第34話 火炎窟攻略2日目3:ディアスポラ

 ――午後3時半。


 第20階層中盤。

 隠し部屋への寄り道はあったものの、ここまで順調に駆け抜けることが出来た。

 後はボス部屋目指して突っ走るだけなのだが、途中で一箇所だけ寄り道をする予定だ。


 目指すはモンスターハウス――通称モンハウ。

 モンハウは通常の部屋より少し広く、中央にはスポナーと呼ばれる黒い不思議な鉱物で出来た1メートル四方の立方体が設置されている。

 スポナーは宝箱と同様にダンジョン・オブジェクトで、壊すことはおろか、傷ひとつ付ける事すらままならない。


 そして、スポナーは周期的にモンスターを生み出す。

 その部屋ごとに定められた上限数に達するまで、一定時間ごとにモンスターを生み出すのだ。


 だから、こちらの殲滅速度がスポナーの産出速度を上回らない限り、どれだけ倒しても敵が減らないという事態に陥ってしまう。

 逆に、それなりの戦力があれば、エンドレスで敵を倒せる絶好の狩場となる。

 モンハウはリスクは高いが、効率が良い稼ぎ場として重宝される側面も持っているのだ。


 ファースト・ダンジョンに存在するモンハウは比較的安全だ。

 閉じ込められることもないし、ボス戦と違って人数制限もない。

 実力が不足している場合には、複数パーティー合同で挑むこともできるのだ。


 この第20階層のモンハウは一種類だけ。

 同じタイプのモンハウが五十部屋くらいある。


 誂(あつら)えたように存在するモンハウには意味がある。

 モンハウはここのフロアボスの予習になるのだ。

 「フロアボスに挑む前にモンハウで完勝出来るようになれ」とギルド職員や先輩冒険者たちから口を酸っぱくして言われるほどだ。


 俺たちがモンハウを目指す理由も同じだ。

 ボス戦の前哨戦と最終確認を込めて、一度モンハウに挑むことにしたのだ。

 俺とシンシアであれば楽勝だ。

 問題は、どれだけ早く殲滅できるか。

 1分もかかるようじゃ全然ダメ。

 出来れば30秒は切りたい。


 そんな事を考えながら走っていると、モンハウが近づいてきた。

 次の分岐を曲がってしばらく走ればモンハウだ。


「左がモンハウね」

「ああ、だが、戦闘中のようだ」

「どうする? 他行く?」

「いや、ちょっと止まってくれ」

「うん」


 俺が足を止めると、シンシアも続いて立ち止まった。

 俺はモンハウ内の探知に集中する。


「他のパーティーが戦っているようだが、どうやら雲行きが怪しい。行ってみよう」

「うん、分かった」


 シンシアはメイスを構え、走り出す。

 他パーティーが戦っているモンハウへの乱入はマナー違反。敵を横取りすることになるからだ。

 だから、先行パーティーが問題なく戦えているならスルーするつもりだ。


 しかし、探知で見る限り、先行パーティーは苦戦しているようだ。

 このままでは…………。


「うわあああああ」

「逃げろ〜〜〜〜」

「早く早く〜〜」


 俺の悪い予想が当たってしまった。

 先行パーティーは持ちこたえることが出来ず、潰走し始めた。

 なりふり構わず、全力でこちらに逃げてくる。


 女性五人組パーティーだ。

 みな若く、17,8歳ごろ。


「倒しちゃっていいか?」

「あっ、はい。助かります」

「シンシア、行くぞ」

「うんっ!」


 相手の了承は得た。

 俺とシンシアはモンハウに向かって駆け出す。


 モンハウで生まれたモンスターは基本的にその部屋から出ない。

 例外は、戦闘中の冒険者が逃げ出した場合だ。


 その場合、モンスターたちはモンハウに繋がるの通路から外に出る。

 そして、外に出たモンスターたちは他のモンハウを目指すのだ。

 一部は逃げ出した冒険者を追いかけるが、基本は他のモンハウに向かう。


 いわゆる――四散(ディアスポラ)と呼ばれる現象だ。


 ディアスポラのタチが悪いところは、他のモンハウにたどり着いたモンスターはそのモンハウに元からいたモンスターと魔力的交配を行い、多数のモンスターを生み出すことだ。


 ただでさえモンスターが多いモンハウだ。

 そこで、急激にモンスターが増えたら……。

 もし、そこに冒険者がいたら……。

 もし、彼らが耐え切れずに撤退したら……。


 さらに大規模のディアスポラが発生する。

