第20話 アインスの屋台

 拠点を出発した俺たちは、早速ダンジョンに向かうことにする。

 ダンジョン探索のための準備は昨日のうちに済ませてある。

 必要な消耗品を買い揃えるのと、地図でダンジョンの構造を再確認することだ。


 ファースト・ダンジョン程度であれば必要な消耗品は少なくて済むが、ダンジョン内ではなにが起こるか分からない。万一に備え、ケチらずに十分な品をシンシアと分担して買い集めておいた。

 ダンジョンの構造に関しても、今まで数えきれないほど潜ってきたから、二年ぶりだというのに最短ルートはほとんど記憶していた。地図で確認したのは念の為だ。


 昨日はギルドで支部長に会ったり、ロッテさんが専属担当官になったりと思わぬ時間を食ってしまったが、短い時間内で十全な準備を整えることが出来た。

 俺もシンシアも熟練冒険者だ。そこら辺は慣れたものだ。


 ファースト・ダンジョンの入り口は冒険者ギルドのすぐ隣にある。

 借家から歩いて5分もかからない。

 道も単純。大通りに出たら、それを真っ直ぐに進んで行けばいいだけだ。


「お昼は屋台で買って行こう」

「ええ、そうね」


 今は昼前という時間帯。

 ダンジョンに潜る前に、腹ごしらえがしたい。

 こういう場合は屋台で軽食を買って、歩きながら食べる。

 冒険者の昼飯なんて、そんなもんだ。

 そんな冒険者を目当てに、大通りには様々な屋台が並んでいる。


「オニギリでいいか?」

「うんっ! あれっ、ラーズもオニギリ好きなの?」

「まあ、俺も好きだけど……」

「だけど?」

「前にシンシアが『オニギリが好き』って言ってたから」

「覚えてくれていたんだ。嬉しいっ!」


 よっぽど嬉しかったのか、いきなり抱きついてきた。


「ちょっ――」


 俺もシンシアも布装備。

 彼女の体温が伝わってくるくらいの密着状態だ。


 温かい。

 柔らかい。

 そして、いい匂い――。


 スレンダーな体系のシンシアだけど、出ているところは立派に出ている。反則なくらいに。

 俺の胸にふにょんと潰れるソレは俺の理性を掻きむしる。

 このままじゃ――。


「あっ、ゴメン。つい、嬉しくって」


 シンシアは俺から離れ、ペロッと舌を出す。

 ああ、もう、可愛いな。


 しかし、危なかった。

 後数秒くっついたままだったら、理性が決壊するところだった……。


 シンシアはクールビューティな見た目に反して、感情の振幅が激しいというか、感情がそのまま行動に出るというか、子どもっぽい一面を持っている。

 俺の手紙を受け取ってすぐに、後先考えずに追いかけてきたくらいだ。


 その素直な性格に、パーティー内で評価されず荒(すさ)んでいた俺の心は癒やされ、救われた。

 彼女と出会っていなければ、もっと早く俺の方から『無窮の翼』を離れていたかもしれない。


 本人は意識していないと思うけど、間違いなく俺は彼女に救われたんだ。

 その事に感謝しているし、彼女には好意以上の感情を抱いている。


 だが、シンシアはどうだろうか?

 冒険者として、精霊魔法使いとして、俺のことを評価してくれているのは間違いない。

 今まで何度も、俺を励ますように、そのような言葉をかけてくれた。


 だけど、男としてはどうなんだろう?

 わざわざ追いかけて来てくれたくらいだ。

 少しは期待して良いのだろうか?

