第35話 火炎窟攻略2日目4:後輩パーティー

 ――午後四時。


 俺たちは今日の目的地――第20階層ボス部屋前へ到着した。

 隠し部屋に寄り道したり、モンスターハウスで一騒動あったりしたが、予定していたのよりも少し早い時間で着くことが出来た。


 奥にボス部屋へと続く巨大な扉がある以外は殺風景な小部屋。

 チェックポイントこそないものの、この部屋にはモンスターが出現せず、外から入ってくることもない。


 この安全地帯で休憩をとり、準備を整えてからボス戦に挑むことが出来るのだ。

 そして、この場には既に人がいた。


 男三人女二人の五人組。

 全員見知らぬ顔だ。そして、若い。

 同じパーティーを組む仲間たちと見て、まず間違いはない。


 やっぱりな。これは想定していた。

 ここのボスはとある理由で人気なのだ。

 大抵他のパーティーがいるし、下手すると五パーティーくらい順番待ちをしている。

 一組だけだったのは、むしろ幸運だ。


 五人は車座になり、ゆったりとくつろいでいるが、その顔には深い疲労の色が見て取れた。

 さては、ボスにコテンパンにされて、撤退してきたところかな。


 ボス部屋には一度に五人までしか入ることが出来ない。六人目が入ろうとしても、見えない魔力の壁に阻まれてしまうのだ。

 これこそが、五人パーティーを組む理由なのだ。


 それゆえ、複数のパーティーが同じタイミングでボス戦に挑みたい場合には順番待ちをする必要になる。

 そして、その順番は「早いもの勝ち」だ。

 酷いときになると、ボス部屋前に数パーティーが集まり、自分たちの番を数時間も待つハメになる。


 俺はボス部屋の扉に視線を向ける。

 扉は閉まっている。

 ここのボス部屋は戦闘中は扉が開いているタイプだ。


 戦闘中に扉が開いているタイプの部屋は、閉まるタイプの部屋に比べて、段違いに安全だ。

 開いているタイプの部屋は、戦闘中にいつでも入り口から逃走できるからだ。

 それに対し、閉まっているタイプの部屋は、ボスを倒すまで扉が開かず、転移アイテムでしか逃げることが出来ないからだ。


 よって、今は誰もボスと戦っていないことになる。

 じゃあ、この冒険者たちは?

 話しかけようと思ったところで、一人の少年が立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。


「はじめまして、『月詠(つくよみ)の狩人』のリーダー、リュークです」


 若いな。二、三年目ってとこだろう?

