第33話 火炎窟攻略2日目2:隠し部屋

 火精霊に導かれ、たどり着いた場所は袋小路だった。

 俺は【罠対応】を発動し、行き止まりの壁を調べる――。


「うん。罠はないよ。精霊もそう言っている」


 念の為に精霊に尋ねてみても、罠はないと言っている。

 勿論、直接会話をしたわけではないが、なんとなく気配で分かるのだ。

 そして、精霊が教えてくれたのは、それだけではなかった。


「風精霊が言うには、この裏は空洞になってるんだって」

「ということは――」

「「隠し部屋ッ!」」


 俺とシンシアの声が重なる。


「モンスターは?」

「いないみたい」

「やったー!! おたから〜〜〜!!」


 シンシアは無邪気に飛び上がって喜ぶ。

 その姿にダンジョン内であることを忘れてほっこりした。

 それに、シンシアの気持ちは俺も十分に理解できる。


 隠し部屋には高確率でモンスターがいるか、宝箱があるか、そのどちらか(もしくは両方)だ。

 モンスターが探知に引っかからないので、高確率でこの壁の裏には宝箱があると見込める。


 しかも、隠し部屋の宝箱に入っているのは、その階層ではお目にかかることが出来ないような、レアで高価な品物だ。

 さすがにサード・ダンジョンで出るアイテムには劣るだろうが、いやが上にも期待は高まる。


 その上、ここはファースト・ダンジョンだ。

 サード・ダンジョンなんかだと、未だ完全に探索され尽くしていないので、たまに隠し部屋が発見されたという話を聞く。


 しかし、散々に探索され尽くしたファースト・ダンジョンで新たに隠し部屋が発見される、という話は十年単位であるかないかだ。

 実際、俺が冒険者になって以来、そんな話は聞いたことがない。


 隠し部屋の発見を冒険者ギルドに報告するだけでも大快挙だ。

 十分な追加報酬も望めるし、ギルド側の評価も高まる。

 胸が弾むのも当然であった。


 そして、俺はもうひとつの可能性を思い出した。


「浮かれたくなる気持ちは分かるが、お宝じゃないかもしれない」

「えっ!? どういうことかしら?」

「ほら、前に精霊王様の話をしたろ?」

「…………あっ!」

「そう。4人の精霊王様だ」


 精霊王様は他の4人の精霊王様に出会えと俺に命じた。

 そのために、ダンジョン攻略を最初からやり直せと。


 そして、俺たちは火の精霊に導かれてここにやって来た。

 もしかすると、この先がその道に通じているのかもしれない……。

 そう思うと、感情が昂ぶる。


「どっちにしろ、スゴいことじゃないッ!」

「ああ、緊張するな」

「とっとと壁を壊しちゃおうよ!」


 張り切り気味のシンシアが嬉しそうにブンブンと手持ちのメイスを振り回す。

 俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 少し冷静になれた。


「いや、武器が傷むよ」


 シンシアのメイスはミスリル製だ。

 武器・防具に使われる金属には二種類ある。


 ひとつ目は素材自体の性能――硬度や靭性など――に優れているもの。例えば、鉄や鋼鉄、玉鋼(たまはがね)など。


 ふたつ目は魔力を流すことによって性能を発揮するもの。例えば、魔鉄やオリハルコンなど。


 ミスリルは後者だ。

 シンシアのミスリルメイスは魔力を流すことによって鋼鉄製武器に匹敵する破壊力を得ることが出来る。

 ただ、素材自体の耐久性は鋼鉄ほどではないので、あまり堅すぎる対象を攻撃するには適していない。

 ダンジョンの壁なんかを全力で殴りつけたら、メイス自体がダメージを負うことになる。


「壊れても良い武器でやってみよう」

「壊れても良い武器? …………ああっ、そういうこと!」

「ああ、ここは俺に任せて」

「うんっ! 楽しみにしてるっ!」


 シンシアも察してくれたようで、なにが起こるのかワクワクして俺を見ている。

 格好良く決められれば良いんだけど……。


 シンシアの期待いっぱいの視線を受けながら、俺は集中力を高めていく。

 まずは――。