 ディアスポラは連鎖する。

 連鎖する度に規模は急激に拡大する。

 これがディアスポラの本当の恐怖だ。

 下手をするとフロア中が阿鼻叫喚の地獄絵図となる。


 ダンジョンにおける最大の危機はスタンピード。

 通常は階層間移動をしないモンスターたちが出口を目指し、浅い階層に向かって突進する現象だ。


 そして、ディアスポラはスタンピードに次ぐ脅威だ。

 なんとしても初期段階で食い止めなければならない。


 シンシアを先頭に俺たちはモンハウに向かって走る。

 すぐに、モンハウから飛び出してきたファイア・バットの群れと接敵する。

 翼を広げた長さが20センチほどの黒いコウモリ型モンスター。

 口から火球を吐いて攻撃してくる敵だ。


――その数は十体。


 少ないな。

 やっぱり、反対側から何匹か逃げたな。

 これは急がないと。


「シンシア、ここは任せた。俺は残りを殲滅してくる」

「おっけー!」


 シンシアの戦闘力なら、コレくらいの相手は難なく倒せる。

 追撃は探知能力のある俺の方が向いている。

 俺は全力で探知に集中し、その精度を高める。


――残り五体。場所も把握できた。


 少し離れているが、精霊の加護で強化した俺なら十分に追いつける。

 探知魔法で確認しながら、ファイア・バットを追いかけていく。


「シーク・アンド・デストロイだっ!」


 見つけ次第、氷塊を飛ばし、ファイア・バットの命を奪っていく。


 一体。

 二体。

 三体。

 四体。

 五体。


「ふぅ。終わったか」


 所要時間3分。

 探知を確認しても、敵影は確認できず。

 ディアスポラを未然に防ぐことが出来た。

 一安心だ。


 だが、遠くまで追いかけてきたせいで、シンシアから離れてしまった。それに、予定のルートからも少し外れている。

 どこか適当な場所でシンシアと落ち合わないとな。


 俺は、マジック・バッグから『地図』と『通話石』を取り出す。

 地図で場所を確認して、通話石でシンシアをコールする。

 通話石は登録している相手と遠距離でも会話が出来る、ダンジョン攻略には欠かせないアイテムだ。

 とはいえ、ファースト・ダンジョンでは持っている者の方が少ないのだが。

 ちなみに、『無窮の翼』の元メンバーたちの登録は全部削除済みだ。俺からヤツらに話すことなんてなにもないからな。


 しばらくコール音が響いた後、シンシアと通話が繋がった。


「もしもし?」

「ああ、こっちは全部倒したよ。そっちはどう?」

「ええ、こっちもよ。さっきの子たちも全員無事」

「自力で帰れそう?」

「ええ、すぐ近くのチェックポイントに登録してあるから、今から撤退するそうよ」

「そうか。なら良かった」


 助けに入ったけど、間に合わなかったっていうのが一番後味悪いからな。


「これからだけど、二つ選択肢がある」

「ええ」

「ひとつ目はさっきのモンハウでモンスターが出そろうのを待つ」

「ふたつ目は」

「この先の別のモンハウにトライする。移動距離は増えるけど、こっちの方が早いと思う」

「そうね……ふたつ目にしましょ」

「おっけー。じゃあ、CC17の通路で合流しよう」

「CC17ね。すぐに向かうわ」


 さて、俺も合流地点に移動するか。

 俺が合流地点について、すぐ、シンシアもやってきた。


「じゃあ、気を取り直して、モンハウ攻略行きましょ!」

「ああ、頑張って」


 モンハウ攻略はシンシア主体。

 というか、俺はバフだけで殲滅するのはシンシア一人という作戦だ。

 これで問題なければ、すぐにボス戦に突入する流れだ。


 そして――。


 俺の想定を上回る合格点で、シンシアはモンハウのフレイム・バットを殲滅した。


「よし、次はボス戦だ」

「ええ、頑張るわ」

「今の調子でやれば、問題ないよ」




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 『ディアスポラ』

 グレッグ・イーガン著

 早川書房

 おすすめ!


 次回――『火炎窟攻略2日目4:後輩パーティー』


 素直な後輩ってとっても貴重。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る