第36話 火炎窟攻略2日目5:第20階層ボス戦
各ダンジョンの区切りとなる階層で冒険者たちを待ち構えているボスモンスターたち。
彼らはそれぞれテーマを持っている。
例えば、ファースト・ダンジョン第10階層で登場するフレイム・オーガ。
五大ダンジョンで初登場となるボスモンスターであるフレイム・オーガのテーマは――。
――それまで出会ったモンスターたちとは隔絶する強さ。
ボスモンスターとは通常モンスターとはひとつもふたつも格が違い、一筋縄ではいかない相手である。
フレイム・オーガの強さはそのことを教えてくれる。
一対一では、まともにやり合うことは不可能。
攻撃を受けるディフェンダーとダメージを与えるアタッカー。
それを支える支援魔法。
そして、傷ついた仲間を癒やす回復魔法。
五人のパーティーメンバーが協力し、連携をとることによって、ようやく勝つことが出来る相手だ。
そして、ここ第20階層のボスモンスターのテーマ、それは――。
高い天井だ。
10メートル以上ある。
その天井は異物で覆われていた。
薄暗い室内で、天井を覆うように蠢(うごめ)く巨大な赤い塊。
いや、塊ではない、それは集合体だ。
集合体はぶるぶると揺れ動いている。
ひしめき合う無数の小さなモンスターが肩を寄せ合い、身体を揺すり合っているのだ。
第20階層ボスモンスターのテーマ、それは――。
――数の暴力。
ここのボスはフレイム・バット。
小さなコウモリ型のモンスターで、モンスターハウスで登場したファイア・バットの上位版だ。
翼を広げた体長が30センチとファイア・バットよりも一回り大きい。
そして、なによりの違いは全身が燃え盛る炎に包まれてることだ。
フレイム・バットは、はっきり言って弱い。
ファイア・バットよりは強いが、それでも毛が生えた程度だ。
しかし、そんな弱いモンスターがボスになっているのは、ちゃんとした理由がある。
ここに登場するフレイム・バットの総数は百体!
モンスターハウスに比べても数倍の量。
天井を覆う巨大な赤い塊は百体のフレイム・バットたちの塊なのだ。
――キィキィキィキィキィ
フレイム・バットたちによる最初の洗礼は鳴き声だった。
俺たちに気づいたフレイム・バットらは大きなキィキィという鳴き声で威嚇してきた。
たかが鳴き声と侮るなかれ、フレイム・バットの鳴き声には微弱な魔力が乗せられている。
一体二体では大したことがなくても、百体のフレイム・バットががなりたてる音は、立派な暴力だ。
耳は痛み、しゃべることも出来ず、目眩(めまい)がして、平衡感覚は失われ、まともに立っていることもできない。
何の対策もしていなければ、這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)でおめおめと逃げ帰ることしか出来ない。
ボスモンスターが相手の場合、事前の情報収集と対策をしなければ、そもそも戦いにすらならない。
なによりも大切な教訓を、身を持って学ばせてくれるのだ。
まあ、勿論、俺たちはバッチリと対策済みなわけだが。
フレイム・バットの騒音対策の定番はスライム耳栓だ。
スライムを加工して作られた耳栓で、安価で入手可能なアイテムだ。
ただ、スライム耳栓はフレイム・バットの鳴き声を防ぐという点では問題ないのだが、仲間の声も聞き取りづらいという欠点がある。
これは、「声に頼らなくても連携を取れるようになれ」という、ダンジョンからの教えなのかもしれないが、精霊術使いである俺は別の手段を採ることにした。
ボス部屋に入る前に、風精霊の力を借りたのだ。
『風の精霊よ、我とシンシアの耳を邪な音より守れ――【風耳保護(イヤー・プロテクション)】』
「よし、これで大丈夫なはず。調子どう?」
「これ大丈夫なの? 話し声が普通に聞こえるけど」
「ああ、スライム耳栓とは違って、特殊な音――この場合はフレイム・バットの鳴き声だね――だけを遮断するようにしたんだ」
「へえ、じゃあ、会話で連携取れるんだ」
「ああ。それに、遮音効果はスライム耳栓より高い」
「たしかに、スライム耳栓だと嵌めてても結構聞こえてくるもんね」
たしかに、スライム耳栓はフレイム・バットの鳴き声を軽減する。
それにより身体ダメージを受けるようなことは避けれるが、それでも、気になるくらいにはウルサイ。
しかし、俺の精霊耳栓の場合は、微かに聞こえるレベルにまで下げることが出来るのだ。
ということで、ボス部屋に入った俺たちにフレイム・バットが鳴き声の洗礼を浴びせてくるが――
――(キィキィキィキィ)
意識すれば遠くで鳴いているのが分かる、その程度だった。
戦闘に集中すれば、全く気にならないレベルの音量だ。
「凄いわね」
「ああ」
よし、第一段階はクリアだ。
「よし、じゃあ、私に任せて。行ってくる」
「おう、行ってら」
駈け出したシンシアは部屋の中央で止まる。
その右手には、水精霊の付与によって分厚い氷に覆われたミスリル・メイス。
シンシアが魔力を込めるとミスリル・メイスは青白く輝く。
魔力強化と精霊付与によって、ミスリル・メイスは普段の倍以上の攻撃力を得ている。
しかも、火属性のフレイム・バットを弱点の氷武器での迎え撃つのだ。シンシアの技量であれば一撃確殺は間違いなしだ。
シンシアがメイスを高く掲げ――。
「――【挑発(タウント)】」
盾ジョブの基本スキルである【挑発】。
敵の注意を引きつけ、攻撃を自分に集中させるスキルだ。
