第24話 勇者パーティー6:ストーンゴーレム戦

 ――サード・ダンジョン『巨石塔』第10階層。


 ジェイソンを加え五人編成となった『無窮の翼』は、ジェイソン加入後初のダンジョン攻略に挑んでいる。

 通路を進み、前方の部屋にモンスターを発見したところだ。


 部屋にいるのはストーンゴーレムが二体。

 全身灰色の石で出来ており、身長は2メートル超え。巨漢のバートンよりも頭ひとつ大きい。

 二足二手の人型をしているが、図体は分厚く、手足は丸太のように太い。

 巨石をブロックのように積み重ねた全容であるが、人間と同じように関節があり、鈍重そうな見た目に反して、その動きは滑らかだ。


 ゴーレム種の中でも上級種のミスリルゴーレムなどは身体の中心にある魔法核(コア)を破壊しなければならず討伐はより厄介であるが、下級種であるストーンゴーレムは一定のダメージを与えるだけで――それでも固いゴーレムにそれなりのダメージを与えるのは容易ではないが――倒すことが可能だ。


 特に、身体を真っ二つに切り裂けば、確実に動きを止めることが出来る。

 普通のアタッカーには難しいことだが、クリストフもバートンも、今まで一刀両断でストーンゴーレムを葬ってきた。

 彼らにとって、ストーンゴーレムは恐れる相手ではない。


 対して、新入りのジェイソンにとっては脅威となるモンスターだ。

 今までもパーティー総掛かりで倒してきた相手だ。

 それでも、怖気づいている場合ではない。


 これは彼が『無窮の翼』に加入しての初戦闘だ。

 彼の力量が試される大切な機会だ。

 自然と身体に力が入った。


 作戦については、クリストフから簡単な説明があった。

 まずは部屋の外からウルが攻撃魔法を放ち、その後前衛三人が突入するという、セオリー通りの作戦だ。

 クウカとウルは通路に控え、魔法で補助。直接戦闘は行わない。


 前衛三人が壁沿いに寄って、ウルの射線を確保する。

 それを確認したウルは一歩前に出て、彼女の身長より長い木の杖を前方に構える。

 そのまま、目を閉じ、詠唱を開始する。

 全十二節の詠唱が完成し――。


「――【氷牢(フローズン・ジェイル)】」


 ウルの詠唱とともに、前方に突き出された杖から二つの巨大な氷塊がストーンゴーレムたちに向かって放たれる。


「行くぞッ!」


 クリストフの掛け声とともに、前衛三人は駈け出した――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 先行するのはクリストフとジェイソン。

 ニ体いるうちの右側のストーンゴーレムにクリストフが突っ込み、ジェイソンは左側に向かう。

 バートンはジェイソンの補佐役。ジェイソンの斜め後ろに付き、不測の事態に備える。

 バートンは自分の役回りに不満だったけど、クリストフの命令であるので渋々従っていた。


 ウルが放った氷塊がストーンゴーレムたちに迫る――。


 氷属性の上級魔法である【氷牢(フローズン・ジェイル)】はウルの得意魔法のひとつだ。

 【賢者】である彼女は、さらに上の特級魔法も使えるが、ここではその選択をしなかった。


 理由は二つ。


 特級魔法は確かに上級魔法とは隔絶した威力であるが、その分消費魔力量も桁違いだ。

 いくら【賢者】であるウルであっても、気軽に連発出来るものではない。特級魔法はいざという時のとっておきなのだ。


 そして、二つ目の理由は、ストーンゴーレム相手ならば、【氷牢(フローズン・ジェイル)】で十分だからだ。


 【氷牢(フローズン・ジェイル)】は巨大な氷塊を高速で打ち出し、対象にぶつける魔法だ。

 そして、二つの効果を持ち、どちらも強力だ。

 まず、高速で衝突した大質量の氷塊が対象に物理ダメージを与える。


 クリストフらが接触するより早く、ウルの放った二つの氷解がストーンゴーレムたちに直撃し、ゴーレムたちはその巨体を仰け反らせる。


 そして――激突した氷塊は砕け散ったり、弾け飛んだりすることなく、ゴーレムの体表に纏いつき、厚い氷がその身体を覆い尽くす。

 【氷牢(フローズン・ジェイル)】の二つ目の効果は、対象を氷で覆い尽くし、動きを止めることだ。


 凍りつき動けなくなったストーンゴーレムに向かい、クリストフは身体の前で両腕を交差させる型で双剣を構え、ゴーレムの首を目がけて跳び上がる――。


「――【鋏斬(シザーズ・エッジ)】」


 隙の大きい技だが、高いダメージを与える【勇者】の双剣スキル。

 ハサミで切断するように、双剣で両側から挟み込み、二つの斬撃で同時に斬り落とす。

 首のような細い弱点を持つ敵には滅法強い攻撃であり、クリストフの得意技のひとつ。

 大概の人型モンスターであれば、一撃で葬ることが出来た。


 その必殺の攻撃がストーンゴーレムの首を狩らんと襲いかかる――。


 ――パキン。


 嫌な音がする。


 クリストフ渾身の一撃が届く直前、ストーンゴーレムを覆う氷が音を立てて割れ、粉々に砕け散ったのだ。

 身体の自由を取り戻したストーンゴーレムはクリストフが放った【鋏斬(シザーズ・エッジ)】をしゃがみ込むことによって、ギリギリで回避する。


「なッ!?!?」


 自分の攻撃が命中するとばかり思い込んでいたクリストフは焦るが、技後の隙だらけ、しかも空中に浮かび上がった全身をストーンゴーレムの前に晒している状態だ。

 そこにストーンゴーレムの重い拳が顔面を直撃――クリストフの身体は数メートルも弾き飛ばされる。

 石床を何度かバウンドし、ようやくクリストフの身体は動きを止めた――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