『火の精霊よ、我に加護を与えよ――【火加護(ファイア・ブレッシング)】』


 火精霊の加護をかけ直し、身体強化を十全にする。

 次に――。


『土の精霊よ、硬き大槌となれ――【金剛鎚(アンブロークン・ハンマー)】』


 土精霊たちが俺の右手に収束し、大きな鎚――金剛鎚を形作る。

 鋼鉄よりも硬い金剛鉄――それを思わせる重厚な鈍色(にびいろ)の大鎚だった。


 それにしても、巨大な鎚だ。

 柄の長さは70センチほど。

 打撃面である頭部の直径は50センチほど。


 この金剛鎚の性能、そして、優れた武器であるという情報が俺の頭に流れ込んでくる。

 土精霊が教えてくれるのだ。


 これが金属製の大鎚だったら、重すぎて俺では使いこなせないだろう。

 しかし、精霊が具象化したこの大鎚は不思議なほど手に馴染んだ。

 なにせ、軽く力を入れると、片手で持ち上がったくらいだ。


「すごっ…………」


 後ろで見てるシンシアが感嘆の声を上げるが、俺自身も驚いている。

 だが、これならば、思いっきり壁を叩ける。

 頑丈な金剛鎚なら、ダンジョン壁であっても打ち負けないだろう。

 それに、金剛鎚は壊れたとしても、懐が痛まない。


「よしっ、やるか」


 両足を壁に水平に構え、腰を落とす。

 両手に持った金剛鎚を大きく上に振りかぶって――全力で壁に叩きつける。


 ――ドゴォォォォン。


 見事、壁には大きな穴が空いていた。

 握っていた両手には多少の痺れがあるが、金剛鎚自体には小さな傷ひとつ付いていない。


 大きな穴が空いたとはいえ、まだ人が通るには小さいので、二度、三度と金剛鎚を叩きつける。


「よしっ、これで通れるか」

「ラーズの精霊術ってなんでもアリね」

「ああ、精霊王様に感謝しないとな」


 金剛鎚を土精霊本来の姿に戻し、空いた穴を二人で通り抜ける。

 その先にあったのは、小さな部屋だった。


 2メートル四方の狭い部屋。

 その中央には――宝箱がひとつ置かれていた。


 「宝箱か……」


 期待していた精霊王様へ至る道ではなさそうだが、それはそれで嬉しいことには変わりない。


「「やったー」」


 俺とシンシアは思わずハイタッチ。

 喜びを分かち合う。


 宝箱は幅20センチほどで、片手で掴めるほど小さい。

 ダンジョンに出て来る宝箱はすべてこのサイズだ。

 しかし、だからと言って、内容物も小さいというわけではない。


 宝箱の内部はマジック・バッグと同じく、不思議な空間になっており、槍や鎧などの大きなものでも入ってしまうのだ。

 それゆえ、宝箱に手を突っ込んで念じてみるまで、なにが出て来るか分からない。

 このドキドキ感が堪らないのだ。


 ちなみに、「じゃあ、宝箱を持ち帰って、マジック・バッグ代わりにすれば?」とは、冒険者なら誰でも思いつきそうな考えだが――これは不可能だ。

 宝箱は不思議な力でダンジョンに固定されていて動かすことも壊すことも出来ない――いわゆるダンジョン・オブジェクトなのだ。

 昔から多くの力自慢や魔法自慢がなんとかしようと試みたが、未だかつて成功した話は聞いたことがない。


「罠はないな」


 壁を調べた時と同様に、宝箱を【罠対応】で調べてみたところ、結果は「罠なし」だ。

 安全が確保されたところで、俺は宝箱に近づいて腰を下ろす。

 次は解錠だ。


「ちょっと時間かかるよ」


 マジック・バッグからピッキング道具を取り出し、解錠に取りかかる。

 鍵穴にピックを差し込むと、【解錠】スキルが発動し、錠の大体の構造が把握できた。


 ファースト・ダンジョンにしては難しい錠だが、俺のスキルでなんとかなる。

 俺の【解錠】スキルはレベル4だ。

 これなら、十分程度で開けられるだろう。


 解錠にはピックを使って物理的に開ける技術と、魔力を流し込んで魔法的に開ける技術の両方が必要となる。

 指先と魔力操作――この二つを同時に行わなければならないので、高い集中力が必要とされる。

 モンスターの襲撃を気にしながらでは、とてもじゃないけど開錠は出来ない。

