第22話 勇者パーティー5:ほころびの始まり

 ドライの街にあるサード・ダンジョン、通称『巨石塔』。

 全50階層で、その名の通り塔型ダンジョン。

 上へ上へと進んで行くダンジョンだ。


 【戦斧闘士】ジェイソンを加えた新生『無窮の翼』は、その第10階層に転移していた。

 ラーズがいた頃は第15階層まで到達していた彼らだが、ジェイソンの最高到達階層が第10階層なので、そこまでしか転移できないからだ。


 ジェイソンは緊張していた。

 憧れのパーティーの一員として、初めて彼らとダンジョン探索を行うことに。

 一方、他のメンバーたちは既に攻略済みの階層ということもあって緩みきっていた。

 『巨石塔』第10階層の巨石で組まれた回廊を、のん気に会話しながら進んでいく。


「第10階層かあ。久しぶりだな〜。いつ頃クリアしたんだっけ?」

「二ヶ月前です」

「クウカはよく覚えているなあ。エラいエラい」


 【勇者】クリストフが頭を撫でるのを、【聖女】クウカは気持ち良さそうに受け入れる。

 彼らはたった一ヶ月でここから第15階層まで到達したのか、とジェイソンは改めて『無窮の翼』の凄さに驚愕する。

 そして、そんな彼らでも一ヶ月足止めを喰らっている第15階層とは、どれほどの脅威なのだろうか。

 なんでも、足止めの原因はクビになった【精霊術士】のせいだと聞いたが……。


「こんなとこさっさと、クリアしちゃおうぜ」


 【剣聖】バートンがぼやくと、皆それに追随する。


「だなあ。一週間で第15階層目指そうか。なあ、クウカ」

「はい。クリストフの言う通りです」

「ここでのんびりしているのは時間の無駄。さっさと進むべき」


 ――一週間で第15階層までッ!


 彼らは簡単に言うが、ジェイソンにはそれが無謀以外のなにものにも考えられられなかった。

 いや、彼らには容易いのかも知れないが、自分がそれに付いていけるとは思えないので、思わず口を挟んだ。


「あのー、ちょっと」

「どうしたジェイソン」

「皆さんにとってはとっくに攻略済みのフロアかもしれませんが、アッシにとっては未知の領域でして。さすがに、一週間で第15階層までっつーのは無理があるかと……」

「なに、弱気なこと言ってんだ。お前さんもジョブランク3なんだろ」

「はあ」

「今まではジョブランク2の雑魚どもに足引っ張られてたんだろ。だけど、これからはジョブランク3の俺たちと一緒だ。ビビってんじゃねえよ」

「はあ……」

「ジョブランク2のボンクラよりも使えることを期待してるぜ」


 バートンがジェイソンの背中をバンバンと叩く。

 頑張れという激励と、下手すんじゃねえぞという脅しを込めて。


「お、おう」


 ジェイソンは彼らの言葉が引っかかった。

 彼はパーティーメンバーたちを足手まといだと思ったことはなかった。

 もちろん、皆それぞれ欠点を持っている。

 だけど、それを補い合うのがパーティーじゃないか。

 そうジェイソンは考えていた。


 でも、『無窮の翼』では違うようだ。

 ついて来れない奴は足手まといの役立たず。

 実際、彼らはそうやってメンバーの一人を追放している。


 足を引っ張っていると思われたら、自分もすぐに切り捨てられてしまう。

 そうならないように頑張らないと。

 ジェイソンの背中を冷たい汗が伝った――。


「そろそろ、来るかもな。ウル、探査」

「――【探査(サーチ)】」


 本来なら、魔法を行使するには長い詠唱を必要とするが、【賢者】であるウルは【詠唱省略】スキルを持っており、起動ワードを一言唱えるだけで魔法を使うことが可能だ。

 無属性魔法【探査(サーチ)】――その発動とともに、無数の細い魔力の線が前方の通路を走っていく。


「前方、問題なし。進んでいい」


 ウルから放たれた魔力線は、罠やモンスターがあれば反応する。

 今回はその反応がない。探査範囲内に危険がないということだ。


「俺が先頭を行く。ついて来い」

「気をつけろよ。今日はカナリアがいねえからな」

「ああ、あんな役立たずでも、それくらいの使い途はあったな」


 カナリア。

 元々は、鉱山の坑道内で空気の乱れに弱いカナリアを先頭に危機察知をすることを言うが、それが転じて、メンバーの一人(カナリア)を先導させ、残りのメンバーが距離を置いて進んでいく探索法のことを指す。