「クリストフッ!」

「クリストフさんッ!!」

「…………嘘」


 パーティーメンバーたちが気遣う叫び声を上げる。

 皆、驚愕の表情を浮かべている。

 驚いているのはジェイソンも同じであった。

 あれだけ「一撃で倒す」と余裕ぶっていたクリストフが、いとも簡単にカウンターを喰らい、呆気なく吹き飛ばされたのだ。


 だが、他人の心配をしている場合ではなかった。

 次はジェイソンの番だ。


 クリストフに少し遅れて攻撃を仕掛けようとしてストーンゴーレムに駆け寄っていたジェイソンは、攻撃態勢に入っていた身体を無理矢理に停止させ、斧を身体の前面に持ってくる。

 両足を踏ん張り、防御態勢で攻撃に備える。


 ジェイソンの前にいるストーンゴーレムも体表を覆う氷を砕き割り、動き出していた。

 人間の何倍もある巨大な拳を振り上げ、ジェイソンに振り下ろす。

 ジェイソンは慌ててスキルを発動させる。


「――【堅守斧(プロテクト・アックス)】」


 斧を中心に防御障壁を張る斧職の基本防御スキルだ。

 派手さはないが、自分一人を守ることに特化したスキルであり、ジョブランク3になっても十分に役立つスキルだ。


 ストーンゴーレムの硬い拳が障壁とぶつかり大きな音を立て、障壁はパリンと弾ける。しかし、そのおかげでジェイソンにダメージはなかった。

 ジェイソンは油断せず、バックステップで距離を取り、攻撃にも守備にも移れるように体勢を整える――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 あまりに想定外な状況に固まっていたバートンもようやく動き出す。

 クリストフに視線を向けるが、倒れたままでピクリとも動かない。

 「チッ」と舌打ちし、仲間に指示を出す。


「おいっ、クウカ、クリストフに回復魔法だッ」

「はっ、はい」

「ウル、手加減無用だ。強力なヤツをぶち込めッ」

「…………うん」

「ジェイソンはそいつをなんとかしろ。もう一体は俺が倒す」

「撤退すべきでは?」

「はっ? ストーンゴーレムごときに尻尾巻いて逃げれるかよ。腑抜けたこと言ってないで、そいつを倒せ。オマエも『無窮の翼』の一員だろ」

「…………。ああ、分かった」


 想定外の反撃を喰らい、味方一人は戦線離脱するほどのダメージ。

 それに対し、ストーンゴーレムはほぼ無傷。

 信じられないことだが、ウルの【氷牢(フローズン・ジェイル)】も大したダメージを与えていないように見える。


 ジェイソンがリーダーだったら、疑う余地もなくここは撤退を選ぶ。それしか選択肢はありえない。

 だが、ここでそれを主張したら、クビ間違い無しだ。


 ジェイソンは腹をくくり、ストーンゴーレムと対峙する。

 しかし、自分一人でストーンゴーレムを倒せるなどとは過信していない。

 自分に出来ることは、防御に徹し、味方がもう一体を倒しきるまで粘ることだ。


 ――大丈夫。ストーンゴーレムと戦ったことは何度もある。一体だけなら、引きつけておくことは可能だ。


 ジェイソンは斧を握る手に力を入れた。

 一方、もう一体のゴーレムは倒れているクリストフには興味を失ったようで、向かってくるバートンへと向き直る――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 クウカは気が動転していた。

 クリストフがあんなに無様に打ちのめされる姿を見たことがなかったからだ。

 他のメンバー同様、今まで通りクリストフが一撃でゴーレムを倒すと信じていたのだ。

 これまで、ストーンゴーレムに苦戦したことなどなかった。

 いつも、クリストフとバートンが一撃で瞬殺してきたのだ。


 ――どうして? まさか、変異種? 二体も?


 モンスターの中には通常個体とは一線を画す強さの変異種と呼ばれるものが存在する。

 変異種であれば、この状況も説明できるかも知れないが、ウルの探索魔法は通常種のストーンゴーレムだと告げていたし、発生率が極めて低い変異種が二体同時に出るなんて、まず考えられない。


 クウカは状況が理解できず、混乱していた。


「クウカ、早く」


 隣のウルに促され、ハッとしたクウカは自分の役割を思い出した。

 ミスリル製の錫杖を左右に大きく振り、詠唱を開始する。そして――。


「――【大回復(ハイ・ヒール)】」


 クウカの錫杖から離れた場所にいるクリストフに向かって、光の塊をした魔法が飛んで行く。

 光の塊がクリストフに届き、淡い魔力の光がクリストフを包み込む――。


「えっ? なんで? おかしい?」


 クウカはまたもや混乱する。

 回復魔法をかけたはずのクリストフがピクリとも動かないのだ。

 魔力光が発生しているので、魔法が発動しているのは間違いない。

 それなのに…………クリストフは意識を取り戻さない。


「おかしい……」


 クウカは【聖女】になって以来、どんな怪我でも【大回復(ハイ・ヒール)】ひとつで回復させてきた。それなのに……。

 そこでクウカは思い至る。

 【勇者】となったクリストフが意識を失うほどの大怪我をしたことがなかったという事実に。


「とにかく、急がないと――」


 クウカは走り出した。クリストフの下に。

 クリストフがただ意識を失っているだけなのか、命に関わる怪我で一刻を争う状態なのか、判断がつかない。

 ここで愛するクリストフを失うわけにはいかないクウカは、かつてないほど懸命に走った。

 聖衣の裾が乱れるのも気にせずに――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ほらあ、だから言ったのに。


 次回――『ファースト・ダンジョン攻略1日目2:セーフティー・エリア』


 お水おいしいね!

 うん!

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