第21話 ファースト・ダンジョン『火炎窟』
オッチャンの店を後にした俺たちはオニギリを食べながら、ダンジョン目指して大通りを北上する。
シンシアは右手にオニギリ、左手にヌガーを持ち、幸せそうな笑顔を浮かべている。
ほっぺたにごはん粒がついていても、その美しさは損なわれていない。
むしろ、シンシアくらい美人だと、逆に可愛らしくてポイント高いくらいだ。
……道行く人々の視線がむず痒い。
以前、ドライの街にいた時もそうだったが、シンシアと一緒にいると、周囲の人々の視線がこちらに集中する。この視線には未だに慣れないなあ。
皆、シンシアの美しさに驚き、その隣りにいる冴えない俺を見て二度驚くのだ。
気にしないようにはしているが、やっぱり軽く凹(へこ)む。
この街は成人したばかりの若い男が多いから、その視線はより遠慮がなく露骨なものだった。
今もシンシアの美しさに、すれ違う男性が振り返る。
彼女はそれくらい整った顔立ちをしている。
そこら辺の美人とは格が違う。
俺の人生の中でもダントツの美人だ。
窮地を救った縁があるとは言え、高嶺の花である彼女がどうして俺なんかに良くしてくれるのか疑問だ。
しいて理由を上げるとしたら、俺が精霊術使いであることだろうか。
馬車の中で教えてくれたけど、彼女は【精霊視】のスキル持ちだ。
俺と同じ様に、他の人には見えない精霊を見ることが出来る。
俺もジョブを得て初めて精霊を見た時は、その神々しい美しさに心を奪われた。
きっと、シンシアも同じ思いをしたのだろう。
精霊に惹かれて、俺はそのついでなのかもしれない。
いずれにしろ、彼女が俺を追いかけてくれたことは、心の底から嬉しく思う。
たった2人きりのパーティーメンバーとして、彼女は最高の相棒だ。
俺としては、それ以上の関係になりたいと思っているのだが、彼女はどう思っているんだろう。
自分に自信がないから、あと一歩を踏み出すのを躊躇ってしまう。
変に迫って、関係がギクシャクしてしまうのも嫌だ。
距離感を縮めたいという思いもあるが、今の距離感も、それはそれで心地よい。
俺たちの冒険は始まったばかり。焦らずに行こう。
それより、今はこれからのダンジョン攻略に集中すべきだ。気持ちを切り替えないとな。
横を見ると葛藤している俺とは対照的に、シンシアは頬を膨らませ、屈託のない笑顔でオニギリとヌガーを頬張っている。
そして、彼女が歩く度に、腰に吊るされた無骨なメイスの留め金がカチャカチャと高い音を立てる。
このメイスがシンシアの武器だ。
俺のダガーと同じくミスリル製。サード・ダンジョン攻略武器の定番素材だ。
柄は彼女の腕より少し短い長さで、重い頭部は棘付きの膨らんだ紡錘型をしている。
打撃武器のひとつであるメイスは、刀剣や槍などの刃物に比べて切り裂く能力は劣るが、ゴーレムや鎧を着た人型モンスターなどに対しては刃物より高い破壊力を誇る。
刀剣よりコンパクトで、刀剣ほど扱う技術を必要としないので、【剣士】などの専門職でない者が近接戦闘を行う際に重宝される武器のひとつだ。
シンシアのジョブはランク2の【回復闘士】。
同じランク2回復系の【回復術士】が回復魔法や支援魔法が専門なのに対し、【回復闘士】は回復・支援は少し劣るが、その代わり近接戦闘も得意なジョブだ。
シンシアはそのジョブ特性を活かし、屈強な前衛物理職に混じり、魔力で強化した身体でモンスターたちと殴り合う。
その優しい人柄と綺麗な見た目からは想像もつかないが、「昨日はストーンゴーレムと殴り合いました〜」と誇らしげに告げてくる姿を目の当たりにすると、やっぱり彼女は近接戦闘向けの性格だし、根っからの冒険者気質なのだと実感する。
俺はこれまでは後方支援役だった。
しかし、ジョブランクがアップして【精霊統】となって、近接戦闘も可能になった。
これからは彼女と肩を並べて戦う機会も増えるだろう。
村を出るまでは剣士になるつもりで毎日木剣を振り回していたし、冒険者になりたての頃は、俺も前で戦っていた。
だから、近接戦闘に関して全くの素人というわけではない。
この前のゴブリン戦でも、十分にやっていけると手応えを感じた。
シンシアと俺なら、上手くやっていけるだろう。
ダンジョンに潜るのが楽しみになってきた――。
オニギリを食べ終える頃には、ダンジョン入り口に到着した。
早喰いも冒険者にとっては必要な能力だ。
「ワクワクするわね」
「ああ、久しぶりだからな」
「それもだけど、ラーズと一緒に冒険できるのが楽しみなのよ」
「ああ、俺もだ」
言われて気づいたが、俺はワクワクしていた。
最近の『無窮の翼』は窮屈で居心地が悪かった。
ダンジョン攻略も半ば義務みたいな気持ちで臨んでいた。
こんなに楽しい気持ちでダンジョンに向かうのはいつぶりだろうか……。
俺たちがこれから向かうのは、全てのダンジョン探索者が最初に潜るファースト・ダンジョン。別名『火炎窟』だ。
このダンジョンは全30階層で、10階層ごとにボスモンスターが出現する。
第20階層までは洞窟型のダンジョンだが、それ以降は溶岩地帯を通り抜けたり、火山を登ったりと、その名のごとく火炎系の地形とモンスターが登場する。
全踏破するのに大体五〜六年。
ここを全踏破して、ようやく一人前の冒険者として認められるのだが、半数以上は踏破出来ずに冒険者業を引退することになる。
