ。

 そのメンバーが贔屓にしている店とあれば、多くの冒険者が憧れる店になる。


 あの『無窮の翼』と同じクラスの女を抱く。

 その魅力に冒険者の男たちは必死になって金を貯めるのだ。


 いわば、広告塔。

 そのために、バートンの振る舞いは容認されてきた。


 しかし――。


「そろそろ、潮時だな」


 支配人は誰にも聞こえないように小さくつぶやく。


 ツケで商売をしている以上、踏み倒されるリスクは常に存在している。

 特に冒険者は死んでしまえばそれまでだ。


 だから、冒険者たちの情報収集には力を入れており、ラーズが『無窮の翼』を脱退し、代わりにジェイソンを入れたことも、支配人は当然知っている。

 そして、『無窮の翼』の冒険者ギルド評価が下がったことも。


 冒険者ギルドは各パーティーの信用評価を定め、公開している。

 攻略の度合いだけでなく、過去の実績や普段の行動を鑑みて下される評価だ。

 この評価があるからこそ、ツケ払いでの取引が可能になり、冒険者と商売相手の双方にとって得になるのだ。


 以前の『無窮の翼』はSランク。

 この街でSランクなのは『無窮の翼』と『疾風怒濤』の2パーティーのみ。

 後は、大体AランクかBランクだ。

 Cランクのパーティーも少数存在するが、彼らは前払いでないと相手にされないほど信用がないパーティーだ。


 そして、ラーズが脱退したことによって、『無窮の翼』の評価はAランクに下がった。

 ギルド評価というのは、信用を積み上げて上昇していくもの。

 評価が下がるのは、よっぽどのことがないとあり得ない。


 支配人はギルド評価の下落と、自ら集めた情報から判断して、バートンを見切ることを決断した。

 ここでキッチリと取り立てて、『無窮の翼』相手の商売はお終いだ。


「それまで、たっぷりと遊んでいってもらおうか」


 支配人は表情も変えずに囁(ささや)いた――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ジェイソン「反省会……」


 次回――『勇者パーティー11:潰走の後で2』


 クウカちゃん覚醒!

 クリストフ逃げて〜。

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