 信頼できる仲間がいることが解錠には必須条件だが、今回は問題ないだろう。

 シンシアの頼もしさは、これまでの道中でも明らかだ。

 俺は安心して、解錠に集中していった――のだが。


 集中できない…………。


「ごめん、シンシア近すぎる」


 最初は後ろで見ていたシンシアだったが、少しずつ近づいてきて、今では顔が触れそうな位置まで近づいていた。

 走り続けて汗をかいているはずなのに、なぜかとてもいい匂いが漂ってきて、俺の集中力は雲のように掻き消えた。


「あっ! ごめんなさい」


 俺の指摘でシンシアはすぐに離れた。

 悪気はないのだろう。

 興味のあまり、無意識に接近して来たのだろう。

 今も悪びれながらも、その瞳はキラキラと輝いている。

 ホント、好奇心が強い子だ。

 そんな顔をされちゃあ、怒るわけにもいかない。


「いや、気をつけてね。さすがに、あんなに近づかれたら、ドキドキして集中できないよ」

「ごめんなさい。イヤだったよね?」

「別にイヤじゃないよ。ただ単に集中できないだけ」

「イヤじゃないんだ。よかった」


 最後のセリフは小さくて聞き取れなかったが、シンシアは俺から少し離れた場所に移動してくれた。


「じゃあ、もう一度、解錠してみるよ」

「ええ、頑張って」


 俺は再度、解錠に挑む。

 それから数分が経過し――。


 ――カチリ。


「鍵、空いたよ」

「お疲れ様ー」

「中を見る?」

「えっ、いいの?」

「ああ」


 エサを「おあずけ」されたウサギみたいな顔をされては、こう言わざるを得ない。


 ワクワク顔のシンシアが宝箱の中に手を突っ込んで、そして、引き出す。

 その手に握られていたのは――小さな革袋だった。


 武具など大きな物の場合は、宝箱の隣の床にポンと現れたりするのだが、今回は彼女の手のひらに収まったようだ。


「魔石かしら?」


 小袋の中には小石ほどのサイズで、透明に輝く宝石のようなものが5つ入っていた。

 そのひとつをシンシアはつまみ上げ、俺に見せてくる。


「ちょっと貸して」

「うん」

「いや、魔石じゃないよ」


 魔石は他の石と違い、魔力を流した時に特徴的な反応をする。

 よく似てる偽石を使った魔石詐欺を見破るのに必要なテクニックだ。


 ちょっとコツと修練が必要なので、普通は各パーティーの鑑定担当者くらいしか知らない小技だ。

 まあ、真っ当な冒険者は冒険者ギルド以外と魔石取引をすることはないし、わざわざ覚える暇があったら、自分のスキルを伸ばすのに時間を使うべきかもしれない。

 俺は自分に出来ることはなんでも覚えようと努力してたから、覚えているだけだ。


「じゃあ…………」

「それは俺も分からない。だけど、ただの石じゃあないとは思う」


 曖昧な結果に、シンシアが微妙な表情をする。

 確かに、一番モヤモヤするパターンだ。


 アタリだったら喜べるし、ハズレだったら落ち込める。

 しかし、出てきた物の価値が分からない場合は、喜ぶことも落ち込むことも出来ない。

 期待に高まっていた気持ちをどこに持っていたらいいか分からない。


 だが、俺は期待していた。

 この石は魔力を流した感じが変だった。

 今まで見たことのない物ではあるが、なにか重要な石のような気がする。

 それに、わざわざ普通じゃ分からないような隠し部屋の宝箱に入っていた物だ。

 期待してもいいだろう。


 そう思っていると、先ほど案内してくれた火精霊が俺の頭上をクルクルと高速回転し始めた。


「ん? どうした?」

「なにかしら?」


 そして、火精霊は謎石を持った俺の手に近づき、まるでおねだりするかのようにフルフルと震えだした。


「これか? 欲しいのか?」

「欲しがってるみたいね」


 俺が謎石を近づけると、火精霊が飲み込んだみたいに謎石が消え去った。

 火精霊はユラユラと揺れ、喜びを表しているようだ。


「喜んでいるみたいだな」

「ホント!」


 そして――。


「あれ、こいつ、強くなってない?」