 女性経験が皆無な俺には難しい問題だ……。


「どうしたの?」

「ああ、いや……」

「もしかして、抱きついちゃったのがマズかった? 馴れ馴れしくしちゃってゴメンなさい」

「いや、そうじゃない」

「??」

「抱きつかれたのは……イヤじゃなかった。というか……嬉しかった。いきなりでビックリして固まってただけだよ」

「えへへへ。そうなんだ〜。良かった〜」


 嬉しそうにシンシアは満面の笑みを浮かべる。

 そんな屈託のない笑顔を向けられると、勘違いしちゃいそうになるじゃないか。


「じゃあ、行こうっ!」

「ああ」


 シンシアに手を引かれ、大通りを歩き出す。

 周囲からは「爆発しろっ!」と殺意のこもった視線をいくつも向けられる。

 今の俺たちのやり取りを見ていたのだろう。

 彼らの気持ちはよく分かるので、俺は内心で謝っておいた。


 今、俺たちが歩いている大通り――正式には『中央通り』という名前らしいが、その呼び方をする者はほとんどいない。この街に来たばかりの新人くらいだ。

 街を南北に貫くこの通りの道幅は広く、ニ頭立ての馬車が余裕を持ってすれ違えるほど。

 通りの真ん中は白線で四角く区切られており、それぞれの区画には屋台が並んでいる。屋根と車輪が付いただけの簡素な作りの木製屋台だ。


 屋台のメインターゲットは、この街の人口の3分の1を占める冒険者たちだ。

 最も混み合うのは朝と夕方だけど、午後からダンジョンに潜ったり、今日が休みだったりする冒険者たちでそれなりに賑わっている。


 冒険者ギルドとダンジョンはこの大通りの中間点――街の中心に位置している。

 アインスの街に限らず、ダンジョン街はどこもダンジョンを中心に発展してきた歴史があるので、どこも街の中央にギルドとダンジョンがあるのだ。

 俺たちの拠点は街の南側にあるので、ダンジョン目指して大通りを北上していく。


「確か、この辺だったはず……。あっ、あったよ〜」


 早速オニギリ屋を発見したシンシアが俺の手を引っ張って走り出した。


「へい、らっしゃい。なんにしましょ」


 額に鉢巻きを巻いた威勢の良いオッチャン店主が声をかけてくる。


「おっ、嬢ちゃん久しぶりだね」

「オッチャンも久しぶり。四年ぶりなのによく覚えてくれてたね」

「そりゃ、毎日のように来てた常連は忘れないさ。只でさえ、嬢ちゃんはべっぴんさんなんだから」

「またまたー、相変わらずお上手なんだから」

「はははっ。安くするからいっぱい買ってってよ」


 どうやら、シンシアはこの店の常連だったようだ。

 それも毎日通うほどの筋金入りらしい。

 そんな彼女が四年ぶりに現れたというのに、店主はまったく詮索してこなかった。


 一度アインスを離れた者が再度戻ってくることは、まずありえない。

 冒険者の道は一方通行。

 ひたすらにダンジョンを進んで行くだけだ。


 俺たちのケースは例外中の例外。

 普通だったら興味を持ち、その理由を尋ねたくなるだろう。

 しかし、店主のオッチャンは気にする素振りもなく、営業用の笑顔を浮かべたまま。


 うん。このオッチャンはいい人だ。

 俺は第一印象でオッチャンが気に入った。

 アインスに滞在する短い間だけでも贔屓にさせてもらおう。


「う〜ん、どれにしようかな〜」


 シンシアは真剣な表情でオニギリを選んでいる。

 屋台には百個ほどのオニギリが所狭しと並んでいた。

 まだ昼食には少し早い時間。これからが書き入れ時なのだろう。


 このオニギリという携帯食、元々は異世界からやって来た勇者の郷土料理らしいのだが、今では大陸中に広まり、どこの街でも屋台が見つけられるほど普及している。


 白米を具と一緒に握り固め、海苔を巻いたオニギリ。

 その具はバリエーションに富んでおり、飽きることなく食べられる。

 定番だけででも十種類以上あるのに加えて、店によってはオリジナルの具を提供しているから、未知の味に冒険する楽しみもある。

 まあ、挑戦したことを後悔する場合もあるんだが……。


 激辛カレーオニギリはなんとか食べることが出来たけど、苺ジャムオニギリは本気で無理だった。

 あの口に残るしつこい甘ったるさは悪夢に見るほどだ。


「じゃあ、苺ジャムと、チョコレートと、はちみつ。それといつものやつね」

「はいよー」

「はっ?」


 驚きのあまり、声が出てしまった。

 シンシアがオニギリ好きなのは聞いていた。

 甘いものが好物であることも知っている。


 でも、そこは混ぜちゃダメだろ!

 つーか、なんでこの店は甘味オニギリのレパートリーが豊富なんだよっ!

 よく見たら、並んでいる3分の1が甘味オニギリだ。

 個性的なオニギリ屋はいくつか見てきたが、ここまで突き抜けている店は初めてだ。


 知らなかったシンシアの一面を知れたのは嬉しいんだけど、ちょっと微妙な気持ちだ。

 勧められたら、どうやって断ればいいんだ?

