第26話 勇者パーティー7:ストーンゴーレム戦2
ウルは理解出来ずにいた。
クリストフたちがいつも通りの実力を発揮できていないことも気になったが、それ以上に理解できないことがあった。
それはウルが最初に放った【氷牢(フローズン・ジェイル)】についてだ。
いつもと同じように発動した。
詠唱も省略していないし、発動に失敗した兆候である魔力の乱れも感知していない。
それなのに、いつも通りの威力が得られなかった。
いつもなら、氷塊が衝突した衝撃で、ストーンゴーレムに半壊するほどのダメージを与えるはずだ。
しかし、今回は軽く仰け反っただけ…………ありえない。
そして、その後もおかしかった。
いつもは、ストーンゴーレムの動きを完全に封じてきた。
その間に、クリストフやバートンが余裕を持って一撃を入れ、ストーンゴーレムを倒す。
だけど、今回は直ぐに束縛を解き、攻撃までしてきた。
それだけでなく、その後も【氷牢(フローズン・ジェイル)】の影響なく動いている。
「信じられない…………」
ウルは自分の魔法に絶大な自信を持っていた。
それが打ち破られていく様子を見せつけられ、なにを信じていいのか、呆然としていた。
そこにかけられたバートンの声。
その声に自分を取り戻す。
さっきのは間違いだ。
それか、変異種。
今はどっちかわからない。
でも、気にせずに自分の出来ることをやるべき。
――もっとも得意で威力のある特級魔法でストーンゴーレムを焼き尽くす。それだけ。
ウルは目を閉じ、集中に入る。
隣にいたクウカが走り出したことに気付かないほどの集中だ。
小さな口が長い詠唱を紡ぎ出す。
今の彼女が放てる最大威力の魔法を打つために――。
◇◆◇◆◇◆◇
クリストフをぶちのめしたストーンゴーレムがバートンに迫る。
メンバーに指示を出したバートンは、すぐに相手の攻撃に反応し両手で持った大剣を身体の前に構える。
ストーンゴーレムの巨大な拳がバートンに迫るが、彼は落ち着いていた。
まずは、ストーンゴーレムの拳を剣で受け流す。
そして、ガラ空きの胴体に一撃を叩き込む――。
バートンがそこまで考えたところで、ストーンゴーレムの巨拳とバートンの大剣が激突した。
確かに、バートンの剣は拳の勢いを弱めた。
だが――弱めただけだった。
威力が多少落ちても未だ強力な一撃がバートンの顔面をとらえ、先ほどのクリストフ同様に、バートンの身体も地面を転がるハメになった。
「おい、なんだこりゃ? 一体、どうしたってんだ??」
殴り飛ばされ倒れたバートンは痛みに顔を顰(しか)めながらも、なんとか立ち上がる。
クリストフのように無防備な体勢でなかったことと、大剣の防御で威力を削いでいたから、ダメージはクリストフほどではなかった。
しかし、どうにか立ち上がりはしたものの、身体はフラつき、そして、頭は混乱していた。
今まで何度もストーンゴーレムの拳を受けたことがあるが、全て躱すか剣で受け止めてきた。
こんなふうに無様に殴り飛ばされることなんてなかったのだ。
「まさか、変異種か?」
バートンはクウカらと同じく、変異種であることを疑っていた――。
◇◆◇◆◇◆◇
クウカはなりふり構わずクリストフの下へ駆け寄った。
「はっ!?」
そして、惨状を目の当たりにする。
額には大きな裂傷。鼻の辺りは大きく陥没している。
右腕はあらぬ方向に曲がり、両脚は砕けている。
鎧の下で分からないが、肋骨や背骨も損傷しているかもしれない。
さっきの【大回復(ハイ・ヒール)】で出血は止まり、小さな傷は癒えているが、いつ命の灯火が消えてもおかしくない状態だ。
「うそっ……」
クウカは今まで信じていた。
クリストフが負けることはありえない。
クリストフが死ぬことはありえない。
だって、クリストフは【勇者】だから。
私のために生まれてきた【勇者】だから。
そのクリストフが死に瀕している。
クウカは血で汚れるのも構わず、クリストフの横に座り込み、クリストフの胸に両手を当てて詠唱を開始する。
「――【大回復(ハイ・ヒール)】」
クウカがクリストフの下へ来たのは理由がある。
彼の状態をこの目で確認したいというのもあるが、【大回復(ハイ・ヒール)】などの回復魔法は遠距離よりも相手の身体に直接触れて発動させる方が効果が大きいからだ。
確かにその通りであった。
クウカの魔法により、クリストフの身体は癒えていく。
癒えてはいくのだが――その速さは遅々としたものだった。
「どうしてっ!」
こんなはずじゃない。
いつもだったら、もっと速く回復する。
骨折だって、一発で治るはず……。
「どうにかっ、どうにかしないとっ!!!!!!」
クウカの両目から涙がこぼれ落ちる。
次から次へと。止まることなく。
「――【大回復(ハイ・ヒール)】」