「ええ、わたしもそんな気がするわ」


 謎石を飲み込んだ火精霊は密度が増した気がする。

 うん、間違いない。

 他の火精霊と比べると、明らかに濃密だ。


「この石は精霊を強化させる石なのか?」

「そうみたいね。ラーズは聞いたことあった?」

「いや、精霊を強化させるアイテムなんて聞いたことないよ」

「試してみるか――」


『火の精霊よ、球となりて翔び出せ――【火球(ファイア・ボール)】』


 謎石を食べた火精霊に命じ、壁に向かって火球を放つ。火球は壁に衝突し、大きな音を立てて消え去る。

 焦げ臭い匂いが漂うくらいで、壁自体は全くの無傷。

 ダンジョンの壁は破壊不能。今回の隠し部屋のように、壊させるための壁以外は壊せないのだ。


 俺は驚愕していた――。


 使用した魔力量はいつも通り、放った火球の大きさは普段と同程度だった。しかし――火球の色が異なっていた。

 普段は赤からオレンジ色だったけど、今回の火球は黄色だった。


 炎の色の違いは温度の違い。

 火属性魔法について勉強した時に仕入れた知識だ。


 温度が上がるにつれて、赤からオレンジ、そして、黄色へと変わる。

 その上にも、白い炎や青い炎があるが、それは火属性魔法の特級だとか、超級だとかの話だ。


 今回の黄色い火球は、火属性魔法の中級魔法に匹敵する威力だろう。


「うわっ」

「すごっ!」


 精霊にこの謎石を食べさせると、精霊が強化される。

 俺の精霊術は今でも十分に強いが、この仮説が正しいならば、俺は反則なほど強くなれる。


 たとえば、複数の火精霊にひとつずつ謎石を食べさせれば、火属性魔法の中級魔法に匹敵する火球を連発できるようになる。

 しかも、精霊術は燃費が良いので、俺の魔力量でも百連発くらいは余裕だ。


 こんなことが出来る魔法使いはサード・ダンジョンでも存在しない。

 俺はこの発見に戦慄した――。


「こいつにもう一個食べさせたり、他の精霊に食べさせたりと、色々実験してみたいところだが……」

「やってみる?」

「うーん、気にはなるんだけど、数も限られてるしなあ」


 一個使ったので、謎石の残りは四個だ。

 ここで実験するよりも、ギルドで詳しく調べてもらってからのほうが良いだろう。


「ギルドで見てもらうしかないな」

「そうね…………」


 シンシアは謎石がすごく気になっているようだ。


「どうする? 気になるなら、今すぐ帰還してもいいけど?」


 攻略予定は組んであるけど、どうしても守らなきゃいけないものでもない。

 この石が気になって集中出来ないくらいなら、ミスを犯す前に撤退すべきだ。


「ううん。大丈夫。予定通り行きましょ」


 シンシアの顔からは先程までの葛藤は消え去っていた。

 気持ちを切り替えたのだろう。

 今はすでに冒険者の顔に戻っている。

 先へ先へと目指す冒険者の顔に――。




   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 精霊術を使うのにもMP的なものを消費します(マスクデータですが)。

 普通の魔法と同じく、それぞれの精霊を使うのにリキャストタイムが存在します。

 ただ、各属性複数の精霊を使役してるので、精霊の数だけ連発できます。


 次回――『火炎窟攻略2日目3:ディアスポラ』


 シーク・アンド・デストロイッ!


   ◇◆◇◆◇◆◇


 同時連載中の作品が第一部完結いたしました。


『貸した魔力は【リボ払い】で強制徴収 〜用済みとパーティー追放された俺は、可愛いサポート妖精と一緒に取り立てた魔力を運用して最強を目指す。限界まで搾り取ってやるから地獄を見やがれ〜』

https://kakuyomu.jp/works/16816927859671476293


こちらの作品もざまぁギガ盛りになってます。

本作の読者様なら、きっと楽しんでいただけると思います。

未読の方は、この機会に是非!

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