 なにかあったとしても一人を犠牲にして、残りのメンバーの被害を最小限にできる方法だ。


 通常は索敵や罠察知に長けた斥候職がカナリアの役目を務めるのだが、『無窮の翼』でその役目を果たしていたのはラーズであった。


 確かに、『無窮の翼』の中で一番向いているのはラーズだった。

 本職ほどではなくても、精霊の助けを得て十分な斥候役を果たせたし、少しでもパーティーに貢献しようと、ラーズ自らが買って出ていたのだ。


 クリストフもバートンもそれを受け入れた。

 斥候役として期待したわけではない。

 むしろ、失敗を願っていた。

 「死んでくれればいいのに」、「くたばってくれれば、追放する手間が省ける」。

 そう考えての事だった。


 しかし、クリストフらの思惑に反し、ラーズは斥候として優秀だった。

 彼の働きによって、危機を防いだことは何度もあった。

 彼が気付かなければ致命的な事態に陥っていただろう危機も未然に防いできた。


 そのことをクリストフもバートンも分かっていない。

 ラーズが抜けたことにより、警戒力が下がったことも。

 そして、そのことが致命的な事態を引き起こすであろうことも……。


 ――ウルの【探査(サーチ)】に頼りながら、『無窮の翼』の一行はダンジョンをゆっくりと進んで行く。

 一本道を進むこと約5分。ウルが立ち止まった。


「…………いた。前方の部屋、ストーンゴーレム。ニ体」


 抑揚のない声で告げる。

 確かに、前方50メートルくらい先に小部屋があるのが見える。

 しかし、ウル以外の誰も敵の存在に気づいていなかった。

 ジェイソンも加入後初めての探索ということで気を張っていたのだが、モンスターの存在をまったく感じられなかった。

 彼がいた『破断の斧』だったら、まだ気づいていない距離だ。


 ――さすがは【賢者】だ。探知魔法もずば抜けている。


 ジェイソンはウルの魔法に感嘆した。

 さて、ストーンゴーレムニ体を相手に『無窮の翼』はどう振る舞うのか?

 そして、自分はどう動けばいいのか?

 ジェイソンが考えを巡らせていると、クリストフの気楽そうな声が聞こえる。


「よし、じゃあ行くか」

「ああ」「はい」「……(コクリ)」

「あのー」

「なんだ、ジェイソン」

「連携はどうすれば?」

「んなもん、必要ねーだろ。ウルが魔法ブッ放して、俺たち前衛三人が突っ込むだけだ。クウカは回復役だけど、今回は出番ないだろ」

「バートンの言う通りだ。ストーンゴーレムごとき、恐れるまでもないだろ。クウカの支援魔法も不要だ。そうだ、バートン」

「あ? なんだ?」

「ジェイソンの初陣だ。一匹譲ってやれよ」

「はっ? ざけんな。昨日からイラついててよ。この怒りをゴーレムにぶつけねえと気が済まねえんだよ。そう言うオマエが譲れよ」

「リーダーは俺だ。黙って従え」

「チッ、分かったよ。ジェイソン、一撃で葬れ。ヘマすんじゃねえぞ」


 バートンがジェイソンをひと睨みする。

 だが、無茶な要求を突き付けられたジェイソンはそれどころではなかった。


「いや、ストーンゴーレムを一撃とか、さすがに無理ですよ」

「大丈夫だって。ウルの攻撃魔法で弱ってるヤツだ。オマエでも余裕だって。オマエもジョブランク3だろ?」

「まあ、やってみなよ。いざとなったら、バートンがフォローするし。怪我しても、クウカの回復魔法がある」

「ああ、チンタラやってたら俺が先に倒しちゃうがな」

「はい、任せて下さい」「……(コクリ)」


 ストーンゴーレム。

 ジェイソンにとっては強敵だ。

 『破断の斧』でも何度か倒したが、それは相手が一体のとき。

 ストーンゴーレムニ体と遭遇したら、撤退の一択だった。

 しかし、『無窮の翼』のメンバーたちにとっては楽勝モンスターのようだ。

 誰が倒すかで揉めている余裕まである。

 その上、獲物の取り合いで少しギスギスしている。


 『破断の斧』のときとは大違いだ。

 作戦を決め、役割分担を定め、みんなで一丸になって敵に立ち向かう。

 それがジェイソンにとっての戦闘前のブリーフィングだった。


 それに対し、『無窮の翼』は作戦もなにもない。

 連携も取らずに、各人が自分の判断で動くだけ。

 個々の能力が突出している彼らなら、それで問題ないのかも知れないけど……本当に大丈夫だろうか?

 またもや、ジェイソンの中で不安が湧き上がる。


「いいか、ジェイソン。不甲斐ない奴はウチには必要ない。そうじゃないことを、しっかりと示してくれ」

「…………分かりました」


 不安を感じながらも、厳しい要求を突き付けられたジェイソンは腹をくくるしかなかった。


「よし、行くぞ」


 斧を構え、集中したまま、一歩ずつ確かめるように歩んでいくジェイソン。

 それに対し、他のメンバーたちは、まるでピクニックに行くかのような軽い足取りで、ストーンゴーレムのいる方向へ進んで行く。


 ウルが発見したゴーレムは巡回型ではなく、部屋を守るタイプのゴーレムのようだ。

 こちらが部屋に入ったり、攻撃をしたりするまでは襲って来ない。

 このタイプには外から遠距離攻撃を仕掛け、それと同時に前衛職が突入するのがセオリーだ。


「よし、ストップ。ジェイソンも前に出ろ」


 部屋の手前で、先頭のクリストフが合図する。

 クリストフとバートンは通路の壁側に離れ、剣を抜く。いつでも走り出せる体勢だ。

 ジェイソンも慌てて前に出て、クリストフと反対側の端に寄り、斧を構える。


「ウルがぶっ放したら、突っ込むぞ」

「おう」「はっ、はい」


 クリストフがバートンとジェイソンに伝える。

 セオリー通りの作戦だ。

 そして、ウルが一歩前に出て呪文を唱える。


「――【氷牢(フローズン・ジェイル)】」


 詠唱とともに、前方に突き出された杖からニつの氷塊がゴーレムたちに向かって放たれる。


「行くぞッ!」


 クリストフの掛け声とともに、前衛三人は駈け出した――。


【後書き】

 背伸びして入った転職先で、研修も引き継ぎもナシでタスクを投げられる新入りジェイソン君。

 しかも、上司はパワハラ系。

 そろそろ、ヤバいことに気づこうな。


 次回――『ファースト・ダンジョン攻略1日目:リスタート』


 こっちは仲良し攻略だよ!

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