俺は『無窮の翼』で三年間でここをクリアした。
二年前のことだ。
今回は一週間でクリアしてやる。
五年前、初めてここに来た日のことを思い出す。
緊張と興奮で張り裂けそうなほど昂ぶっていた気持ち。
あの日と同じフレッシュな気持ちで俺はダンジョン攻略に挑む。
俺とシンシアの前には、ダンジョン入り口がポッカリと口を空けている。
人が三人並んで入れるほどの広さだ。
しかし、この入り口から入っていく者はごく僅か。駆け出しも駆け出しの新人だけだ。
なぜなら、ダンジョン内部にはチェックポイントがあり、登録すればそこから冒険を再開できるからだ。
チェックポイントは各階層のスタート地点やセーフティー・エリアには必ずあるし、広い階層では道中に存在することもある。
ダンジョン入り口脇の壁には金属のようなプレートがあり、そのプレートには小さな窪みがある。
そこに冒険者タグを当てると、登録済みの任意のチェックポイントに転移できるのだ。
それに、ここに限らず、登録済みのチェックポイント間の転移も可能だ。
俺もシンシアも既にこのダンジョンは制覇済み。
重要なチェックポイントは全て登録してある。
だから、どこからでも冒険を始めることが可能だ。
それこそ、ラスボス手前からでも。
しかし、俺たちはそれを利用しない。
精霊王様に言われた通り、一からダンジョンを攻略し直すのだ。
だから、チェックポイントを使って途中からスタートしたりはしない。
第1階層からやり直すのだ。
俺とシンシアは転移装置を使わず、ダンジョン入り口へ向かう。
入り口付近には五人の男が立っていた。
そのうち四人は全身を覆う金属鎧を身につけ、腰には直剣を佩(は)いている。
彼らが身に着けているのは街の治安を担う衛士隊の標準装備だ。
衛士たちの仕事はダンジョン入り口の警備。
ダンジョンからモンスターが溢れて来た際に堰(せ)き止めることと、入場資格がない者がダンジョンに入り込まないようにすること。
前者は歴史上数回しか起こったことがないが、後者は年に一度くらいは起こるそうだ。
追い立てられた犯罪者が捨鉢になってダンジョンに逃げこもうとするのだ。
広大なダンジョン内を監視することは不可能なので、実質的に無法地帯だ。
そんな場所に凶悪な犯罪者が解き放たれたら、どんな惨劇が生じるかは想像に難くないだろう。
実際、過去に何度かそんな惨事があったらしい。
それを防ぐために複数の衛士が駐屯しているのだ。
そして、五人のうちの残りの一人は重装備な衛士たちとは対照的に、冒険者ギルドの制服に革の胸当てを装備しただけの軽装だ。腰に下げているナイフも小さすぎて心許ない。
覇気のない中年男性といった風体のこの男はギルドのダンジョン管理官だ。
「あんたら、入り口からか?」
声を掛けてきた管理官は戦闘経験も乏しそうで、荒事の役には立たないだろう。
管理官の役目は他にある。それは冒険者たちの入退出管理だ。
二年前と人は変わっているが、やる気が感じられない気怠げな態度はちゃんと引き継がれているようだ。
思わず苦笑してしまう。
ちなみに、噂で聞いたところ、ダンジョン管理官とは冒険者ギルド職員の左遷先らしい。
出世コースから外れ、一日中突っ立っている仕事。
男のダルそうな態度にも納得だ。
そんなやる気のない男でも、新人冒険者に見えない俺たちが入り口から入ることには関心を持ったのだろう。
一方、衛士たちはピシリと背を伸ばした直立姿勢を保ったまま、俺たちに不審な点はないかと厳しい視線を向けてくる。
管理官と違って、こっちは職務に忠実なようだ。
「ああ、パーティーをクビになってな。初心に戻って最初からやり直そうと思ってな」
「へ〜、物好きなヤツだな」
「ああ、そうかもな。だから、チェックポイントのクリアを頼む」
ほとんど利用する人がいない機能ではあるが、冒険者タグのチェックポイント登録記録は消去することが可能だ。
冒険者登録時に貰ったパンフレットでそれを知ったときは「誰が使うんだよ」と思ったが、まさか自分が使うことになる日が来るとは思ってもみなかった。
だが、精霊王様に命じられたからには、そうする他ない。
「ホントに物好きだな。隣のお嬢ちゃんもかい?」
「ええ。私もそうよ」
「じゃあ、冒険者タグを貸してもらうよ」
俺とシンシアは管理官にタグを差し出す。
管理官は専用の機械にタグを合わせる。
「へえ、二人とも【2つ星】か。はいよ。チェックポイント登録は全部消しといたよ。これから潜るんだろ?」
「ああ」
「入場記録もつけといたよ」
管理官から冒険者タグを受け取る。
これでダンジョンへの入退出が記録され、ギルドで管理されるのだ。
「『精霊の宿り木』さんか。まあ、頑張りなさいや」
管理官の珍しいものでも見るような視線に見送られながら、俺とシンシアはファースト・ダンジョン『火炎窟』に足を踏み入れた。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
いよいよ、ダンジョン突入――の前に、勇者パーティーのお話。
しばらく、ラーズと勇者パーティー交互で進んでいきます。
次回――『勇者パーティー5:ほころびの始まり』
勇者パーティーもダンジョンに潜るよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます