第23話 火炎窟攻略1日目:リスタート

 ダンジョン入り口をくぐり抜け、十数段ほどの階段を下りると、そこはもうダンジョン第1階層。

 いつ敵が現れてもおかしくない場所だ。


 ダンジョンに入ると特徴的なヒリヒリとした緊張感が肌を刺し、見えない威圧感が全身を包み込む。

 弱者であればそれだけで萎縮してしまうほどだ。


 ――だが、今回は拍子抜けするほど何も感じなかった。


「こんなにショボかったっけ?」

「そうね、私も驚いたわ」


 シンシアも俺と同じ意見のようだ。

 俺たちがダンジョンから威圧感を感じない理由――それは俺たちがつい先日までサード・ダンジョンに潜り続けてきたからだろう。

 サード・ダンジョンの圧に比べたら、ここはぬるま湯みたいなもんだ。


 数年前、ここに挑んでいた頃は、ダンジョンに入る度に緊張感に包まれていたのだが――俺たちも成長したものだ。


 パーティー追放された後で、初めてのダンジョン。

 しかも、シンシアとの二人きり。

 俺も少しばかり緊張していたようだが、肩透かしを喰らったおかげで、強張っていた力がするりと抜けた。


「どう? 楽勝だと思わない?」

「ええ、これなら、あなたが言ってた計画通りいきそうね」

「ああ、だが、油断は禁物だ。切り替えていこう」

「ええ、そうね」


 俺もシンシアも長年冒険者を務めてきた身だ。

 どんなに余裕な状況でも、ひとつの油断で窮地に陥る可能性を熟知している。

 自然と攻略モードに気持ちが切り替わる。

 シンシアの目つきも普段より鋭い――冒険者の目だ。


「懐かしいな」

「ええ、そうね」


 ファースト・ダンジョン『火炎窟』第1階層。

 全てが始まったこの場所。


 人工的に作られたとしか思えない、同じサイズの巨石で組まれた壁と床、そして、天井。

 天井はわずかに発光しており、最低限度の明るさを保っている。

 そして、ジメッとした肌寒い空気。

 初めて第1階層に挑んだ五年前と、まったく変わっていなかった。

 当時の記憶が蘇る――。


 怖いものなんか何もなかったあの頃。

 根拠のない自信だけで、何でも出来る気になっていたあの頃。

 冒険者として成功することだけを真っ直ぐに見つめていたあの頃。

 この五人なら絶対に達成出来ると疑いもなく信じていたあの頃。


 五年が経ち、あの頃思い描いていた姿とはだいぶ違う形にはなってしまったけど、俺の中で火はまだ燃えている。


 精霊王様から新たな力を授かったし、隣には頼りになる仲間が一人いる。

 それに、俺の周りには精霊たちが励ますようにフワフワと飛び回っている。


 そうだ。俺は一人じゃないんだ。

 もう一度、ここから這い上がってやる。

 絶対に五大ダンジョンを制覇してみせる。


 決意とともに、拳を固く握りしめた。

 そんな俺を見て、シンシアが語りかけてくる。


「不思議な気持ちね」

「ああ。でも、悪くはない」

「そうね。私も同じ思いだわ」

「俺に付き合ってくれたこと、感謝してるよ」

「いいえ。私が好きで選んだ道だから」


 シンシアの言葉に俺の胸が熱くなった。

 信頼できるパートナーってのは良いものだ。

 俺はそんなことすら、忘れていたんだな。


 だが、いつまでもここで感傷に浸っているわけにはいかない。


「プランはさっき話した通りだ」


 ダンジョンに着くまでの道中で、今日の攻略プランはシンシアに伝えてあった。

 少し無理をするプランで、シンシアも心配していたけど、俺は大丈夫だと確信している。

 精霊王様から授かった【精霊統】の力はそれだけ凄いものだ。

 それを、これから実証してみせる。


「ええ、ラーズを信じて付いて行くわ」

「ああ、頼むよ。じゃあ、出発の前に――」


 俺は火の精霊に呼びかける。


『火の精霊よ、我とシンシアに加護を与えよ――【火加護(ファイア・ブレッシング)】』


 続いて、風の精霊だ。


『風の精霊よ、我とシンシアに加護を与えよ――【風加護(ウィンド・ブレッシング)】』


 俺とシンシアを火と風の精霊が包み込む。


「わあ、綺麗。それに力が漲ってくるわ」

「ああ、これが精霊術だ。ジョブランクが3に上がって強力になっている」

「やっぱり、ラーズの精霊術は凄いのね」


 俺はニつの精霊術を重ねがけした。

 火の精霊は身体能力を強化し、風の精霊は移動速度を高める。

 このニつがあってこそ、俺のプランが成立するのだ。


「よし、行こうか」

「はいっ!」


 今日のプラン――それは、精霊術で強化した身体でダンジョンを駆け抜けること。

 その準備が整った俺たちはダンジョンの奥へと駈け出した――。


「出て来るモンスターは邪魔なヤツだけ排除して、後はスルーしていこう。ドロップ品も無視で」

「ええ!」


 進路上に立ちふさがるスライムを【飛礫(ペブル・ブラスト)】で爆散させながらも、走るスピードを緩めない。

 普段の全力疾走より速いスピードで走っているが、火と風の精霊の加護のおかげで、軽いジョギングくらいの疲労しか感じない。


「ホント、凄いわね。ちっとも疲れないわ」


 シンシアは精霊術の効果の程に驚いているようだ。

 俺自身もこれほどまでとは思っていなかったので、少し驚いている。


 ――本当に強い力だ。使い方を間違えないようにしないとな。


 結局、第1階層は10分足らずで踏破した。

 進路妨害をするモンスターを数匹倒したけど、【飛礫(ペブル・ブラスト)】で鎧袖一触だったので、道中ほとんどスピードを落とすこともなかった。

 途中すれ違った新人冒険者たちがギョッとした顔をしていたけど、俺たちはスルーして駆け抜けた。


「よし、予定より速いペースだ」

「10分もかからなかったわね。精霊術はホントに反則よ」

「ああ、俺も予想以上の効果にビックリしてる」

「これなら、ラーズの計画通りいけそうね」

「うん。ところで、シンシアは疲れてないか?」

「ええ。大丈夫よ。嘘みたいに身体が軽いもの」

「疲れたら、いつでも言ってくれ。休憩入れるから」

「ええ、ありがとう。でも、この調子だと1時間や2時間は平気そうよ」

「俺もそんな感じだけど、無理しないで行こう。今日は初日だしね」

「ええ、そうね。気遣いありがとうね」


 俺もシンシアも後衛職で体力があまり高くないジョブだ。

 それなのに10分近く走り続けても、息ひとつあがっていない。

 俺が想像していた以上に、ジョブランク3は格別だった。


 『無窮の翼』の他メンバーたちも全員ジョブランク3だったけど、その能力はランク2の同系統ジョブとは一線を画したものだった。

 問題はヤツらがその能力を十全に生かせなかったことだ。

 だからこそ、俺はヤツらが少しでも能力を発揮できるように精霊術と立ち回りでサポートしてきたのだが――まったく評価されることはなかった。


 ジョブランク3となった今の俺なら、ヤツらと対等かそれ以上で戦える自信があるが、もう一度ヤツらのところに戻ろうと言う気は更々ない。

 俺は再び前を向く。


「次は第2階層だ。サクサク行こう」

「はいっ!」


 俺たちは第2階層へと続く階段を下りて行った――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 強くてニューゲーム!

 ファースト・ダンジョン攻略はサクッと終わらせる予定です。


 次回――『勇者パーティー6:ストーンゴーレム戦』


 ざまぁ始まるよ!

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