第25話 火炎窟攻略1日目2:セーフティー・エリア
俺たちがダンジョンに入ってから一時間ほどが経過した。
俺たちは第5階層の中間地点――セーフティー・エリアにたどり着いた。
ダンジョン内には、ここのようなセーフティー・エリアと呼ばれる空間が何箇所か存在する。
10メートル四方かそれ以上の広い空間で、モンスターが入ってくることもないし、モンスターが湧くこともない。その名の通り、安全な空間なのだ。
冒険者たちはセーフティー・エリアで休息したり、食事をとったり、時には野営することもある。
実際、ここ第5階層中間地点のセーフティー・エリアでも五組のパーティーが床に腰を下ろしてくつろいだり、作戦会議をしたり、軽く剣を合わせたりしている。
セーフティー・エリアに入ってきた時、彼らの視線が俺たちに集中した。
俺たちが2人組であることに驚いたのだろう。
ダンジョン攻略は例外を除いて、五人パーティーで挑むものだ。
冒険者タグを使ってパーティー登録が出来るのだが、その上限が五人であるからだ。
なぜ上限が五人なのか、その理由は分からない。
冒険者タグも魔道具であり、そういうものだと割りきるしかないのだ。
なので、六人以上だとパーティーを組むことが出来ず、経験値の分配が出来ないし、ボス部屋などの特殊な部屋には一つのパーティーしか入ることが出来ない。
当然、人数が増えると戦力も増し、安全度も高まる。
だから、上限いっぱいの五人でパーティーを組むのが常識だ。
俺たちのように二人パーティーは非常識。
よっぽどの実力者か、自分の力を過信した大馬鹿野郎。そのどっちかだ。
俺たちがどちらであるか、見定めるように視線が集まったが、その視線はすぐにそらされた。
ダンジョン内では他パーティーには不干渉。
それが暗黙の掟だ。
パーティー同士が接触すればトラブルの元。
それを避けるために、必要以上に他パーティーには関わらない。
救援要請があった場合には話が別だが、そんな場合でもなければ関わらない。
目が合ったというだけで、刃傷沙汰になることもあるのだ。
いくら初心者とはいえ、不躾な視線を送ってくる奴らはいなかった。
初心者ではあっても第5層に来れるということは、1年近くダンジョンに潜っているはずで、さすがに冒険者として最低限の常識は身に着けているようだ。
そうでなければ、ここにたどり着く前に退場している。
ちなみに、人数の上限という制約があるせいで、俺みたいにパーティーから追放される奴が出て来るのだ。
メンバーを入れ替えて、手っ取り早くパーティーを強化しようという考えなのだが、実際は、そう簡単なものではない。
パーティーが実力を発揮するのは、個々の連携が取れてこそだ。
多くの修羅場をくぐり抜けて培われる阿吽の呼吸。
いくら強い冒険者であっても、いきなり新しいパーティーに入ってすぐに馴染めるわけでもない。
そんな当たり前のことなのだが、アイツらはそれを分かっているのだろうか?
新メンバーとして加入したのは、シンシアが所属していた『破断の斧』のジェイソンさんだと聞いたが、ちゃんとやってけるんだろうか?
そんな疑問が浮かぶが、俺は頭を振って考えを打ち払う。
俺が心配するようなことじゃない。
俺はもう『無窮の翼』のラーズではない、『精霊の宿り木』のラーズなのだ。
過去のことを頭から追い出し、セーフティー・エリアの中を歩いて行く。
「ここで一回、休憩しようか」
「そうね。さすがに、少し疲れたわ」
俺とシンシアは空いているスペースを見つけ、腰を下ろした。
そして、それぞれ自分のマジックバッグから水筒を取り出し、冷えた水を口にする。
「冷たくって美味しい! こんなに美味しいお水は初めてよ」
シンシアが驚いたような、喜んだような表情を向けてくる。
「ああ、だろ?」
二人の水筒に入っている水は俺の精霊術で水の精霊の力を借りて生み出したものだ。
ジョブランク3の【精霊統】になって、初めて出来るようになったのだが、この水が極上の味だった。
しかも、キンキンに冷えている。
俺のマジックバッグもシンシアのも、内部の時間経過がほぼゼロなので、入れた時の冷たさが保たれているのだ。
火照った身体に冷水が心地よく染み渡る。
これも馬車の中で練習した成果だ。
「足りなくなったらまた補充するから、言ってくれ」
「うん。ありがとう」
ここで一回休憩を取ることにした理由は二つ。
いくら精霊術の支援を受けているとはいえ、一時間もジョギングすれば、それなりの疲労がある。
肩で息をするほどではないが、俺もシンシアも多少呼吸が乱れている。
その疲労を回復することがひとつ目の理由だ。
「じゃあ、『リカバリー』かけようか?」
「あっ、ちょっと待って」
「ん?」
『水の精霊よ、シンシアに加護を与えよ――【水加護(ウォーター・ブレッシング)】』
俺が水の精霊に呼びかけると、精霊たちはシンシアを包み込み、彼女の身体の中に消えていく。
「これでオッケーだ。『リカバリー』を頼むよ」
「うん、分かったわ」
俺が精霊術を唱えた理由が分からず、キョトンとしているシンシアだったが、俺に促されて回復魔法を唱える。
『――【疲労回復(リカバリー)】』
俺とシンシアを緑の光が包み込む。
シンシアの回復魔法を含め、精霊術以外の魔法ははっきりと目に見える。
だから、目に見えない精霊術はその効果を疑問視され、正当に評価されにくいのだ。
ちょっと羨ましいなと思ってしまう。
回復魔法の『リカバリー』は疲労を回復する魔法だ。