【回復闘士】であるシンシアがこれを使えるのは、彼女は今までも敵を引きつけ、戦闘をコントロールしてきたことの証だ。非常に頼りになる。
シンシアの【挑発】につられ、天井で固まっていたフレイム・バットの群れが高速で急降下し、シンシアに襲いかかる――。
その数は約八十。
一匹一匹は全長30センチほどであるが、それが八十匹も塊になると、第10階層ボスのフレイム・オーガを上回る巨大さだ。
それがシンシアを中心に群がり、まるで赤い竜巻みたいな様相を呈している。
しかし、シンシアは臆することなく、スキルを発動させる。
「――【回転撃(サークル・ショット)】」
両手を伸ばし、握ったメイスを横に一回転。
フレイム・バットの壁を薙ぎ払い、最も接近していた二十体ほどが地に墜ち、灰になって消える。
フレイム・バットはたったの一撃で二割の戦力を失った。
「すげえ、一撃でこれだけ削れるのか…………」
この部屋をクリアするのに必要なのは、広範囲殲滅力か長期継戦能力だ。そのどちらも欠く場合、クリアは困難だ。
広範囲殲滅力で短時間でのクリアを目指すか、長い時間をかけて少しずつ削っていくか、そのどちらかが基本戦術。
そして、俺たちが目指しているのは短期決戦だ。
そのための広範囲殲滅力は、シンシアが今示してくれた。
「よし、その調子。これなら楽勝だ」
シンシアに声をかける。
この間にも、シンシアは華麗なステップで敵の攻撃を躱しながら、一匹、二匹と近寄るフレイム・バットを撃墜していく。
俺はこちらに向かって来たはぐれバットや天井に留まっている様子見バットに向けて火球を放つだけ。
戦闘のメインはあくまでも、シンシアだ。
ようやく、リキャストタイムが終了したようだ。
シンシアは再度――。
「――【回転撃(サークル・ショット)】」
先ほどより大きく、威力のある攻撃だ。
一発目は確実性のために威力を抑えたが、大丈夫だと確信して二発目は威力を上げたのだろう。
この一撃でファイア・バットは三十体ほどが地に墜ちた。
合間に俺とシンシアが削っていたこともあり、残りは約三十体。
「後はスキル使わないで倒すわ」
「了解」
モンハウで練習した際、ファイア・バット二十体をスキルなしで華麗に瞬殺したシンシアだ。
多少数が増え、敵も強くなっているけど、まったく問題ないだろう。
俺はなんの不安も抱かず、ギャラリーに回った。
フレイム・バットの攻撃方法は、口から吐き出す小さな火球と、身体にまとった炎による体当たりだ。
どちらも防具で受ければダメージはほぼゼロ。
なにせ、シンシアの装備はサード・ダンジョンでも通用する戦乙女舞闘装(バトルドレス)なのだ。
注意すべきは顔で受けないようにすること。
顔に当たるとダメージを受けるのはもちろん、炎で視界を奪われてしまう。
だが、そんな心配はまったく無用。
シンシアは戦乙女舞闘装(バトルドレス)の裾をはためかせながら、舞うように敵の攻撃をギリギリで躱し、振り向きざまに一撃を叩き込んでいく。
――その美しさに、俺は見惚れていた。
俺が知る中でも近接アタッカーとしては、トップクラスの戦闘センスだ。
たしかに、ステータスやスキルを含めた強さで言えば、クリストフやバートンたちの方が上だ。
しかし、ヤツらのジョブ任せの力技とは対照的に、シンシアは自分の能力を最大限に引き出す動きだった。
仮定の話にはなるが、同じステータスで戦ったら、クリストフもバートンもシンシアに完膚なきまでにぶちのめされるのは間違いないだろう。
恐るべき才能、いや、才能の一言で片付けるべきではない。
この動きを身につけるために、シンシアがどれだけの鍛錬を積み上げてきたのか……。
――育て上げれば、シンシアの目標である
決着はすぐに訪れた。
「いえい、終わったよ〜」
「ああ、お疲れ様。見事だったよ」
「うんっ! 戦わせてくれて、ありがと」
「ああ、俺も参考になったよ」
「参考?」
「ああ、これからの連携の組み方とかね」
シンシアの近接戦闘能力は想像以上だった。
でも、これならシンシアを主軸にしていく戦法もとれる。
戦術にも幅が出るし、今後が楽しみだ。
「そっか。私も早くラーズと連携プレイしたいよ」
「それは、セカンド・ダンジョンの後半くらいまで待たないとね」
今回のボス戦でも明らかだが、それくらいまでいかないと、連携をとる必要がないのだ。
ソロで瞬殺できちゃうからな。
ただ、攻略が進んで行くと、それだけじゃ通用しなくなる。
俺の計算だと、それがセカンド・ダンジョン後半なのだ。
「うーん。待ち遠しい。そこまで、さっさと終わらせちゃおうね」
「ああ、そのつもりだ。それにしても、汗ひとつかいていないね」
「ラーズの精霊術のおかげかな。へへっ」
シンシアはそう言うが、ムダな動きをしてないっていうのも大きな理由だろう。
俺も今の戦いを見ていて、久しぶりに熱い気持ちになった。
早く、シンシアに汗をかかせるような敵と俺も戦いたい。
その時に彼女の隣に立つのは俺なんだから――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
シンシア無双でした!
次回――『火炎窟攻略2日目6:フレイム・バット戦リザルト』
シンシア「帰ろう!」
ラーズ「なんか忘れてない?」
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