 武器は持っていないが、パーティー名とその身のこなしから判断するに弓使いだろう。


 ダンジョン内では他パーティーには不干渉。

 これが暗黙のマナーだ。

 とは言え、ダンジョン内で知り合って、仲良くなるというのもよくある話だ。

 俺も『無窮の翼』時代にいくつかのパーティーとダンジョン内で知り合った。


 要は察する能力だ。

 相手が話したがっているのか、そうではないのか。

 それをキチンと見分けることが出来れば、トラブルは避けられる。

 これもダンジョンに潜るうちに自然と身につく能力だ。


 第一印象は素直な子。

 まだ擦れていない【星無しノービス】といった感じ。

 人懐っこい子なんだろう。

 俺たちが拒絶する雰囲気を出していないのを感じ取り、話しかけて来たようだ。


 偉そうな態度だったり、喧嘩腰だったりしたら、適当にあしらうところだ。

 だが、こう丁寧に下手に出られると、無下にあしらうわけにもいかない。


「『精霊の宿り木』のラーズ、こっちはシンシア。よろしくな」

「ええ、よろしくお願いします」


 俺が差し出した右手を、リュークという名の少年が握り返してくる。

 そして、待ちきれなかったかのように質問を投げかけてくる。

 好奇心の強さはシンシアに似てるな。


「お二人でここまで?」

「ああ。最近組んだばかりだけど、二人パーティーだ」

「えええ。二人パーティーですか……。あのぉ、初めてお見かけしたのですが……」

「ああ、そうだな。そっちは長いのか?」

「ええ、もう二週間ですね。ずっと足止めを喰らってます」


 『無窮の翼』は一発クリアだったけど、他のパーティーは皆ここで苦戦すると聞く。

 俺たちは優秀なパーティーだったのだ……あの頃は。


「普通だったら、一ヶ月以上かかるんだ。焦ることないよ」

「ええ、そうなんですけどね。やっぱり足止めされて前に進めないってのは、結構ストレスですね」


 この様子だと、第10階層のフレイム・オーガを含め、今まで詰まることなく順調に来たのだろう。


「今、何年目なの?」

「3年目です。正確には26ヶ月目です」

「ほう。優秀じゃないか」


 予想通りに、ここまで順調に来たようだ。

 『無窮の翼』がここのボスを倒したのは24ヶ月目だ。

 その記録に2ヶ月差と迫っている彼ら『月詠の狩人』も十分に優秀だ。


 だが、ここで躓いた。

 それで悩んでいるんだろう。


「いえ、『無窮の翼』はここのボスを24ヶ月でクリアし、3年ちょうどでファースト・ダンジョンを制覇しました。それに比べたらまだまだです」


 熱い目で語るリューク。

 『無窮の翼』をライバル視してるのだろう。

 横を見ると、シンシアがイタズラっぽい笑みを浮かべている。

 当の本人がそこにいることをバラそうかどうか考えている顔だ。


「コホン」


 咳払いひとつでシンシアの悪巧みを阻止する。

 俺もリュークにそこまで教える気はない。

 説明が面倒くさくなりそうだし。


「それで、話しかけて来たのはなんの用だい?」


 長々と話してきたが、まだ本題に入っていない。

 まあ、いきなり本題を切り出すようじゃダメなので、そこは評価できる。

 とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 そろそろ、本題に入らないと。

 とはいえ、大体想像はついているけどな。


「厚かましいお願いかもしれませんが、どうかここのアドバイスを教えていただけないでしょうか?」


 リュークが深々と頭を下げる。

 リーダーとしての責任感が強いのだろう。

 攻略が停滞しているのは自分のせい。

 だから、攻略の助けになるのなら、なんでもやってみせる。

 そういった熱意と責任感を感じさせるお辞儀だった。


 こういう態度をとられるとな……俺も多くの先輩に世話になったし。


「まあ、頭上げてよ」

「はい」

「いいよ。俺の教えられる範囲内でよければ。シンシアもいいよな?」

「ええ、もちろんよ」

「あっ、ありがとうございます」


 リュークは再度深く頭を下げる。


 この依頼を受けても、俺たちには大したメリットはない。むしろ、貴重な時間を失うデメリットがあるくらいだ。

 だけど、俺は引き受けることにした。

 要するに、俺は気に入ったのだ。

 このリュークという純朴な少年が気に入ったのだ。


「でも、なんで俺たちに声かけたの?」

「二人とも見たこともないような凄い装備ですし……」

「ほう」

「それに、なんか気配もこの街で見かける冒険者たちとは違う感じで、なんか……強そうだなって」


 それが分かるなら、大した観察眼だ。


「それにこの機会を逃したら、もう二度と会えない気がして……」

「……そうか。良い目をしてるな」


 俺は首からかけられた冒険者タグを服の中から取り出し、リュークに見せつける。シンシアも同じようにした。


「…………っ、ふっ、【2つ星】ッ!!!」


 リュークはしばらく俺たちの冒険者タグに視線が釘付けだったが、理解が及ぶと驚きのあまり大声を上げた。


「え〜、なになに〜?」

「2つ星だって〜!?」


 リュークの大声に残りのメンバーたちが集まってきた。

 皆、信じられないものを見るように俺とシンシアのタグに視線を奪われている。


 【1つ星】ならば、アインスに戻ってくることもままある。

 しかし、【2つ星】が戻ってくることは極めて稀なので、この驚きようも納得だ。


「なんで【2つ星】の方がアインスに?」

「ちょっとあってな。初心に返るつもりで、最初からやり直してるんだ」

「それでは、ファースト・ダンジョンなんかすぐにクリアして次に行っちゃうんですね」

「ああ、そうだな。来週にはもうツヴィーにいる予定だ」

「それなら、出会えたのは本当に幸運でした」

「それで、リュークたちはこれからどうするんだ? 再戦か?」

「いえ、今日は三回挑戦して、みんなボロボロなので、このまま帰ります」

「そうか。俺たちもボスを倒したら帰るつもりだ。後で、ギルド酒場で合流でいいか? そのときなら、落ち着いて話も出来るだろう」

「分かりました。お先にギルド酒場で待ってます」

「ああ、また後でな」

「後でね〜」


 シンシアが手を振ると、『月詠の狩人』の少年たちはみな顔を赤くさせていた。

 そして、それを女の子たちに「もう、デレデレしないの」と窘(たしな)められながら去って行った。

 うーん、若いな。3歳しか変わらないけど……。


「いい子たちだったわね」

「ああ、ああいう奴らには良い冒険者になってもらいたい」

「そうね」


 ボス戦を前にして少し気が緩んだが、もともと緊張するような相手じゃない。

 シンシアも切り替えは出来ているようだし、このまま挑んで問題ないだろう。


 ――さて、ボス戦だ。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 次回――『火炎窟攻略2日目5:第20階層ボス戦』


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