緑の光が消え去ると、身体から疲れが抜け出ていく。
熟睡して朝起きたばかりのような身体の軽さだ。
「ありがとう、楽になったよ」
「嘘っ。信じられない……」
「どうした?」
「いつもとは比べ物にならないほどの効果。それに消費魔力も少ないの……」
確かに先ほどの『リカバリー』の効果は大したものだった。
シンシアはジョブランク2の【回復闘士】だが、ジョブランク3の【聖女】クウカのそれと同等の効果だった。
まあ、クリストフが「仕事していないラーズにかける必要ない」って言い出したせいで、ここ最近はクウカが俺に『リカバリー』をかけてくれることはなかったのだが……。
それを受け入れてた俺も俺だが、やっぱり思い出すと腹が立つな。
ともかく、シンシアの『リカバリー』の効果が高かったのには理由がある。
「ああ、さっき俺がかけた精霊術の効果だよ。水の精霊の加護は精神を安定させるんだ。それによって、魔法の威力が増したり、消費魔力が減ったりするんだ。精霊同士が干渉するから、精霊術には効果がないけど、多分他の魔法ならなんでも効果があると思う」
「すっ、凄い……」
「ああ。精霊の力は本当に凄いんだ。感謝しないとな」
「精霊が凄いのは分かったわ。だけど、それを使役しているラーズも十分に凄いわよ」
「この力も精霊王様から授かったものだしな」
「そういう謙虚なところ、す……素敵よ」
「そっ、そうか……」
シンシアに真っ直ぐな視線を向けられ、顔が赤くなった俺は思わず目をそらした。
気恥ずかしくて適当な相槌を返すことしかできなかったけど、こうやって評価されるとやっぱり嬉しいな。久しく忘れていた感覚だ。
そういえば、ここ最近はクリストフが言いふらすせいで、俺は「お荷物」だとか、「お情けで入れてもらってる」だとか、他の冒険者たちからも見下されがちだった。
そんな中で、シンシアだけが俺を見下すことなく接してくれた。それが無性に嬉しかった。
彼女のおかげで、俺は折れることなく冒険者を続けてこれた。
さらには、わざわざ俺を追いかけて、「一緒にパーティーを組みたい」と言ってくれた。
胸が熱くなった。
そして、俺の中でやる気が高まるとともに、シンシアへの感謝の気持ちが湧き起こる。
俺は自分の気持ちを素直に伝える。
「ありがとう。そうやって褒めてくれると嬉しいよ。シンシアとパーティーを組めて俺も嬉しい。俺もシンシアのことが、す……素敵だと思う」
「えっ……」
あぶねっ。
思わず「好き」って言っちゃいそうだった。
とっさに「素敵」って言い直したけど、バレてないよな?
そう思いながら、シンシアを見ると、今度はシンシアが赤面してた。
思い返せば、今まで「嬉しい」とか、感謝の気持ちは伝えてきたが、「素敵」などの好意を表す言葉は伝えたことがなかった気がする。
パーティー内で否定されるのが当たり前になり、いつの間にか自分の気持を誰かに伝えるのに臆病になっていたようだ。そのことにようやく気が付いた。
やはり、パーティーを抜けたのは正解だったかもしれない。
二人して赤面して、二人の間になんとも言えない空気が流れる。
俺は誤魔化すように口を開いた。
「じゃ、じゃあ、こっちもかけ直しておくよ」
「え、ええ、お願い」
俺は精霊に呼びかける。
『火の精霊よ、我とシンシアに加護を与えよ――【火加護(ファイア・ブレッシング)】』
『風の精霊よ、我とシンシアに加護を与えよ――【風加護(ウィンド・ブレッシング)】』
ダンジョン入り口でかけた火と風の加護を再度かけ直す。これがここで休憩を取ることにした二つ目の理由だ。
支援魔法(バフ)というのは、通常その効果が時間とともに減衰する。
一般的な支援魔法である付与魔法でもそうだし、俺の精霊術もジョブランク2の頃はもって10分というところだった。
それゆえ、支援効果を切らさないように、最適なタイミングでかけ直す技術が必要となる。
しかし、ジョブランク3である【精霊統】の効果はとてつもなかった。
ここまで一時間経過しても、ニ割ほどしか減衰していないのだ。
数時間も効果が持続する支援魔法なんて聞いたこともない。
これは凄いことだ。支援魔法の有効時間が長ければ、かけ直す回数が少なくて済み、その分だけ他の魔法に魔力を回すことが出来る。
俺はあらためてジョブランク3の凄さを実感した。
ともあれ、これで休息の目的はニつとも果たされた。
さっさと出発しよう。
「そろそろ行こうか?」
「ええ。登録しておく?」
「一応しておこうか」
大抵のセーフティー・エリアにはチェックポイントが存在する。
各階層のスタート地点や、それ以外の道中にもチェックポイントは存在するが、冒険者たちの多くは広くて安全なチェックポイントを利用する場合が多い。
チェックポイントを拠点とし、そこから帰還し、冒険を再開するのだ。
俺たちの戦力からすれば、わざわざここで保険のために登録する必要はないかもしれないが、大して時間がかかるわけでもないので、チェックポイント登録をしておいた。
「よし、休憩終わりだ」
「ええ、行きましょう」
俺たちはセーフティー・エリアを後にした。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
見ている冒険者たち「もげろ!」
次回――『勇者パーティー7:ストーンゴーレム戦2』
クリストフ、起きてー!
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