「――【大回復(ハイ・ヒール)】」
「――【大回復(ハイ・ヒール)】」
「――【大回復(ハイ・ヒール)】」
「――【大回復(ハイ・ヒール)】」
クウカは魔力枯渇も気にせず、狂ったように【大回復(ハイ・ヒール)】を連発する。
その甲斐あって、クリストフの傷は完治した。
しかし、クリストフは目を覚まさなかった――。
◇◆◇◆◇◆◇
メンバーたちが混乱する中、ジェイソンだけが冷静だった。
自分の力量を把握している彼は、無理せず防御に徹した。
振り下ろされる巨大な拳。それを躱(かわ)し、いなし、避(さ)ける。
避(よ)けきれない攻撃だけは、巧みな斧さばきで軌道を逸(そ)らす。
決して真っ向から向き合ったりはしなかった。
そして、ストーンゴーレムの体勢が崩れた一瞬の隙をついて、果敢にもゴーレムに向かって突進――上体を屈めながら、ゴーレムの股下を潜(くぐ)り抜けた。
ストーンゴーレムの背後を取り、絶好のチャンスを得たジェイソンだったが、無理をせず無難な攻撃でストーンゴーレムの背中に軽い傷をつけるだけに留めた。
もともと、自分の攻撃一発でストーンゴーレムに致命傷を与えられるとは思っていない。
無理して大技を放ったところで、その後の隙を狙われてクリストフらと同じハメになる。
ストーンゴーレムの背後をとったのは、攻撃するためではない。
他に理由があるのだ。
ジェイソンは周囲を見回し、大声で叫ぶ。
「今だ、ウル。魔法を打つんだッ!」
ジェイソンがストーンゴーレムの背後に回りこんだ理由。
それは――ウルの射線を確保するためだ。
先ほどのバートンの指示で、ウルが強力な攻撃魔法を打つことが分かった。
自分がウルとストーンゴーレムの間にいたら、その巻き添えを喰ってしまう。
それを避けるために、背後を取ったのだ。
クリストフとクウカは部屋の隅の離れた場所にいるし、バートンもストーンゴーレムから距離をとっている。
攻撃魔法を打つなら今しかない。
本来はバートンの役目だが、バートンは呆けている。
だから自分が――そう思って、ジェイソンは叫んだのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
全四十八節に及ぶ長い詠唱を終え、発動待機状態でタイミングを図っていたウルは、ジェイソンの叫びを聞き、発動ワードを唱え、杖を前に突き出した。
「――【蒼炎龍舞波(ドラゴニック・ファイア・ダンス)】」
杖の先端から二頭の蒼白い炎の龍が飛び出し、二体のストーンゴーレムに襲いかかる――。
【賢者】であるウルだからこそ使える特級火属性魔法である【蒼炎龍舞波(ドラゴニック・ファイア・ダンス)】。
ジェイソンは戦闘中であるのも忘れ、見入っていた。
「すげえ……」
これほどの魔法をジェイソンは見たことがなかった。
ジェイソンの眼前で、二頭の蒼き炎龍がストーンゴーレムを蹂躙していく。
ストーンゴーレムに巻くつくように自由自在に飛び回り、火の粉と熱波を振りまく神々しい二頭の龍。
彼はその美しさと威力に畏怖の感情を抱いたまま立ち尽くしていた。
やがて、炎龍は天に昇るように消え去っていく――。
「やったか?」
ジェイソンだけでなく、他の三人もその光景に見入っている。
クリストフだけ未だ意識が戻っていない。
彼以外の全員が勝利を確信した。
しかし――ストーンゴーレムは未だ健在であった。
炎龍は間違いなくダメージを与えている。
ストーンゴーレムの身体はあちこちが焼け焦げ、抉(えぐ)られ、ヒビが入っている。
一体に至っては、右腕が肘の先から消失している。
大ダメージではあるが、ストーンゴーレムは倒れていない。
「うそっ!?」
一番信じられなかったのは、魔法を放った本人であるウルだった。
渾身の特級魔法でも、ストーンゴーレムごときを倒せない。
目の前の出来事が現実であると信じることが出来なかった。
蒼白い顔色をしたウルはふらつく。
魔力欠乏症だ。
いくら【賢者】であるウルであっても、代償なしに特級魔法を放つことはできない。
今までであれば、ギリギリのタイミングで駆け付け、倒れそうになるウルを抱きかかえ、その口に魔力回復ポーションを流し込む男がいた。
だが、その男はもうここにはいない。
自分たちが追放してしまったのだ。
気を失ったウルはそのまま、崩れ落ちるように床に倒れこんだ――。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
ウルちゃーーん!! (リタイア二人目)
ここから怒涛の反撃か? (すっとぼけ)
次回――『火炎窟攻略1日目3:最初のフロアボス』
フロアボス「やっと出番だ!」
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