 それに、シンシアが言ってた「いつものやつ」ってのも気になる……。


「甘いオニギリ好きなんだ……」

「うんっ! 大好きっ! オニギリは甘くないとねっ!!」

「そうなんだ。知らなかったよ」


 彼女とは何回か一緒に食事したことがあったけど、全然気が付かなかった。

 せいぜい、デザートになると眼の色が変わることに気付いたくらいだ。

 その時は「甘味好きなんだ」くらいの認識だったけど、オニギリまで甘いものにするほどの筋金入りだとは思わなかった。


 なんとも言えない表情の俺を余所に、シンシアは笑顔の花を咲かせている。


「はい、お待ち〜。30ゴルだよ。例のものはオマケしといたよ」

「わー、覚えてくれてたんだ。ありがとー」


 オニギリ1個がどれでも10ゴル。

 「いつものやつ」とやらは、タダにしてくれたみたいだ。

 しかし、四年ぶりにやってきて「いつものやつ」で通じるって凄いな。

 シンシアがとんでもない美人だからってのもあるだろうけど、よっぽど印象に残る客だったんだろうな。


 俺たち冒険者はダンジョンをクリアしてその街を離れることを「卒業する」と言ったりする。

 次の階層。次のダンジョン。

 冒険者たちは前しか見ていない。

 クリアした街のことは頭から抜け落ちてしまう。


 でも、印象的だった人や店は覚えているし、向こうも覚えていてくれる。

 冒険者ギルド受付嬢のロッテさんしかり。

 このオッチャンしかり。

 普段は前ばかり見ているけど、後ろには自分が歩いてきた足跡が残っているんだな……。


 俺がそんなことを考えている横で、シンシアは支払いを済ませ、オッチャンから茶色い竹皮で包んでもらったオニギリと、付け合せだという細長い棒状のものを受け取っていた。


「それは?」

「ヌガーだよ。オニギリと一緒に食べると美味しいんだよ〜」


 ヌガーとは砂糖と水飴を煮詰め、ナッツ類やドライフルーツを混ぜ、固めたものだ。

 歯に粘りつくような食感は好みが分かれるが、栄養価が高く携帯可能で長持ちするので、ダンジョン探索する際の補助食としても人気が高い。

 俺もヌガー自体は好きなんだけど、甘いオニギリと一緒に食べることを想像するだけで胸焼けがする。


「そっ、そうか……。良かったな……」

「うんっ! ここのヌガーは絶品なんだよ」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるねえ」

「ホントだよ。他の街でも食べてみたんだけど、オッチャンのとこほど美味しくなかったよ」

「はははっ。じゃあ、もう一本オマケだ」

「わーい、やったー」


 ヌガーをもう一本もらったシンシアは喜んでいいるが、オッチャンの方も相好を崩している。

 愛娘を見る父親のようにデレデレだ。


「それで、そっちのお兄さんは?」


 俺に尋ねてくるオッチャンは笑顔のままであるが、シンシアに向けたのとは別物。あくまでも営業用のものだった。


「この店は甘いオニギリが多いんだな」

「おう。最初は軽い気持ちで置いてみたんだが、この嬢ちゃんみたいに中毒的な常連が出来ちまってな。気がついたら、こうなっちまったんだ」


 シンシアと同じ味覚の持ち主が、商売が成り立つほど存在するのか……。驚きだ。


「まあ、普通の具も扱ってくれてるから問題ない」

「ラーズは甘いのダメだった?」

「甘味自体は好きだけど、オニギリの具としてはちょっとな」

「まあ、好みは人それぞれだからね〜」


 お前が言うな! と思ったけど、可愛いから許す。


「梅干し2個、おかか2個。付け合せはたくわんで」

「おっ、兄ちゃんは無難だなあ」

「冒険はダンジョンだけで十分だ」

「はははっ、そうかもな。はいよー」


 銅貨と引き換えにオニギリを受け取る。

 シンシアのと同じ様に竹皮で包まれているが、まだ握ってからあまり時間がたっていないからなのか、ほんのりと暖かかった。


「毎度あり〜」





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 すぐにダンジョンに向かうつもりだっったのに、シンシアが食いしん坊なので寄り道しちゃいました。

 ごめんなさい。


 甘味オニギリ……おはぎの仲間だと思えば、なんとかいける……かも。


 次回――『ファースト・ダンジョン『火炎窟』』


 次もモブのおっちゃん登場だよ!

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